シスコンと姉妹と異世界と。
【第148話】北の幸⑨
人だかりの先に見えたのは、良くも悪くも見知った黒ローブ。
確実に不幸の訪れを告げるそれを踵を返すことで回避する。
「あれ、ショーくん見に行かないの?」
「確実にトラブルの元ですから、遠慮します」
「お兄ちゃん……?」
「ローズからは見えなかったかもしれないけど、あれは叔母さんの所属してる組織の連中だろうからな。こないだの九尾的な何かに巻き込まれるのは面倒だし」
こんな所で災厄に見舞われるのは辛すぎる。寒いし。
ただ、雪を司る存在的な形で居そうなのがなんとも言えない。
いっそピッチピチの家庭教師のお姉さん型雪女とか……がいいな。殴ったりするのは御免被るけど、会うだけならそういうのが一番いい。マッチョ男に出てこられた日にはもう負のエネルギーを撒き散らすことになりそうで。
「それに、あんだけ囲まれても平静を装ってちゃんと人に接している辺り、そのへんの分別は付く奴なんだろうし。放っておいても民間人に手を出したりはしないっしょ」
「まぁもしもの時はわたしが二人を守りますから。ほら、仕込みもバッチリですし」
そう自信満々に言ったクラリスさんの方を見ると、
「頼もしいっぶばぁッ!?」
言葉を最後まで紡げなかったのは、クラリスさんがスカートをたくし上げて太ももをあらわにしていたから。
勢いよくこんにちはをしたガーターベルトには大量の釘だったり針だったりが装着されていたような……。
「守るどころかトドメ刺してますけどぉ!?」
ローズの叫び声が冬空に響いた。
アリスがこの様を見ていたらこう表現しただろう。
「ショーくんは日本国旗を描いて逝った」と。
ホテル裏のテニスコート(予定地)。
とある少年の貞操を(勝手に)賭けた乙女の戦の幕が開こうとしていた。
「得物はとりあえずその三つから選んで」
審判を務めることになったマリーが、えっちらおっちら三種類二本ずつの武器を運んで来た。
「刀、両手剣、片手剣。どれも刃は無いから万が一接触しても、乙女の柔肌がザッパリいかれる事は無いわ」
「わたしは普段使っている両手剣だな」
「じゃ、わたしは片手剣を二つ〜」
アリスの二刀流スタイルは今に始まったことではない。普段アリスが携帯しているのは全長三十センチ程のナイフを二本と、収納箱内に刻印の入った杖が一本。
先の九尾戦のように後衛に回ったり、相手の力量が測りきれていない時には片手で杖を持ち、万事に備える。
逆に本気でいけると判断した際には二刀流にて応戦し、目の前の敵対戦力を殲滅しにかかるのだ。
「ねえねえ。コレ、わたし審判の必要ある?」
「誰かが止めに入らないと……ねぇ? エリーゼが諦めないかもしれないしぃ?」
「だって切れないなら別に……。それにショーくんを賭けて闘うんだっけ? 面白そうだしわたしも参加者側に回りたいくらいなんだけど」
「マリーさんも剣を嗜んでいるのですか?」
エリーゼが思わず尋ねる。
「さすがに剣は習ってないわ。ただ、それなりに魔法の腕は立つつもりよ。じゃなきゃ何かあった時に大変だもの」
「マリー姉ぇの外見も魔法で見繕ってるのよ」
「この身体は自前よ! 色々と気を使って維持しているの!!」
アラサーの叫び声が、向き合う二人をビビらせる。
「……さ、気を取り直して始めましょ。二人とも良いわね?」
「「……、はい」」
「よろしい。では、始めッ!!!」
ふぅ、とアリスが一呼吸置いたのを合図に二人が真っ向から激突する。かに思えたが、
「行くぞ貧乳ゥゥううう!!!」
「なっ!?」
アリスからのいきなりの暴言に、軽く目眩を覚えたエリーゼは一瞬反応が遅れた。
その隙を逃すまいとアリスが一気に距離を詰める。
身体を捻りつつ下から上へと振り上げる。
「まだまだァ!!」
それを起点に舞うが如く足技を織り交ぜつつ追撃の手を緩めない。実際の戦闘では靴に刃を仕込むこともあるので、ある意味アリスは四刀流の使い手でもある。
「くっ」
エリーゼも反応が遅れたものの、自己強化魔法で筋力を上げて両手剣を片手で持ち盾のように扱いつつ、空いた左手でアリスの蹴りをいなしたりして反撃の機を窺う。
「邪魔だぁ!!」
一瞬の隙を突いてアリスの体を剣の側面で押し飛ばす。
その勢いを上手く殺してアリスも受け身をとって体制を整える。
「まっ、流石にこの程度じゃ堕ちないよね」
「当たり前だろう? 何年お前と手合わせしてきたと思ってる。互いの癖は嫌というほど頭の中に入っているからな」
「それもそうだ、ねっ!!」
再び、一気に踏み込んで攻め立てる。
「こちらからも行くぞ!」
特に、エリーゼからアリスに対して暴言が出ることは無かった。アリスはこれといって身体にコンプレックスを抱えているわけでもなく、言ったら言った分だけ自分が悲しくなっちゃうような気がした。
ギィィィイイイイン!! と剣同士が衝突。
互いに右手で構えている剣での鍔迫り合いとなるが、剣の重さ故にジリジリとエリーゼが押している。
「……ふぅ。これで終わりかな?」
アリスがニヤっと笑みを携えながら、剣ごと左手を空へ向けて掲げた。
それに合わせ、エリーゼが視線を上に向けると火の玉が五つ浮かんでいた。
「なっ!?」
「剣道大会じゃないんだから、魔法は当然使うに決まってるじゃん!?」
「それはそうだなっ! はっ」
エリーゼも左手を広げて上にかざした。そこに透明なちょっとしたバリアが創られ、迫り来る火の玉を受け止める。
「それもショーくんから教わったの!?」
「そういう事だっ」
エリーゼが両手で剣を握り、ぐいっと力を込めてアリスを仰け反らせる。
「これで終わりだぁぁぁああッ!?」
勝負を決めに掛かったエリーゼがド派手にすっ転んだ。
「こっちが本命って訳よ」
うつ伏せに倒れたエリーゼの上に跨り剣を首にあてがいながらアリスが言う。
「さっき受け身を取った時に、ササっと魔法を仕込んだってわけ」
「くそ……。参った。参ったから退いてくれないか? 雪が凄く冷たいのだが……」
「ほら、わたし要らなかったじゃんか」
結末を見届けたマリーがつまらなそうに言い放っち、続けた。
「じゃあ、次はわたしとやろっか、久しぶりに」
「げぇ」
「たしかマリーさんはお母様と縁があったと、初めてお会いした時に話していましたよね?」
「そ。だから魔法は使えるってわけ。じゃ、始めましょう?」
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