異世界☆勇者塾

AW

閑話_告白

 今日は、私(聖女レイ)にとって、人生最大の勝負の日。
 今日こそ、絶対に今日こそ、落としてやるんだから!

 あ、あの漢字テストじゃないよ?

 春休み開け早々、あんな訳の分かんない抜き打ちテストをさせられるなんて、もう最悪!


『問題1 次の漢字の読み方を書きなさい。

(1) 戦ぐ=(    )ぐ
(2) 論う=(    )う
(3) 集く=(    )く
(4) 泥む=(    )む
(5) 希う=(    )う
(6) 準える=(  )える
(7) 努々=(     )
  ・
  ・
  ・   得点→ 0点』


「はぁ……」

 空欄が並び、最後に0点と書かれた答案を見つめながら深い溜息を漏らす。

 あの担任――バーコードジジイ、「たくさん読書していれば、学校で習っていなくても分かるだろ」って言いながら無茶苦茶な問題を出してきた。
 時代はQRだっての。このテストのせいで、今日の作戦が失敗したら呪ってやるんだから!



 大きく振りかぶって、


 ――投げる!


 ポン、ポスン。


 丸められた紙は、壁に2度当たる抵抗も虚しく、ゴミ箱に嫌々収まる。

「よっし!」

「よし、じゃねぇよ!」

 無観客球場と化していたはずの放課後の教室に、痛烈なヤジが木霊する。

 この嫌味な男子は剣王ハヤトこと、中島勇人。野球部の3年生で、私が2年間ずっと好きな人。今日の放課後、ちょっとした買い物に付き合ってもらう約束をしてあるの。私的にはデートってやつ? えへへっ。


「でもさぁ、何で俺が加藤なんかの買い物に付き合わなきゃいけないんだ?」

 唇を尖らせて嫌味を続ける中島だけど、一度も目を合わせてくれない。多分、照れてるんだと思う。そりゃ、クラス一、ううん、学校一の美少女と囁かれる私に誘われたんだもん、内心は踊りだすくらい嬉しいはずなのに。

「部活ないんだし、どうせ暇でしょ」

「お前ほどじゃないけどな!」

 軽そうなスクール鞄を肩に担ぎ、廊下を歩きだす彼に、私は慌てて付いて行く。



   ☆★☆



 はぁ、タンポポって良いよね。

 確か、花言葉は「愛の神託」。深い意味は分かんないけど、根っこは1m近くあるんだって聞いたことがある。じっと我慢して、ひたすら我慢して、アスファルトを突き破って日を浴びるその雄姿。太陽のように咲いた花、天使の羽のような綿毛――今日のこの日、この私に最も相応しい。なんちゃって。

「置いて行くぞ」

 通学路の道端でぽつんと咲くタンポポ。見惚れて立ち止まる私の耳に、彼の無粋な声が響く。

「待ってよ!」

 行先が決まっているとはいえ、これじゃ逆じゃん。

 猛ダッシュで、5mほど開いていた差を一気に縮め、逆に1m先を堂々と歩く。
 今日だけでも、主導権は私が握るんだ。よっし、頑張るぞ。



「あっ」

 目に映るのは風景の中に溶け込んだ1つの違和感。思わず言葉が漏れ、自然とそこに足が向く。

 路上に不自然に置かれた空き缶を拾い、近くにあったゴミ箱に収める。

「へぇ、お前って結構偉いじゃん。さすが聖女様」

 投げかけられた誉め言葉に思わず振り返ると、両手を頭の後ろで偉そうに組んだ中島が、にやけ顔になっていた。

「え? 偉い? 普通でしょ」

 道にゴミが落ちてたら拾って捨てる――まぁ、これって普通のことだよね。普通のことだけど、褒められると嬉しい。
 自分のことを単純な人間だとは思っていないけど、何故か足が勝手にスキップをしてしまう。私ってやっぱり単純なのかもしれない。



 そうこうするうちに目的の店に辿り着いた。

 と言っても、おしゃれなカフェでも服屋さんでもない。ただの百円均一のチェーン店だ。
 文房具から食材まで、加藤家御用達のお店だ。まさに庶民の味方と言える。

「おもっ!」

 店の前で横倒しになっている自転車を立たせようとするけど、後ろに付いている大きな籠のせいで持ち上がらない。

「よっと」

 私の後ろから颯爽と現れて、片手で軽々と直す彼。やっぱりスポーツ男子。細身に見えるけど、力は結構強いんだ。

「ありがと」

「感謝の言葉なら、この糞重いママチャリの持ち主に言われたいね。でもまぁ、加藤の善意に免じて、許す!」

 ちょっと照れながら頬を掻くのが可愛い。


 結局、肝心要の買い物は、僅か5分で済んでしまった。

 買ったのは、パン1個とミルク1本だけ。もっと買いたかったけど、学校帰りなので軍資金が足りないんだ。鞄のポケットに忍ばせていた小銭4枚――枚数はそのままで、思いっきり軽量化された。
 うん、分かるよね、貴重な220円のヘソクリ様が、たった4円になっちゃったんだってば。でもこれは必要経費って奴だ。後でお母さんに請求しよう。

「ここまで来て、買うのそんだけ? ま、いっか。じゃ、帰るぞ」

「え? あ、うん――」

 これだけのために付き合ってもらったんじゃないもん。

 勝負はこれから。うん、これからだ!



「あ……」
「あ……」

 ほぼ同時に言葉が漏れる。

 でも、私の方が圧倒的に反応が早かった。悩むことなく、倒れたそれに走り寄る。


「だ、大丈夫ですか!?」

「あ、お嬢さんありがとう」

「立てますか? 救急車呼びましょうか?」

「うんにゃ、平気じゃよ」

 無事に起き上がったお爺さん――彼が足を引き摺りながら細い路地裏に消え去る頃、中島がやっと現場に到着した。


「生きてた!?」

「うん、大丈夫みたい」

「そっか……でも、完全に死体だと思って焦ったぞ。下校中に死体遺棄事件に遭遇とか、まじ卍だぜ」

 そりゃ、道を歩いていたら50m先に人がうつ伏せに倒れている――この状況に遭遇したら、誰だって焦るよね? それも、両手両足を昆虫みたいに広げた格好で。
 普段は堂々としている中島でも相当焦ったみたいで、前髪が汗でおでこにくっ付いていた。


 ひと騒動終わってからも、さっきの衝撃的な出来事が私たちの話題から消え去ることはなかった。

 そんな時、商店街の片隅で、風船を持って泣いている女の子の姿が目に映る――。


「どうしたの?」

「うぅぅ……ママが……なーちゃんのママが、居なくなっちゃったの……」

 俯きかげんにぼそりぼそりと呟く女の子。手に持つ糸の先、春のそよ風に揺られる風船には、某消費者金融のロゴが入っていた。

「そっか。お姉ちゃんが一緒に捜してあげるね」

 両膝を地面につけ、女の子の目線で観察する。

 歳は4歳くらい。2つ結びの可愛い子だ。どうやら商店街の人混みで迷子になってしまったらしい。

「迷子か」

 ちょっと離れて立つ中島も、心配そうな表情で女の子を見ている。



「すみませーん、この子のママはいますか?」

「迷子ですー、この子のお母さんを捜しています!」



 ――10分後。

 隣のパチンコ店から1人のおばさんが走り寄ってきた。

「菜葉ちゃん! どこに行ってたのよ!!」

「ママー!」


 一件落着、だった。

 二人して大声を出して歩き回った結果、何とか母親を見つけることができた。過剰に感謝された挙句、やっとこさ私たちは解放された。


「ふぅ、無事に見つかって良かったね」

「だな。それにしても……まぁ、いいや。よその家庭に首は突っ込まない」

 うん、私もツッコまない方が良いと思う。



 商店街の喧騒を離れ、川沿いを歩く。
 この道は山奥のダムから浜辺を繋ぐサイクリングコースだ。時々ランニングしているオジサンとすれ違うくらいで、あまり交通量は多くない。まさに、絶好のシュチじゃなくて、シチュエーションだ。

 春の風が汗ばんだ身体を優しく撫でていく。
 時々桜の花びらが混じって、桃色の雰囲気を演出してくれる。

 でも、2人の間に会話が続かない。

 なぜ?

 それは、中島が石を拾って川面に投げることに熱中しているから。
 何回跳ねただの、どうでもいいし。もう、本当に野球バカ。


 この先にある陸橋の下を潜ると分かれ道がある。
 私の家は左、彼は右だ。

 もう、時間がない――。



「あれ何?」

「どれ?」

 鉄橋の下に不自然に置かれた段ボール箱、私が指差すのはそれだ。

 彼の両目がぐっと細まり、2人の視線は同じ物を見つめる。


「捨て犬……だよね」

「そうだな。今時珍しいな」

 よれよれの段ボール箱からちょこんと顔を出した子犬。盛んに私に甘えた目を向けてくる。

 私たちは、迷わず段ボール箱に向かって走り寄った。


「可愛いよね!」

「まぁ、可愛いな」

 子犬を抱き上げ、頭を撫でてあげる。くぅん、くぅんと甘える鳴き声。

「お腹が空いてるのかな……あ、そうだ!」

 鞄からさっき買ったばかりのパンを取り出し、食べやすいように小さく切る。段ボール箱の中にあった紙のお皿にミルクを注ぎ、パンを浸していく。

 子犬は躊躇うことなく食べ始めた。

「お腹空いてたんだねー。ごめんねー」

 必死に空腹を満たそうとする子犬を見つめていた彼が、ぽつりとつぶやく。

「この犬、ペットショップで買ったら高そうだな」

「そうだね。トイプードルだから15万円くらいは、するかな?」

「たっか! って、お前、盗んでいくつもり!?」

 子犬を抱きかかえたまま自然に歩きだした私に、後ろから非難の声が飛ぶ。

「盗むんじゃないよ! うちで飼うの。放置じゃ可哀想じゃん!」

 私は当然のように叫んでいた。

「は? 親は大丈夫なのか?」

「うん、多分大丈夫だと思う」

「そっか……」

 私は知っている。中島の家はマンションで、ペットが飼えないということを。でも、彼が犬も猫も大好きだということも。



 夕日が次第に川面を赤く染め上げ始める頃まで、私たちは川岸に座って子犬と遊んでいた。

 いざ帰ろうと立ち上がり、子犬を抱えようとした瞬間、私の腕からすり抜けて――。

 バシャン!!

「あっ!!」
「おいっ!!」

 子犬は斜面を転がり、川に落ちてしまった――。

「チョコちゃん!! どうしよう!?」

「チョコ?」

「あ、勝手に名前つけちゃった。茶色いから。そんなことより、どうしよう!!」

「任せろ」



 ずぶ濡れになった中島が岸辺に上がってくる。その手にはしっかりとチョコが抱かれていた。

 暖かくなったとは言っても、4月の水温はかなり冷たいはず。


「中島、大丈夫?」

 手持ちのハンカチを渡しながら駆け寄る。でも、彼は私の好意を跳ね除け、震えながらつぶやいた。

「だ、だいじょばないよ。めっちゃ寒い。ごめん、俺、ダッシュで帰るわ」

「ごめんね、ありがとう!!」

 水を跳ね飛ばしながら不格好に走り去る彼の背中に向かって、大声で叫ぶ。

 私も、ずぶ濡れになったチョコを抱いて自宅に向かった。



   ★☆★



「ただいま――」

 パーン!
 パーン、パーン、パーン!!

 玄関ドアを開けた瞬間、クラッカーが数発鳴った。色とりどりの紙糸が、クロスしながら豪快に舞う。


「レイちゃん、どうだった!?」

 真っ先に声を掛けてきたのは私のお母さんだ。

「とりあえず、タオルちょうだい」



 リビングには、重鎮を含む加藤家親戚一同7名、いや、チョコも含めると計8名が集結している。

「単刀直入に言うと、失敗だった――と思う」

「えー!?」
「なんでじゃ!!」
「ありえなーい!!」
「どうしてなの!?」

 轟々と飛び交う批判に、私はただ俯いて下唇を噛み、言い訳じみた言葉を紡ぐ。

「チョコが川に落ちなければ、もしかしたらチャンスはあった」

 全員の視線が向かったチョコは、バツが悪そうに犬小屋の中に逃亡を企てる。しかし、途中で私の両脚に挟まれ、断念した様子で許しを請うように甘えた声を出す。

「ママの作戦は完璧だったはずなのに――」

 この一連のトラップだけど、お母さんがお父さんをゲットした時の作戦のリメイク版で、絶対の自信があったらしい。

 そう、私も完璧だと思ったんだよ。



 作戦名:好きな人から告白させよう作戦

 そのポイントは、いかに私が優しく気遣いができる、素晴らしき聖女であるかを猛烈にアピールする、その一点にあった。

 1.路上に落ちているゴミを拾って捨てる(お母さんが夕方わざと置いておいた空き缶)。

 2.倒れている自転車を直す(これもお母さんの自転車で、わざと倒して止めてあった)。

 3.道端に転がるお爺さんを救出する(わざわざこのためだけに、祖父に老人ホームから来てもらったんだけど、爺さん曰く、渾身の演技だったそうだ)。

 4.迷子の少女を助ける(姪っ子のなーちゃんが自分から進んで手伝ってくれたと思ったら、後でバイト代をせがまれた)。

 5.極めつけは、捨て犬を可愛がって自宅に連れ帰る(勿論、チョコは半年前からうちで飼っている子犬で、夕方お母さんが鉄橋の下にセットしてきた)。

 計画上、私の良い人アピール度は完璧で、どんな男子でも確実に、それも今日中に告白してくるはず――だった。


「でも、まだ失敗と決まったわけじゃないわよね? 電話、かけてみたら?」

 今でも失敗を信じられないとばかりに、私のスマホを勝手に弄りだすお母さん。
 そして、いとも簡単に中島の携帯に電話が繋がる。勿論、通話はオンフック状態でダダ洩れだ。

 頭が真っ白なまま、それをお母さんから奪い取り、公開裁判の場に立たされた――。


「もしもし?」

「あ、中島? 私、加藤だけど……さっきは……ありがとう。風邪、ひいてない?」

 恥ずかしさとバツの悪さから、猛烈にテンションが低い私の声。

「ま、余裕だな! それより、さっきの子犬は元気か?」

 対する中島のテンションはすこぶる高い。
 どうしてだろう。

「うん、チョコは元気だよ。今、私の脚を舐めてる」

「きったな!」

「汚くない! それより、今日……どうだった?」

 不安一杯に切り出す。
 意外と優しいのな!って言ってくれれば成功の見込みはあるんだけど――。

「どうって?」

「感想!」

「何の?」

「何でも!」

「あぁ、確かにいろいろあったな……お前って――」

「私って?」



 ちょっと空いた間に、緊張が走る。



「呪われてんのか? めちゃくちゃ不幸が迫ってきたじゃん」

「……」

 あぁ、そっちに行っちゃうか。いっちゃうよね、あれだけ問題が続けば。

 まぁ、まだこれからもチャンスはあるし、頑張る。


 何を頑張るかって?

 自分からは告白しない、相手に告白させる作戦。

 頑張るもん!




 終。

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