シスコンと姉妹と異世界と。
【第138話】北の幸
改めて、おさらいする。
先日、フィーナさんから九尾討伐に関しての報告を受けたあと、アリスさんからデートと言われ素直に頷いた俺。実際のところデートというていで、デュボワ家経営のホテルの視察に付き合わされることになったのだった。
俺は……
で、その話を聞いた姉さんやローズは有無を言わせずに付いて来る事になり、どこで話を聞きつけたかサニーさんも参加。結局普段のメンバーといった感じだ。
学園前駅から機関車(魔法による補助を受けた特急と言ったところ。空気抵抗とか摩擦とかその辺りが無くなるよう調整しているらしい。ちょっとした距離移動する時に使う馬車と同じ)で北へ。
よく分からないけど、五時間くらいで着いたと思う。土曜の朝出て昼間に着いたからそんなもんだろう。
電車を降りると呼気が真っ白に染まった。空気を取り込むと、肺から一気に身体が冷え込む。
「あーー、ざびーーー」
「ショー、心頭滅却すれば___」
と、今に至るわけだ。
でも、実際ここはどこの県にあたる地域なんだろう?
「アリスさん、ここって北海道なんですか? それとも青森くらいで止まってるんですかね?」
「海越えて北海道に入ってるよ。ショーくん朝ごはん食べてすぐ寝てたから気づかなかったか」
姉さんとローズ、サニーさんが朝ごはんを作ってくれてたので、今回は駅弁を買わずにそれを朝いただいた。アリスさんは車内で用意させるからいいのに、って呟いてた。列車は十両編成。前から三両目が今回貸切としてアリスさん御一行の俺たちに与えられていた。
この機関車は今日のような高速運行の他にも、寝台特急としても使われるらしい。その際にここは食堂車となる所をチョロっと弄って家のリビングみたいにしていた。ので、寛ぎすぎた。
「居心地良くてつい……」
「ふふ。気に入ってくれて何よりですぅ。……、ご馳走様でした」
「え? ……ちょ、どゆことっすか!?」
「秘密ー」
俺の身に何があったというのだ。
「こっからはどうするの?」
サニーさんが尋ねる。暖かさよりもお洒落を優先したような格好なのだが、微塵も寒くなさそうなのは何故だろう。懐の余裕、とか? お洒落は我慢、とは聞いたことあるような気もするけど……。
「ロータリーにタクシー待たせてるから、それでホテルに直行するの」
「???」
魔法の詠唱や最低限のモノ以外には、基本的にカタカナ言葉は使われないこの世界。アリスさんは俺と話す感覚でサニーさんに話したのだろうが、サニーさんは目が点になっていた。
「あ、ごめんごめん。駅出たところに迎えを用意してもらってるから、それで宿に直接向かうの」
「たまにアリスの言葉がわからなくなるよ……」
「ごめんごめん。うちのパパが色々なところから色々なものを取り寄せたりしてるから、そういうのを一緒に見たりするから、色々と慣れない言葉が出ちゃうのかも」
「して、アリス。私たちも宿に泊まらせてもらうわけだが、その……、それだけなのか?」
姉さんは何が心配なんだろう。何も無いと話がつまらないじゃないか、的な噺家みたいな類のことだろうか。
「それだけ、って?」
「お姉ちゃんは、何か裏があるんじゃないかって疑ってるみたいなんです。無料で泊まれる裏には何が……みたいな」
あぁ、なるほどね。激安物件に出会って内装も気に入ったけど、安い理由が気になって良からぬ方向に思考がいっちゃうやつね。なにか事件があったんじゃ……、みたいな。
「ないないそんなの。あ、でも強いて言うなら……」
アリスさんは腕を組みながら、
「アンケ、あ、んー……、意見書! 意見書は書いてもらうことになるかも」
「「「意見書?」」」
姉さん、ローズ、サニーさんの三人が訝しげに尋ねる。
「そ。まあ平たく言えば泊まった感想よね。ここが良かったー、ここがダメだったー、とかそんな感じ」
「でも俺たち、宿屋の仕事とかそういうのには完全に素人」
言い切る前にアリスさんが、
「プロのお客様はひとまず置いといて、普通に観光客相手のマーケティングみたいなものだからそれでいいのよ」
と、耳打ちしてくれた。
「まぁ、ローズちゃんは食事の味だったりは詳しく書けるでしょう?」
「うぅ……、はい……」
食べ物に強い、というイメージを持たれていることが若干ながらも乙女としてショックだったようだ。もう今更イメチェンはキツいだろうに。城一つぶっ飛ばすくらいの爆裂魔法でも学校に打ち込めばそっちの印象が強まると思うけど……。
それはもうテロリストの道に入ってるからな。ダメだ。仮にも俺らの親父は"黄金獅子"なんだから。
「サニーなら内装とか装飾品とかは分かるんじゃない?」
「ま、まぁ何となくなら……」
「わたしはどうしたらいい?」
「エリーゼは……」
溜めである。何があるのだろうか。
「わたしは……?」
「……、寝心地、とか?」
何も無かったようである。
「そうか!」
姉さんは嬉しそうに、引き受けた! という感じだが、そのへんは黙っておこう。ショーさんは大人ですたい。
「俺はどうしたら……」
「んー、旅館とホテルの違いを頭に入れて書いてくれれば」
「なるへそ……」
わからんっ!
「じゃあとりあえず行きましょ」
「「「「はーい」」」」
引率の先生と生徒たちみたいなノリだろうか。ロータリーに出ると一際目を引く馬車が一台あった。馬も綺麗に手入れが施されていて、今しがたシャンプーしてあげたかのような肌艶だ。
黒服を身にまとった初老くらいの見た目の男が、こちらに気付いたのか頭を下げていた。……、照り返しが眩しかった。
「お待ちしておりました、アリスお嬢様」
「そんな堅苦しくなくていいって。今日は特にみんなもいるんだしさ」
「かしこまりました。ご昼食はいかがいたしますか?」
「んー」アリスさんは考えている。……、ローズの方を見ながら。そして考えが固まり「食べてから向かいましょう」
それを聞いたローズの顔が目に見えてパアっと明るくなる。
「では、ほのように」
それに驚いたのかは分からないが、執事さんは噛んだ。
「じゃあとりあえず荷物は預けるから、一旦荷物を置いて戻ってきてもらえる? 小一時間くらいで済むと思うから」
結構キツイひと言のようにも思えるが、主従関係故なのだろうか。特にこれといった感情を顔に出すこともなく、執事さんは頭を下げるのみだ。
「あと、中身に手を付けたら殺すわよ?」
トドメだった。ドスが効きすぎてこっちが漏らしそうだ。
「なんてね。信頼してるから、よろしく頼むわね」
「はっ」
「はっ」
執事さんが返事をするのと、俺が思わず息を吐き出すのが同時だった。
「したら行こっか。向こうの建物の中に美味しいお店があるんだよ〜」
荷物を乗せた馬車が一旦ロータリーを離れる。それを見送ってアリスさんが言った。
先とはうってかわって声色も穏やかだし、普段の彼女に戻ったようだ。助かった。
「何があるかなっ!?」
「やはりここの地の物、海の幸といったところじゃないか?」
「お姉ちゃんもそう思う!?」
「ショーくんはどう思う?」
姉妹のやりとりに続いて、サニーさんが俺に尋ねる。
「まぁ、踊り食いとかありそうな気はしますよね……」
「踊りながら、食べるの?」
「踊るのは食材の方ですけどね。生きたまま頂く、ってことです」
「うぇぇ!? 水鳥の真似するの……?」
例えがなんとも言えない。ペリカン的な感じで言ってるのだろうか。だとしたらアウト寄りだろう。
「さ、着いたよー」
思考を遮るようにアリスさんの声が響く。そこにあったのは、イカの泳ぐ巨大な生け簀だった。
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