シスコンと姉妹と異世界と。
【第189話】幕間___水曜日の放課後
「ども。お待たせしましたゾラさん」
図書室の窓際の席で、頬杖おをついて微睡んでいるゾラさんに話しかける。
「んっ……、毎度毎度謝んなくていいんだってば。ショーくんには六時間目の授業があって、わたしには無い。ただそれだけなんだから」
「まぁそうなんすけどねぇ……、気にしないってのは無理な性分なんで」
「まぁそこはショーくんの美点だと思うけどね。さっ、始めようか先生」
「うぃーす」
そう言って、隣の席に腰掛ける。
今俺たちが座っている、窓際の勉強スペース(席ごとに仕切られている)の他にも幾つかの座席があるが、中でも目を惹くのが中央付近に鎮座する巨大な円卓だ。これが無ければもう少し本が置けるんじゃないかと思うくらいにデカい。直径で五メートルくらいはあった気がする。
聞くところによると、その円卓は杖などの魔道具によく用いられる樫の木を削り出して造られたらしい。それほどの巨木があったことにそもそも驚きだ。
「今日はこれにしてみた」
と、ゾラさんが言いながら机の上の本を指さす。その先には、俺がかつて生きていた日本でも名の知れた某ライトノベルがあった。
「いやー、にしても本当、半年教わってる身だけど、ショーくんにも得意な分野があるなんて未だにびっくりだよね……」
「それ褒めてないですよね? 苛めてますよね寧ろ。まぁそれに、俺もゾラさんに勉強教えてもらってますしね」
「ふふ、まあね。でも勉強を教えているとは言っても、以前習ったことをそのまま伝えているだけだからね。特に工夫みたいなものもないし」
「純粋に習ったことが抜け落ちてないのが羨ましいですよ……。そんなだから俺は馬鹿呼ばわりされるんでしょうけどね」
自嘲気味に笑う。
「ショーくんの反応を見るのは楽しいから、ついつい皆からかってみたくなるものなんだよ。当然わたしもその一人だよ」
そう言いながら俺の頭をポンポンする。
「ちょ、急に恥ずかしいっすよ!!?」
図書館で周りの迷惑にならないくらいの音量で、こう返すのがやっとのことだった。触らなくても自分の顔が紅潮してるのが分かってしまう。お姉ちゃん属性に弱すぎだろ俺ッ!
「それそれ。その反応が面白い。あ、これはなんて読むのかな?」
「えっと! それは___」
俺がゾラさんに何を教えていて、何故そんな流れになったのか。
それをこれから話すことにしよう。
※※※※※※※※※※※
今から半年程遡って五月。
の、とある水曜日の放課後。
姉さんが上級生メンツと予定があり、ローズもホームルームが終わるや否や冒険の旅に出てしまった。
つまるところ、暇を持て余して構内をウロついていた。帰ったところでゲームがある訳でもなし、熱心に剣の鍛錬をするつもりもなし。
「高校行ってた時なら、図書委員やってたからラノベ読んで時間潰し出来てたんだけどなぁ……。下校時刻近くになれば妹の枝里香(えりか)が『お勤めご苦労様』って迎えに来てたんだが……」
枝里香のやつも神様曰く、この世界に来てるようだけど、どこで何やってるんだかなぁ……。何処ぞの馬の骨と付き合ったりしてんだろか。そうなったら相手のことは一回殴り飛ばさないと気が済まないな。
っそか。図書室あったっけかこの学校。そこ覗いてみよ。
「……やっぱキツいな」
入口付近に置いてあった本を手に取るも、即座に閉じて元の場所へと戻す。
何がキツいのかって?
「全部平仮名で書かれてるのがどうにもな……」
読みづらくてしょうがないのだ。元日本人としては当然の感想だとは思うのだが。
片仮名言葉すら日常では殆ど使われないし、ましてや漢字なんて街中で見たことがない。主に使われてるとしたら、フォークやナイフみたいな訳しづらくて且つ汎用的なものや魔法くらい。
だから俺が座学を苦手としても仕方の無いことなのだ。アリスさんが勉強出来るのは、経営者の跡取りとして特殊な訓練を受けていたからだろう。そうであると信じたい。
「…………考古学? そういやこの世界の歴史なんて大して知らないけど、それくらいは知っておかないと非常識人扱いされそうだしな。借りてなんとか解読してみるか」
室内の見取り図と睨めっこしながら呟く。
で、いざ考古学コーナーを覗くと、呆然とした。
「いやいや、これが考古学になっていいんか? 歴史書的なものを期待してたんだけど、コレは斜め上だわな……」
元日本人の誰かの家の本棚をそのまま移植したかのようなラインナップだったのだ。
少年系週刊誌であったり、ファッション雑誌、スポーツ雑誌、料理やライトノベルや絵本まで。少なくとも我が家ではないが恐らく神様特典的なやつで、かの転生人はこれらを望んだのだろう。
「ッ!? このジャ○プ、日付けが二〇十七年になってやがる。俺が死んでから刊行されたものがなんでここに? いや、俺よりあとに死んだ人間が転生して来てればなにも不思議は無いのか……」
ポン、と。
不意に後ろから肩を掴まれた。
「うわわァァァァ!!!??」
図書室での許容範囲を超える大ボリュームで驚いた。
「うわ、ビックリした」
と緑色の髪と、立派に育った胸を揺らしながらその人は言った。
それはこっちの台詞だ。
と、言い返してやりたかったが年上っぽい雰囲気なので止めた。
それに、この人には見覚えがあった。
「えっと……こないだ助けてもらって、ご飯までご馳走してくれた……」
エピソードははっきりしていたが、名前だけがボヤけている。つい先日、一人で森に入って危ない所を助けてもらったばかりだというのに情けない。
「ゾラ、だよ。改めてよろしくね?」
「ゾラさん……。うん、もう忘れないっす。これからよろしくお願いします」
「ショーくん、だよね? お姉さんから、勉強はあまり芳しくないって聞いてたけど、どうしてまた図書室に? それもまた物好きなことに考古学なんて……」
俺の姉は何を言いふらしてくれてるんだ。辱めて矯正していくスタンスなのか?
「来たのは初めてなんですけど、如何せん暇を持て余してて……。それで図書室に行ってみようかなって」
「それはいい心掛けだね。図書室は楽しいよー。わたしも時間があったらつい足を向けてしまうからね。ところでそれ、読むの?」
ゾラさんが俺の手元にあるジャ○プを指差す。
正直な所知らない漫画も増えちゃったみたいだし、読むかと言われたら微妙なところ。別に後日でも良いのだし。
「いや、サラッと目は通したんで戻しますよ。知らない漫画も多かったので」
「そっかそっか。って、え!? 目を通したって事はこれがスラスラ読めるの?」
ゾラさんが俺から雑誌を奪い取り適当なページを開いて指差す。まあ何とも見事なお色気シーンだこと。湯気が邪魔で仕方ないけどね。
「ええ。取り敢えずは理解出来ますよ。不思議とスラスラと読めるし、意味も分かるって感じですけど」
元日本人だから読める、なんて口が裂けても言えないし、言ったところで理解されないだろう。
「そしたらさ……、片仮名と漢字の意味とか使い方とか教えてくれない? いくら教科書に載ってて授業を受けてると言っても、この雑誌をスラスラと読めるショーくんには敵わないだろうからね。なんと言うかな……、生きた言葉を吸収したいと言えばいいのかな」
なるほど。言いたいことは分かる。英語の授業を教科書読みながら受けるより、現地へのホームステイで叩き込む方が良い的な発想だ。
「僕なんかで良かったら是非お付き合いしますけど……」
「……けど?」
「僕が漢字だったりを読めるっていうのは周りに秘密にしてほしいんです。色々と周りが面倒な事になりそうですし……」
「まぁ、事情は察するよ。分かった。じゃ、契約成立ってことでいいかな?」
ゾラさんの右手が差し出される。
「はい! よろしくお願いします!」
俺はその手を迷わずに取ったのだった。
※※※※※※※※
「その漢字は『そしゃく』っすね。よく噛み砕くこと、って覚えとけばいいかと思います。難しいことをしっかり理解することを例える時に使ったりしたような……」
まあ先生と言っても辞書持って教えているわけじゃないから、若干フワっとしてるのもご愛嬌だろう。
「なるほどなるほど。したらこれは……」
こんな感じで一緒に読みながら、ゾラさんがちょこちょこわからなかった所を自分のノートに書き写していく。
俺の勉強はある程度漢字の勉強が一段落した所で始まる。ゾラさんはゾラさんで自分の課題をこなしつつ、俺が分からなかった時には聞く形。
ただ、ちょこちょこ気にかけてくれてるからか、分からないって自分から聞く前にゾラさんから解き方のコツを教えてくれることも多い。
先生って職業が本当に向いているんじゃないかと思う。
「んゆっ……、そろそろ終わりにしよっか……」
大体こうしてゾラさんが眠気に負けたところで終了。
ぐ〜。
隣から大きめな腹の虫が。
「頭使ったらお腹すいちゃったね。何か食べに行こうか。何食べたい?」
「甘い物とかどうです? 頭が疲れた時には糖分が一番ですからね。それに、甘い物食べてる時のゾラさんって幸せいっぱいって感じで可愛いっすもん」
「さっきの仕返しってことかな? でも悪い気分じゃないから許してあげよう。もっと言ってもいいよ」
「さ、行きますかねー。俺もお腹空いたし、早く片付けて行きましょう」
「ちょ!? ちょっと待って!?」
この後、しこたま奢らされた。
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コメント
ノベルバユーザー602641
主人公がかわいいよ。面白かった
ノベルバユーザー305890
続きが気になるぅー!
ノベルバユーザー287656
とてもおもしろかったのですが、最新話からあとはいつ更新されるのですか?
とても面白かったので、続きを出してください。