シスコンと姉妹と異世界と。

花牧優駿

【第143話】北の幸⑤





 「ショーくん……」

 クラリスの呟きにアリスがハッとしたように顔を上げ、

 「クラリス、そもそも服はどうしてたの? そもそもなんでここに来てるのさ?」

 「質問がいっぱいっ。服はほらこっちに……」

 クラリスはベッドの脇からバッグを取り出した。特に畳むこともなく、無造作に着てきたであろうコート等が突っ込んであった。さすがにメイド服姿では来なかったようだった。

 「で、ここに来た理由だけど」

 「その前に服着たら? せっかくバッグ出したんだし……、いくら女の子同士とはいえ、おっぱい丸出しっていうのもねぇ」

 「あー、それもそうか。……って、あれ? ブラが無い?」

 「えっ、もしかしてショーくん持って行っちゃったかな……」

 「アリスがわたしの奪って投げるから……」

 「ごめん……つい発作的に動いちゃった」

 「そっか」

 クラリスの頭上に電球マークが点灯し、

 「ブラ持ってたから、扉に掴まったりっていう抵抗が出来なかったのかな」

 「単に掴まってるところにドア閉められて指挟むのを避けたかったんじゃないかな」

 指を挟むその痛みを想像してしまった二人は、ブルブル震えながらショーの消えたドアを見つめていた。



 所変わって。
 部屋の主(出来れば"仮"としたい。なぜならショーと二人がいいから)となっているエリーゼは、部屋の中をひたすら往復していた。健康指標に届くくらいの歩数で。

 「(何もやることが無いのが辛いな……)」

 口から漏れ出すその呟き。一応、テーブルの上にあったアンケート用紙には目を通してはあるが、今のところこれといって書けることもなかった。

 「(叶うなら、ショーと先の街にでも繰り出して、食べ歩きだったり買い物だったりを楽しみたいところなのだが……)」

 その為には馬車を出してもらう、或いは雪が積もる道を一時間ほど歩き続けることになる。前者はあくまで手段の候補というだけで、アリスの付き添いに過ぎない自分が頼めるようなことではないのだ、とエリーゼは考えてしまうタチだ。
 かといってそんな歩いてまで……とも思うわけで(部屋の中を歩き続けることで、脅威的な歩数を稼ぎ出していることを彼女は知らない)。

 「(いくら色恋沙汰に縁遠いわたしにも、アリスやサニーがアイツのことをえらく気に入っているのは流石に分かる)」

 エリーゼ本人としては縁遠いということになっているが、それは単に自覚が無いだけなのである。
 「好きです」と男子生徒(時々女子生徒からの時もあるが)から思いの丈を告白されても、「そうか。ありがとう」と笑顔で返してしまうのがエリーゼである。
 告白した側の人は「ありがとう」の一言で面食らってしまい、それ以降言葉を紡ぐことが出来なくなってしまうのだ。
 そんなこんなわけで、今の今まで誰とも交際に発展することもないままにエリーゼは十五歳、成人の時を再来月十二月十日に迎えようとしていた。

 「(だがアイツはまだ十二だ。成人まであと三年もあるのだぞ!? 男女の仲というのはまだ早いのではないのか!?)」

 特別処女性だったりを重んじたりしているわけではないのだが、男女共に"そういうこと"は結婚してから、というのがエリーゼの基本スタンスである。この考え方が鈍さに拍車をかけているのかもしれないのだが。

 「(はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああー……)」

 長く細い溜息が自然と漏れる。

 「(どうしたものか……。二人の恋路は応援したいが、そしたら二人は恋敵になってしまうっ!? 板挟みの極み! わたしはどうしたらァァァ……)」

 「お姉ひゃんはどうしたいのひゃ?」

 「うひゃぁぁぁぁぁぁぃ!?」

 頬を擦りながら現れたローズに、エリーゼはしっかり十センチ以上飛び上がった。




 再び所変わって。
 舞台ステージはショー&サニー組に移る。
 ここからは再び、わたくしショー・ヴァッハウがお送り致します。

 部屋に回収されてから二十分。サニーさんからマジでガチな説教を食らって、布団の中で傷心中であります。顔は出てますが。
 回収途中に気付いたのだが、俺は自らの手で(恐らく)クラリスさんのブラを掴んでいた。咄嗟に手を離せばよかったのだが、本能的なものなのかそれが出来ず、慌ててポケットにしまってしまった(これはバレたら説教が拷問になるキーアイテムとも言えるだろう)。

 というわけで、いつ返そうかと悩んでいる。
 というのも、現状サニーさんから無断外出禁止令がかれているのだ。
 『ショーくんは外に出るとすぐになんかしら女の子絡みの問題を起こすんだからじっとしてなさい!』とのこと。ToLOVEる体質認定が出たらしい。
 酷い言われようだが、実際問題手持ちの装備がブラなだけに否定する要素は皆無である。
 現時点において『ブラ返したいから外出ていいすか?』なんて聞いた日にはそれが命日に変わる。

 ちなみにサニーさんは窓際に座って読書にふけっている。
 女教師モノの小道具として使われそうな眼鏡をかけているのが印象的で、普段の快活な感じとのギャップが新鮮。毎日休み時間になると外遊びに明け暮れる小学生が急に読書に目覚めたらそれは驚くってもんでしょう。

 「(眼鏡かけたサニーさんもイイよなぁ……)」

 心の声が漏れ出ていたらしく、

 「えっ!? もう一回聞かせて?」

 「聞こえとるんかいっ」

 「はよはよ」

 「       」

 「もおっ、口パクじゃ聴こえないよ」

 サニーさんが本を閉じてこっちに来る。しおりも挟まずこっちに来る。ベッドに腰掛けたまま、上半身を倒して耳を俺の口元へ近付けてきた。ので、

 「ふぅっ」

 「んんっ」

 「がはっっ」

 耳に息を吹きかけるとサニーさんの力が抜け倒れてきた。そして頭部が喉元を捉え、文字通り息が詰まる。

 「ほら、なんて言ったの?」

 もう言わないってわけにはいかないようだ。それならすこしぶっ飛んだことを言ってしまった方が面白いか。 肩を抱きつつ、

 「今夜は……、寝かせないぜ」

 「なっ!?」

 サニーさんは鼻血を出して動かなくなった。
 その隙に俺は部屋を抜け出し、無事ブラを返すことに成功したのだった。





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