【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜
59 -「異世界12日目:竜語りの拠点」
「トレン殿、本当に助かった!」
「いえ、おれも新しく加入したクランで丁度探してたのでお互い様ですよ」
茶色い口髭をはやした壮年の男性が、トレンの手を両手で握りながら感謝の言葉を繰り返し口にしている。オールバックにした頭髪には白髪が多く、顔にはうっすらと疲労の影が見えた。
おそらく借金のことで夜も眠れない日々が続いたのだろう。だからこそ、即金を理由に相場から大分安くしてもらうことができたのだが。
「これで屋敷は好きに使ってくれて構わない。また何かあれば相談に乗ってくれ! では私は用があるのでこれで!」
「はい、今後ともご贔屓に」
トレンは壮年の男性の姿が見えなくなるまでその場で見送る。
「さて、メンバーを呼びにいくか」
トレンはメンバーの待つ冒険者ギルドへと向かった。
結局、マサトから預かった古代魔導具はオークションへ出品しなかった。理由は単純で、古代魔導具関連は価値が高いため、即売するよりもしっかりと宣伝した上で慎重に売った方が多く利益を見込めると判断したからだ。
屋敷購入資金は、クラン資金全額で約6割、残り4割をトレンの店を担保に工面した金で賄った。予定ではそれでも足が出てしまう計算だったのだが、マサトが姿を隠す前に置き土産を残していってくれたお陰で、なんとか店の商品まで売りさばく必要なく購入することができたので助かった。
大量の素材売却について、ギルドマスターから最初に話を聞いたときは驚きを通り越して皆で呆れたものだったが……
街には鋼鉄虫の素材が溢れかえり、ちょっとした賑わいを見せている。特に冒険者達の目を釘付けにしているのは、防具屋「アイアス」の店主が徹夜で作った鋼鉄虫シリーズの試作防具だろう。魔法耐性がすこぶる高いとか、それでいて硬度も申し分ないとか、絶賛の声が通りまで響いていた。
恒例の集合場所となった冒険者ギルドの個室まで足を運ぶと、赤毛の大女が仁王立ちで酒を呷っているのが視界に入った。
「ぷぅはぁああああっ! こいつぁたまんなぃねぇ! 本当にイイ朝だよ!」
「何やってんだ……」
呆れ顔で現れたトレンに、マーレは豪快に笑いながら近づき、挨拶代わりにとトレンの背中をバンバンと叩く。
咳き込むトレン。
「い、痛い!…… まぁ、浮かれる理由は大体分かるけどな。おれも同じの一杯貰おうか」
「なんだい、あんたつまらない男だと思ってたけど、意外とイケる口かい?」
「悪いが下戸だ」
「自信満々に言うことかい!」
空いてる席に腰を下ろすと、既に出来上がりつつあるフェイスが会話に入ってきた。
「しっかし、マサトっちは相変わらず規格外だな。鋼鉄虫を300匹以上って、どうやって…… あいたっ!?」
突然、フェイスの頭にマーレの拳骨が落とされた。
「フェイスー、あんたあたし達の話聞いてたのかい? その話はもうしないって決めたばかりじゃないのさ。あれはあたし達全員で討伐した。わかったかい?」
「わ、わかったわかった! おれっちが悪かったって!」
「うへぇ…… いい音したぜさっきの拳骨。さすが山姥」
「山猿の間違いでござろう」
「はぁ…… 2人ともそれマーレさんにしっかり聞こえてるからね? また締め落とされてももう助けないよ?」
「なぬぅ!? ジディ寝返るのか!?」
「謀反でござる!」
「はいはい……」
マサトが単騎で討伐した鋼鉄虫は、諸事情により、クラン < 竜語り > が討伐したこととして処理された。
これはマサトの目立ちたくないという希望を汲んだものだが、冒険者ギルドのギルドマスターから強く提案されたことでもある。というのも、いきなりFランクの新人が討伐ランクC+の鋼鉄虫を単騎で300匹以上討伐したとなれば、それは最低でもAランク以上の実力者だという証明になる。そうなると、冒険者ギルド本部の監査が入るだけでなく、各ギルドや貴族、はたまた王族達による国家ぐるみでの勧誘や引き抜き合戦に発展し、関係者全員が巻き込まれる可能性が高くなるというのだ。
だがクランでの討伐ということにしておけば、数日前に格上のモンスターを多数討伐した実績のある熊の狩人と三葉虫がいるという理由により、周囲が納得できる余地が生まれる。これなら下手な介入や横槍なく生活できるだろうという配慮だった。まぁそれでも熊の狩人や三葉虫への勧誘や引き抜きは増えるだろうが……
おれはギルドマスターがボスをこんなにも気にかけていることに正直驚いたが、ボスが素性を話した上で何か交渉をしたのなら当然の配慮だとも考えていた。
「この祝杯は、竜語りがクランランクBに異例の昇格を果たしたことを祝って…… ということで合ってるよな?」
「なんだい? あんたは違うって言うのかい?」
竜語りの功績を考えればランクBへの昇格は納得のできるものだ。むしろ、クランランクBからはギルドから様々なサービスが無料で受けられる代わりに、ギルドマスターから指名依頼を受けなくてはいけないという義務も生まれる。
仮にギルドマスターがボスの存在を認めたのであれば、どうにかして手綱を握っておきたいと考えるはず。そう考えると素直に喜べない感情もある。
「そうだな。おれは違う。おれは竜語り初の拠点となる屋敷購入が無事に完了した祝いの酒だな」
トレンの発言に全員が一瞬止まり…… 
次の瞬間「おおおお!」だとか「やったぁああ!」だとかの歓声があがった。
クランにとって自分達の拠点を持つことは数ある夢の一つでもある。それは現実世界でマイホームを購入することの夢に近いが、定職や低金利ローンという存在のないこの世界ではもっと価値は高い。
「うむ。放浪の旅が長かった儂らもついに拠点を持つことになるとはのぅ……」
「本当さね。あのあたし達がねぇ。ヒグやラアナの分まで頑張らないといけないさね」
「ああ、いつまでも浮かれてばかりじゃいけねぇ。おれっちも腹は決めてある」
「はい。わたしも頑張ります! でもトレンさん、屋敷購入資金はどうしたのですか? 確かマサトさんの古代魔導具、まだオークションに出してないですよね?」
「ああ。あれはまだ手元にある。最大の利益が見込めるタイミングで売るよ。屋敷購入資金は、ボスが残していったクラン貯金と、おれの店を担保にして借りた金で足りたから問題ない」
「え!? あのお店を!?」
「あんたがそこまでこのクランに賭けてたなんて…… トレン、あんた男じゃないのさ」
「あんたらの前で啖呵切った手前、おれの覚悟も見せないといけないと思ってね。まぁおれはあんたらと違ってモンスターと戦うことが出来ないからな。その代わり、金稼ぎの戦いなら任せてくれ」
「かっかっか! いいね! 気に入ったよ!」
マーレは豪快に笑いつつ、トレンの背中をバンバンと叩いて再びトレンを咳き込ませた。
暫くして祝杯を切り上げ、トレンは熊の狩人と三葉虫のメンバーを引き連れて拠点となる屋敷へと向かった。
屋敷は石壁で囲まれており、壁の上部は鉄柵が槍のように飛び出ている。他の屋敷に比べ侵入し難い構造になっていると言っていい。鉄門は隙間を板で埋められている特殊なデザインのため、外から屋敷の中が覗けないようになっている。これは屋敷の持ち主がコシの木の存在を隠したかったからだろう。
門を開けると、メンバーが感嘆の声を漏らす。
「うーむ。想像した以上に立派な屋敷だな」
「へぇ〜、これがあたいらの拠点かい。随分立派だねぇ。貴族にでもなった気分だよ」
「姐さん、つい最近まで貴族が住んでたんだからそらそうでしょ。しっかし街中なのに庭が広い……」
「ほわぁあ…… す、凄いです。これからはここに住めるんですね! 庭で薬草とかハーブとか育ててもいいですよね? ね?」
「な、なぁ、ラックス。こんだけ広いならオレ達用の虫小屋作ってもいいよな?」
「そ、それは名案でござるなぁ!」
「ちょっと2人とも! もちろん美味しい虫は養殖するでしょ? じゅるり……」
(薬草の栽培に、虫の養殖か…… 悪くないな)
虫に関して三葉虫メンバーは言わばプロだ。売れる虫であれば許可しよう。危険な虫でも剥製にすればコレクターに売れるかもしれない。
「薬草の栽培は問題ない。おれも協力する。後で場所の相談だな。虫の養殖は条件付きでだが許可しよう」
「やったぁ! 楽しみ!」
「え? まじ? いいの? うぉおおお! これはキタァアアア!!」
「拠点で…… 虫の養殖…… お、おおお……」
「うそ…… これ夢? ちょっとセファロ頬っぺた抓らせて……」
「いだだだだだ!? ジディ抓るなら自分のにしろっ! 痛い痛い! 現実! 現実だって!!」
屋敷は本館が3階建で計40部屋もあり、うち中部屋と大部屋が2部屋ずつある。3階は屋根裏部屋で、テラスまである贅沢仕様だった。それだけでなく、本館とは別に別館まである。別館は2階建で20部屋。使用人や護衛の住まいとして使っていたのだろう。他には家畜小屋と倉庫が3棟ほど。中流地区としては異例の広さだ。
以前の持ち主は男爵だったのだが、男爵領は都市から離れた辺境の一画にあり、別荘として都市にこの規模の屋敷を構えて維持する程の余裕はないはずで、トレンはこの身の程を超えた見栄が、家主の身を滅ぼす原因になったのであろうと考えていた。
屋敷内をメンバー全員で見て回った後、1階の大部屋に集まり、今後のことについて話し合いを始める。
「屋敷の部屋割りだが、主となるマサトは2階にある大部屋を書斎に、中部屋を寝室で使ってもらう予定だ。で、メンバーだが……」
トレンが部屋割りについて話し始めると、女性陣に言葉を遮られた。
「じゃあ、あたしはリーダーの護衛も兼ねて隣の部屋にするさね」
「わ、わたしも2階がいいです!」
「私も2階がいいかなぁ…… なんて」
「なんだいあんた達? パンは分かるとして、ジディ、あんたもリーダーに惚れてるのかい?」
「ななななにを言ってるんですかこの人は!? 」
マーレの発言にジディは顔を真っ赤にして反論する。パンも頬がほんのり赤い。
すると、ジディの発言を聞いたセファロが青い顔をしながら口をパクパクとさせた。
「ジ、ジディ…… お前…… 奴に惚れてんの? まじ?」
セファロの呟きにラックスが頷きながら、そして諭すように肩をポンポンと優しく叩く。
「辛かろう…… でも、これが現実。マサト殿のこれまでの行動は、男でも惚れるレベルでござった…… 受け入れなされ……」
セファロは膝をつき、頭を抱えて嘆き始めた。
「く、くそぉおおお! 否定できなぃぃいいのが悔しぃいい!!」
「ちょっと2人ともなに言ってるの!」
「え? だってそうだろ? 違うの?」
「ち、違わなくも、ないかも知れないけど……」
「やっぱりぃいいいい!!」
「もう! うるさい!」
「かっかっか! リーダーも隅に置けないねぇ」
「ジディさん…… やっぱり……」
部屋割りを好きに決めさせるとこういう問題が起きるであろうことは予想していた。なので既に部屋割りは決めてあったのだが……
トレンは一つ大きく咳払いをすると、脱線し始めた話の流れを強引に戻した。
「部屋割りは既に決めてある。本館の1階は厨房や食堂があるからな。空いた部屋も応接や作業部屋に使おうと思う。2階はクランの上位メンバーと、ボス専用の使用人部屋として割り当てる。3階も同様にクランの上位メンバーから順に入ってもらう。そこにも入れなかったメンバーは別館だ。ただし、本館が全員戦士で埋まるような事態になっても非常事態に対応できなくなるからな。ある程度はジョブ毎に分けたつもりだ」
今後、竜語りは大所帯になるだろう。そうなった際に、古参だからと優遇していてはクラン運用に問題が生じる。円滑にクラン運用をするのであれば、拠点となる屋敷のルールは必須だとトレンは考えていた。
『競争なきところに発展はない』
昔から伝わる有名な言葉だ。確か世界を作った神の言葉だったはず。
それに今後は敵も増えるだろう。いざという時にすぐ対応できることも考慮しておく必要がある。
このルールに皆は納得したのか、特に反発はなかった。
だが……
「悪いけど、当面の間は使用人を雇う余裕はないから、掃除担当も持ち回り制な。そしてこれが今日の担当分。しっかり掃除するように」
これにはさすがに不満が出た。だがそれも当然だろう。8人で掃除するには広過ぎるのだ……
「これ、全部掃除し終わるのに何日かかるんだ……?」
フェイスの呟きに、答える者は誰もいなかった。
「いえ、おれも新しく加入したクランで丁度探してたのでお互い様ですよ」
茶色い口髭をはやした壮年の男性が、トレンの手を両手で握りながら感謝の言葉を繰り返し口にしている。オールバックにした頭髪には白髪が多く、顔にはうっすらと疲労の影が見えた。
おそらく借金のことで夜も眠れない日々が続いたのだろう。だからこそ、即金を理由に相場から大分安くしてもらうことができたのだが。
「これで屋敷は好きに使ってくれて構わない。また何かあれば相談に乗ってくれ! では私は用があるのでこれで!」
「はい、今後ともご贔屓に」
トレンは壮年の男性の姿が見えなくなるまでその場で見送る。
「さて、メンバーを呼びにいくか」
トレンはメンバーの待つ冒険者ギルドへと向かった。
結局、マサトから預かった古代魔導具はオークションへ出品しなかった。理由は単純で、古代魔導具関連は価値が高いため、即売するよりもしっかりと宣伝した上で慎重に売った方が多く利益を見込めると判断したからだ。
屋敷購入資金は、クラン資金全額で約6割、残り4割をトレンの店を担保に工面した金で賄った。予定ではそれでも足が出てしまう計算だったのだが、マサトが姿を隠す前に置き土産を残していってくれたお陰で、なんとか店の商品まで売りさばく必要なく購入することができたので助かった。
大量の素材売却について、ギルドマスターから最初に話を聞いたときは驚きを通り越して皆で呆れたものだったが……
街には鋼鉄虫の素材が溢れかえり、ちょっとした賑わいを見せている。特に冒険者達の目を釘付けにしているのは、防具屋「アイアス」の店主が徹夜で作った鋼鉄虫シリーズの試作防具だろう。魔法耐性がすこぶる高いとか、それでいて硬度も申し分ないとか、絶賛の声が通りまで響いていた。
恒例の集合場所となった冒険者ギルドの個室まで足を運ぶと、赤毛の大女が仁王立ちで酒を呷っているのが視界に入った。
「ぷぅはぁああああっ! こいつぁたまんなぃねぇ! 本当にイイ朝だよ!」
「何やってんだ……」
呆れ顔で現れたトレンに、マーレは豪快に笑いながら近づき、挨拶代わりにとトレンの背中をバンバンと叩く。
咳き込むトレン。
「い、痛い!…… まぁ、浮かれる理由は大体分かるけどな。おれも同じの一杯貰おうか」
「なんだい、あんたつまらない男だと思ってたけど、意外とイケる口かい?」
「悪いが下戸だ」
「自信満々に言うことかい!」
空いてる席に腰を下ろすと、既に出来上がりつつあるフェイスが会話に入ってきた。
「しっかし、マサトっちは相変わらず規格外だな。鋼鉄虫を300匹以上って、どうやって…… あいたっ!?」
突然、フェイスの頭にマーレの拳骨が落とされた。
「フェイスー、あんたあたし達の話聞いてたのかい? その話はもうしないって決めたばかりじゃないのさ。あれはあたし達全員で討伐した。わかったかい?」
「わ、わかったわかった! おれっちが悪かったって!」
「うへぇ…… いい音したぜさっきの拳骨。さすが山姥」
「山猿の間違いでござろう」
「はぁ…… 2人ともそれマーレさんにしっかり聞こえてるからね? また締め落とされてももう助けないよ?」
「なぬぅ!? ジディ寝返るのか!?」
「謀反でござる!」
「はいはい……」
マサトが単騎で討伐した鋼鉄虫は、諸事情により、クラン < 竜語り > が討伐したこととして処理された。
これはマサトの目立ちたくないという希望を汲んだものだが、冒険者ギルドのギルドマスターから強く提案されたことでもある。というのも、いきなりFランクの新人が討伐ランクC+の鋼鉄虫を単騎で300匹以上討伐したとなれば、それは最低でもAランク以上の実力者だという証明になる。そうなると、冒険者ギルド本部の監査が入るだけでなく、各ギルドや貴族、はたまた王族達による国家ぐるみでの勧誘や引き抜き合戦に発展し、関係者全員が巻き込まれる可能性が高くなるというのだ。
だがクランでの討伐ということにしておけば、数日前に格上のモンスターを多数討伐した実績のある熊の狩人と三葉虫がいるという理由により、周囲が納得できる余地が生まれる。これなら下手な介入や横槍なく生活できるだろうという配慮だった。まぁそれでも熊の狩人や三葉虫への勧誘や引き抜きは増えるだろうが……
おれはギルドマスターがボスをこんなにも気にかけていることに正直驚いたが、ボスが素性を話した上で何か交渉をしたのなら当然の配慮だとも考えていた。
「この祝杯は、竜語りがクランランクBに異例の昇格を果たしたことを祝って…… ということで合ってるよな?」
「なんだい? あんたは違うって言うのかい?」
竜語りの功績を考えればランクBへの昇格は納得のできるものだ。むしろ、クランランクBからはギルドから様々なサービスが無料で受けられる代わりに、ギルドマスターから指名依頼を受けなくてはいけないという義務も生まれる。
仮にギルドマスターがボスの存在を認めたのであれば、どうにかして手綱を握っておきたいと考えるはず。そう考えると素直に喜べない感情もある。
「そうだな。おれは違う。おれは竜語り初の拠点となる屋敷購入が無事に完了した祝いの酒だな」
トレンの発言に全員が一瞬止まり…… 
次の瞬間「おおおお!」だとか「やったぁああ!」だとかの歓声があがった。
クランにとって自分達の拠点を持つことは数ある夢の一つでもある。それは現実世界でマイホームを購入することの夢に近いが、定職や低金利ローンという存在のないこの世界ではもっと価値は高い。
「うむ。放浪の旅が長かった儂らもついに拠点を持つことになるとはのぅ……」
「本当さね。あのあたし達がねぇ。ヒグやラアナの分まで頑張らないといけないさね」
「ああ、いつまでも浮かれてばかりじゃいけねぇ。おれっちも腹は決めてある」
「はい。わたしも頑張ります! でもトレンさん、屋敷購入資金はどうしたのですか? 確かマサトさんの古代魔導具、まだオークションに出してないですよね?」
「ああ。あれはまだ手元にある。最大の利益が見込めるタイミングで売るよ。屋敷購入資金は、ボスが残していったクラン貯金と、おれの店を担保にして借りた金で足りたから問題ない」
「え!? あのお店を!?」
「あんたがそこまでこのクランに賭けてたなんて…… トレン、あんた男じゃないのさ」
「あんたらの前で啖呵切った手前、おれの覚悟も見せないといけないと思ってね。まぁおれはあんたらと違ってモンスターと戦うことが出来ないからな。その代わり、金稼ぎの戦いなら任せてくれ」
「かっかっか! いいね! 気に入ったよ!」
マーレは豪快に笑いつつ、トレンの背中をバンバンと叩いて再びトレンを咳き込ませた。
暫くして祝杯を切り上げ、トレンは熊の狩人と三葉虫のメンバーを引き連れて拠点となる屋敷へと向かった。
屋敷は石壁で囲まれており、壁の上部は鉄柵が槍のように飛び出ている。他の屋敷に比べ侵入し難い構造になっていると言っていい。鉄門は隙間を板で埋められている特殊なデザインのため、外から屋敷の中が覗けないようになっている。これは屋敷の持ち主がコシの木の存在を隠したかったからだろう。
門を開けると、メンバーが感嘆の声を漏らす。
「うーむ。想像した以上に立派な屋敷だな」
「へぇ〜、これがあたいらの拠点かい。随分立派だねぇ。貴族にでもなった気分だよ」
「姐さん、つい最近まで貴族が住んでたんだからそらそうでしょ。しっかし街中なのに庭が広い……」
「ほわぁあ…… す、凄いです。これからはここに住めるんですね! 庭で薬草とかハーブとか育ててもいいですよね? ね?」
「な、なぁ、ラックス。こんだけ広いならオレ達用の虫小屋作ってもいいよな?」
「そ、それは名案でござるなぁ!」
「ちょっと2人とも! もちろん美味しい虫は養殖するでしょ? じゅるり……」
(薬草の栽培に、虫の養殖か…… 悪くないな)
虫に関して三葉虫メンバーは言わばプロだ。売れる虫であれば許可しよう。危険な虫でも剥製にすればコレクターに売れるかもしれない。
「薬草の栽培は問題ない。おれも協力する。後で場所の相談だな。虫の養殖は条件付きでだが許可しよう」
「やったぁ! 楽しみ!」
「え? まじ? いいの? うぉおおお! これはキタァアアア!!」
「拠点で…… 虫の養殖…… お、おおお……」
「うそ…… これ夢? ちょっとセファロ頬っぺた抓らせて……」
「いだだだだだ!? ジディ抓るなら自分のにしろっ! 痛い痛い! 現実! 現実だって!!」
屋敷は本館が3階建で計40部屋もあり、うち中部屋と大部屋が2部屋ずつある。3階は屋根裏部屋で、テラスまである贅沢仕様だった。それだけでなく、本館とは別に別館まである。別館は2階建で20部屋。使用人や護衛の住まいとして使っていたのだろう。他には家畜小屋と倉庫が3棟ほど。中流地区としては異例の広さだ。
以前の持ち主は男爵だったのだが、男爵領は都市から離れた辺境の一画にあり、別荘として都市にこの規模の屋敷を構えて維持する程の余裕はないはずで、トレンはこの身の程を超えた見栄が、家主の身を滅ぼす原因になったのであろうと考えていた。
屋敷内をメンバー全員で見て回った後、1階の大部屋に集まり、今後のことについて話し合いを始める。
「屋敷の部屋割りだが、主となるマサトは2階にある大部屋を書斎に、中部屋を寝室で使ってもらう予定だ。で、メンバーだが……」
トレンが部屋割りについて話し始めると、女性陣に言葉を遮られた。
「じゃあ、あたしはリーダーの護衛も兼ねて隣の部屋にするさね」
「わ、わたしも2階がいいです!」
「私も2階がいいかなぁ…… なんて」
「なんだいあんた達? パンは分かるとして、ジディ、あんたもリーダーに惚れてるのかい?」
「ななななにを言ってるんですかこの人は!? 」
マーレの発言にジディは顔を真っ赤にして反論する。パンも頬がほんのり赤い。
すると、ジディの発言を聞いたセファロが青い顔をしながら口をパクパクとさせた。
「ジ、ジディ…… お前…… 奴に惚れてんの? まじ?」
セファロの呟きにラックスが頷きながら、そして諭すように肩をポンポンと優しく叩く。
「辛かろう…… でも、これが現実。マサト殿のこれまでの行動は、男でも惚れるレベルでござった…… 受け入れなされ……」
セファロは膝をつき、頭を抱えて嘆き始めた。
「く、くそぉおおお! 否定できなぃぃいいのが悔しぃいい!!」
「ちょっと2人ともなに言ってるの!」
「え? だってそうだろ? 違うの?」
「ち、違わなくも、ないかも知れないけど……」
「やっぱりぃいいいい!!」
「もう! うるさい!」
「かっかっか! リーダーも隅に置けないねぇ」
「ジディさん…… やっぱり……」
部屋割りを好きに決めさせるとこういう問題が起きるであろうことは予想していた。なので既に部屋割りは決めてあったのだが……
トレンは一つ大きく咳払いをすると、脱線し始めた話の流れを強引に戻した。
「部屋割りは既に決めてある。本館の1階は厨房や食堂があるからな。空いた部屋も応接や作業部屋に使おうと思う。2階はクランの上位メンバーと、ボス専用の使用人部屋として割り当てる。3階も同様にクランの上位メンバーから順に入ってもらう。そこにも入れなかったメンバーは別館だ。ただし、本館が全員戦士で埋まるような事態になっても非常事態に対応できなくなるからな。ある程度はジョブ毎に分けたつもりだ」
今後、竜語りは大所帯になるだろう。そうなった際に、古参だからと優遇していてはクラン運用に問題が生じる。円滑にクラン運用をするのであれば、拠点となる屋敷のルールは必須だとトレンは考えていた。
『競争なきところに発展はない』
昔から伝わる有名な言葉だ。確か世界を作った神の言葉だったはず。
それに今後は敵も増えるだろう。いざという時にすぐ対応できることも考慮しておく必要がある。
このルールに皆は納得したのか、特に反発はなかった。
だが……
「悪いけど、当面の間は使用人を雇う余裕はないから、掃除担当も持ち回り制な。そしてこれが今日の担当分。しっかり掃除するように」
これにはさすがに不満が出た。だがそれも当然だろう。8人で掃除するには広過ぎるのだ……
「これ、全部掃除し終わるのに何日かかるんだ……?」
フェイスの呟きに、答える者は誰もいなかった。
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