【書籍化】マジックイーター 〜ゴブリンデッキから始まる異世界冒険〜

飛びかかる幸運

6 -「異世界2日目:油断」

「朝か…… 」


 心のどこかで、眼が覚めたら現実世界へ戻っていると期待していたのだが……

 その期待はあっさりと裏切られた。

 洞窟のゴツゴツした天井を見ながら、異世界にきて初めての朝を迎える。

 外に出ると、紅蓮ゴブと見ゴブ1が見張りをしていた。

 他のゴブリン達は、それぞれが違う場所でイビキをかきながら寝ている。


 ゴブリンはこんなに優秀で頼りになる種族だっただろうか……

 いや、少なくとも設定でのゴブリン種族は、一般的なイメージとして伝わるゴブリンの特徴と大して相違はなかったはずだ。

 つまりは野蛮で低脳で自分勝手な種族、それがゴブリンだったはず。

 しかし、目の前にいるゴブリン達は、俺に順従でしっかり働いてくれている。

 やはり召喚したゴブリンは、野生のゴブリンとは違うということだろうか。

 それなら大きな危険が迫る前に、自分の軍隊を作っておいた方がいいのかもしれない。

 少し考えて、戦力の増強のために、追加でマナ生成用のアーティファクトを召喚しようと決意する。


(っと、その前に昨日召喚したアーティファクトの確認をっと……)


[SR] 猩紅色のダイヤモンド (2)
 [マナ : なし]
 [マナ生成(赤)]
 [生贄時:マナ生成(赤x2)]
 [耐久Lv1]


 寝て起きたらマナが回復していると思ったのだが、そんな甘い話はなかった。

 それとも生成まで24時間かかるのだろうか。

 マナ生成の間隔はまだ分かっていないが、マナカードをただ消費するよりマシだろうと、他のマナ生成カードも一気に召喚した。


[SR] マナ封じのペンダント (1)
 [マナ : (赤)]
 [生贄召喚:マナカード1]
 [マナ生成 : (召喚時に生贄に捧げたマナカードのマナ)]
 [マナ生成限界1/10]
 [耐久Lv1]

[R] ウル山の紅水晶 (1)
 [マナ : (赤)]
 [マナ生成(赤)]
 [マナ生成限界1/3]
 [耐久Lv1]

[UC] ウル山の水晶 (1)
 [マナ :(1)]
 [マナ生成(1)]
 [マナ生成限界1/5]
 [耐久Lv1]


 召喚に3マナと、ペンダントの生贄用に1マナの計4マナ分消費した。

 これでマナカードは7枚。


(この消費ペースは、さすがにマズい気がする…… でも、昨日の亀みたいに、討伐すれば補充できるっぽいから、大丈夫だよな? いや、大丈夫大丈夫。きっと大丈夫)


 ペンダントは首から下げて、岩等にぶつかって壊れないようにTシャツの中へと入れる。

 水晶は20cmくらいあるので、気軽に持ち運ぶのは難しそうだ。

 取り敢えず洞窟の奥に置いておく。

 アーティファクトのマナはこれで3マナ。

 召喚するものは決めてあった。


(効率良く戦力増やすなら、やっぱりこれでしょ! エンドレス召喚魔法陣!)


 俺は洞窟の奥で、付与魔法エンチャントを行使した。


「ゴブリン召喚の大魔法陣!」

[SR] ゴブリン召喚の大魔法陣 (赤)(2)
 [毎ターン : ゴブリン1/1 召喚1]
 [耐久Lv1]


 場を指定し、その場に能力付与エンチャントを施す呪文。

 大魔法陣というだけあり、狭い洞窟では地面だけでは足りなかったのか、壁を這うように天井まで魔法陣が現れた。

 毎ターン、1/1のゴブリンを1体、それこそ制限なくずっと召喚し続ける。

 そう、時間が経過すればするほど、俺のゴブリン軍は巨大になっていく…… はずである。


 魔法陣が紅く光り、目の前の空間に淡い光の粒子とともに、緑色の肌をした小柄なゴブリンが現れた。

 手には歪な形の短剣。

 薄茶色のボロ布を腰に巻いている。

 顔は相変わらず醜悪だ。

 小柄なのに猫背のせいで更に小さく見える。

 しかし、今は貴重な戦力。

 こいつらが俺の生命線と言ってもいい。

 これから量産されるであろうゴブリンなので、ゴブ1と名付けた。

 この大魔法陣は、残り3枚ある。

 召喚し放題だ!

 ……とはいえ、マナカードは残り7枚しかないため、今は1つだけにしておいた。


 昨日、岩陸亀から受けたダメージが癒えたか確認するため、ステータスを開く。


<ステータス>
 紋章Lv1
 ライフ 40/40
 攻撃力 2
 防御力 2
 マナ:0
 加護:マナ喰らいの紋章「心臓」の加護
 装備:なし
 補正:自身の初期ライフ2倍
    +1/+1の修整


 ライフが40に回復しているのを見てホッとする。

 MEでは、ライフが自然回復することはなかったので不安だったのだ。

 しかし、そうなると他にもMEと異なることが多いのかもしれない。

 注意が必要だ。

 考え事をしていると、目の前のゴブ1がこちらを窺っているのに気が付いた。


(ああ、何か指示が欲しいのか。そうだな…… 取りあえず、朝食の準備を手伝ってもらうか)


 マサトは、ゴブリン達を集めて朝食の準備を始めることにした。



◇◇◇



 ゴブリン達と昨日の亀鍋の残りを食べ終えると、全員で水浴びすることにした。


(若干、臭ったんだよなぁ…… あぁ石鹸が欲しい! 水浴びくらいじゃ、完全に臭い取れないよなぁ…… あっ、困った時の案内ゴブ……)


 案内ゴブに石鹸代わりになる物がないか聞く。

 すると、今度森で探して見ると返事があった。


(……なんだろ。案内ゴブはゴブゴブとしか言ってないのに、言ってることが理解出来てしまう。すご。これ凄いよね? って、聞ける相手はいないけど…… くそ! 人間の話し相手が欲しい!)


 結局、水だけでも汗を流すことにしたマサトは、ゴブリン達と共に水浴びを決行した。

 全員で滝壺に浸かり、手で身体を洗う。

 最初、ゴブリン達は水浴びを嫌がった。

 それには、命令したマサトも意外だった。

 命令は絶対! という訳でもないみたいだが、この場には熱狂的なマサト信者――狂信ゴブがいた。

 狂信ゴブが他のゴブリン達を一喝すると、手本を見せるとばかりに、自ら率先して水浴びをし始めた。

 流石は狂信者だ。

 崇拝対象はどうやら俺らしいが、今はその信仰心がとても助かる。

 身体と一緒に着衣も洗わせる。

 俺はTシャツとトランクスだけ洗うことにした。

 ジーパンはまだ洗わなくて大丈夫だろう。

 乾くまで全裸ってのも嫌だしな。


 水浴びを終えると、ゴブリン達は全裸で各々岩の上に寝転がり、日光浴を始めた。

 開放感があってとても気持ち良さそうだ。

 俺は水から上がると、濡れたTシャツを絞り、そのTシャツで身体を拭いた。

 そしてせっかくなので、俺もゴブリン達の真似をすることにした。

 濡れた衣類は、予め木の枝を組み合わせて即席の物干し竿を作っておいたので、そこに全て干してある。

 ここにいる全員が、全裸で岩の上に寝そべっている。


 そう――

 この時、全員が無警戒だった。


 夜も見張りを立てて警戒をおこたらなかったゴブリン達が、今この一瞬だけ、全員無警戒だった。

 気を抜いていた。


 それがいけなかった。


 このタイミングを待っていたかのように、1匹のジャガーが森の茂みから飛び出してきた。

 物音とジャガーの鳴き声に、全員が飛び起きる。

 まず狙われたのは、ジャガーの位置に最も近かった見ゴブ2だ。

 幸い、俺はジャガーから一番遠い洞窟の入り口付近にいたので、ジャガー含め、ゴブリン達全員が視界に入っている。

 ジャガーを見た見ゴブ2は、1度こちらを振り返った。

 そして、案内ゴブに何やらアイコンタクトを送り――

 何を考えたのか、その小さい身体を丸めて、ジャガーへと突進して行ってしまった。


 俺は目を疑った。

 贔屓目に見ても、見ゴブ2ではあのジャガーには勝てない。

 ジャガーには鋭い爪と牙があり、体格もゴブリンに比べてふた回りくらい大きい。

 一方で見ゴブ2は小柄で全裸だ。

 首元に噛み付かれたら一発で致命傷だろう。

 しかし、俺は見ゴブ2の真意を知ることができた。

 召喚者と召喚された者の繋がりにより、ハッキリと見ゴブ2の意識が流れ込んできたのだ。

 見ゴブ2は、自分の命を犠牲にしてでも、全員が態勢を立て直す時間を稼ぐために、死地へ飛び込んだ。

 いや、見方によっては、ただ逃げるよりも生存率が上がる方法だったのかもしれない。

 見ゴブ2の予想外の行動に驚いたジャガーは、そのまま跳びかからずに横っ飛びし、威嚇しながらも見ゴブ2を冷静に観察した。

 そしてそれが虚勢だと判断すると、勢いよく飛びかかった。

 ジャガーに飛びかかられた見ゴブ2はそのまま縺れるように倒れ、ジャガーの攻撃に必死に対抗している。


(まずい…… このままだと見ゴブ2が殺られる!)


 焦った俺は、攻撃呪文を行使するためにジャガーへと向かおうと踏み出した。

 しかし、それを一番近くにいた狂信ゴブに止められる。

 そのタイミングで、ゴブリン達全員の意思が伝わってくる。


『ボスは、おれたちが、守る』


 見ゴブ2の稼いだ時間で、紅蓮ゴブが杖を取り、案内ゴブが鉈を構え、見ゴブ1が木の槍を、ゴブ1は短剣をそれぞれ構えて攻撃態勢をとっていた。

 俺を守るように。

 ゴブリン達の行動にジーンと胸が熱くなる。

 だが、今はすべきことがある。

 今は、見ゴブ2を助ける方が先だ!


「全員でジャガーを攻撃! 生かして返すな! 見ゴブ2を救え!!」


 ゴブリン達が一瞬ギョッとしたが、直様こちらの意図を把握し、行動を開始してくれた。

 ジャガーがこちらの総攻撃を察したのか、見ゴブ2に食い込ませていた牙を抜く。

 ぐったりした見ゴブ2が見える。

 自分の胃がぎゅうっと締め付けられた気がした。


「糞猫がぁあああ!!」


 ジャガーに向かって走る。

 紅蓮ゴブが火の玉を放ち、案内ゴブが逆サイドから飛び掛かる。


 火の玉に驚き避けようと飛び退くも、退路へ回り込んでいた案内ゴブに斬りつけられ、ギャンと甲高い悲鳴を上げた。

 反撃に出ようとするジャガーに、木の槍を持った見ゴブ1が突進し、ジャガーを串刺しにする。

 手痛い反撃に焦ったジャガーは、鋭い爪の生えた前足を振り下ろして応戦するが、すでに見ゴブ1は木の槍を手離して退避したため、ジャガーの攻撃は不発に終わった。

 ジャガーは、横っ腹に突き刺さった木の槍が抜けずにもがいている。


(注意がこちらから離れた今が絶好のチャンス!)


 俺はジャガーに向けて全速力で突っ込み、その首元を掴んで腹部にヒザ蹴りを合わせた。

 その勢いのまま、ジャガーの後ろに回り、首元に腕を回してチョークスリーパーをかける。

 もがくジャガー。

 木の槍の刺さった腹部から血が噴き出た。

 俺は一気に力を込める。

 段々とジャガーの動きが鈍くなり、十数秒後には完全に動かなくなった。

 案内ゴブは素早く鉈でジャガーの胸部を斬り割き、心臓を取り出すことでトドメを刺した。

 これで大丈夫だろう。

 起き上がり、周囲を見渡すと、そこには紅色の光の粒子を纏う見ゴブ2がいた。


(間に合わなかったか……)


 光の粒子は見ゴブ2から離れ、俺の胸へと吸い込まれた。

 自分で召喚したモンスターが死んだ場合でも、その魔力を吸収することができる。

 マナと生命のループ。

 これがMEの核となる戦略要素であり、マジックイーターが神とも邪神とも呼ばれる設定の根源だ。



 “命を奪い、その命で、新たな命を創る”



 そう見えるのであれば、それは神か邪神のどちらかにしか見えないだろう。


 見ゴブ2に、心の中で感謝する。

 ジャガーからも緑色の光の粒子があがり、胸の紋章へと吸い込まれていく。


《 マナ喰らいの紋章 Lv2 解放 》


<ステータス>
 紋章Lv1 → 2
 ライフ 40/40
 攻撃力 2
 防御力 2
 マナ:(赤)(緑)
 加護:マナ喰らいの紋章「心臓」の加護
 装備:なし
 補正:自身の初期ライフ2倍
    +1/+1の修整
    召喚マナ限界突破5 New


 Lvが2に上がった。

 新たに召喚マナ限界突破5が付いたが、これは計5マナ必要とする中型召喚を行使できるようになったという意味だ。

 この戦いで少し思い出したことがある。

 MEでの戦いは、召喚を食って食われてを繰り返しながら紋章Lvを上げて、大型魔法で止めを刺すのが基本の戦いの流れだということを。

 これを、この現実めいた世界で再現するとなると、今回のような胸が締め付けられる戦いになるのかと、少しばかり気が滅入った。


 俺は案内ゴブに見張りを任せ、土や落ち葉やらで汚れた身体を再度洗うため、冷たい滝壺へ入っていった。

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