異世界☆勇者塾

AW

8.初クエスト

 完徹明けというのは激眠い。

 でも、せっかく頭がラリっているので、あちこちで集めた地理的情報でも整理してみるか。


 ここヘルゼの第3外壁を出ると、東西に向かう街道がある。

 この街道を馬車で西に5日ほど行くと王都パスティに達する。そこが街道の西端らしい。
 カルーアやヘルゼが属するパンナ王国は、ここソフィーリア大陸随一の小国だ。王都人口は約4万人で、国内の大小全ての町をひっくるめても、人口は8万人にも満たない。
 大陸南部の半島部分に位置するこの国は、日本で例えると房総半島南端あたりの長閑のどかな田舎町のイメージだ。温暖な気候を利用して農業に力を入れており、恵まれた海産資源が主な輸出品となっている。
 因みに、某戦国シミュレーションゲームだと、北条氏があっという間に押し寄せてきて気付いたら無くなっている国……。
 この世界でも軍事面はカス。大国の利害を巧みに利用した外交と、北部にある山脈のお陰で、なぜか存続出来ているらしい。と言うより、占領支配する価値が無いと思われているのでは……。

 反対に、この街道を東に進めば、10日ほどで国境の町マフに、さらに北東に行けばゴリアス王国という国を通って海に至る。
 ゴリアス王国というのは、千葉県の東部一帯から茨城県、福島県に至る農業大国で、抱える人口は50万人を超える。ゴリアス王国の王都は日本の成田国際空港付近にあるらしい。ここ10年以上にわたってパンナ王国とは友好関係にあり、国境の往来はほぼ自由に出来る。ただし、裕福な国だからか、国土が広大だからか、治安は良くない。東に行けば行くほど盗賊が多く出るらしい。そんな感じで、奴隷制度に立脚した王国でもある。

 ヘルゼの南東1kmの所には迷宮ダンジョンがある。
 このヘルゼはその迷宮を攻略する為に造られた砦が由来だそうな。
 迷宮は大陸各地にそれこそ100近く存在するはずなのに、なぜかここヘルゼ迷宮に魔王出現の噂がある。魔王の別荘でもあるのか、それとも魔王なんて両手両足で数え切れないほど存在するのか。その辺は誰も教えてくれない。

 また、ヘルゼ北方、クレイ山脈の向こう側には、千葉県西部から東京都、埼玉県、神奈川県を含めたギリアス帝国があるそうだ。
 都市文明が栄えたこの帝国は、西方への進出を目論んでいるらしい。あれだね、北条vs徳川・織田みたいな構図? 武田や上杉、伊達っぽい国があるのかまでは、俺の地図には載っていない。

 スケールは違うけど、このソフィーリア大陸というのは日本の東北・関東・中部・近畿地方あたりのイメージだと思って良い。

 それで、なぜこの俺が、こんな田舎の小国に留まろうとしているのかと言うと、リアルの姓“千葉”の拘りというか愛着というか……。



 俺はそんなことを考えながら“光の腕輪”や“マジックリング”の検証をしている。

 “光の腕輪”のようなユニークアイテムの良いところは熟練度がないことと、魔才能90以上の者でないと扱えないこと。
 なので、カルーアの酒場に置きっぱなしの“対の扉”は、誰も触ることすら出来ない。要するに、盗難の恐れは極端に低い。一応、店主には管理をお願いしてあるけど、しばらくは放置する予定だ。
 この腕輪の効果だけど、案の定、消費魔力が大きかった。
 生徒たちにも使わせて検証しないと分からないが、連続使用時間は30分程度だと考えられる。犯罪に使うとしたら微妙な感じだ。使わないけど。

 土魔法/下級は、なかなか便利だった。
 イメージ次第で扱う土の量や硬さを変えられるので、野球の硬式球にしたり、犬の糞のような粘性を持たせたりも出来る。唯一の欠点は、水に溶けてしまうこと。壁を造っても長持ちしないな。一応、歩きながら熟練度を上げておく。

 肉体強化/下級も意外と面白い。
 “○○を少し上昇させる”の“少し”というのは、ステータスの1割だと分かった。数値が40ある人は44になるということ。1の差がどれくらいになるか分からないけど、使うときが来るかもしれない。

 鍛冶魔法/下級も楽しめた。
 その辺の木の枝を使うと、イメージ次第で矢に出来る。木の棒なら槍が作れた。鉄の棒は無理だった。当然、俺が破壊不能素材で作成した護身用の武器も加工不可だった。でも、布や皮革素材は手袋や帽子、脛当てなどに加工可能だった。下級だと非金属のみなのかもしれない。

 運搬魔法/下級についても改めて検証。
 結論……“自分の体重より”軽い物を動かせるらしい。因みに、最も重いマリーさん(失礼)も、片手で軽々と持ち上げることが出来た。本人は嫌がっていたけど、疲れて動けなくなった人がいたらこれで運べるね。


 それと、魔法がある程度使えるリリィとフマユーンにもマジックリングを使わせている。

 とりあえず熟練上げは屋敷でやらせるとして、リリィには食物超吸収と生活浄化魔法/下級を渡した。一応はお嬢様だから、トイレや汗などを気にするかと思って。
 フマユーンには食物超吸収と状態異常耐性を渡した。そもそも妖精が排便するかという疑問があるけど、フーがトイレに行く姿を見たことが無いからよく分からないし、聞くことでもないしということで渡しておいた。それに、今日のクエストで活躍してもらうから。

 さらに、マリーさんとフリーダさんには、魔道具製作で造った危険察知の石を首に掛けさせている。魔才能の低いマリーさんが心配だったけど、滅多に危険がある訳でもないので大丈夫だろう。その辺の石ころなのに、宝石のようにぶら下げているところが気の毒だった。造った張本人の俺が笑うわけにはいくまい。



 街道から外れて南に進むこと30分、目的の林に到着した。

 初クエストは、指定された毒草と薬草をそれぞれ20kg採ること。

「フー、お願い」
『任せて!』

 さすがは森の種族だ。
 指定された毒草や薬草を次々に見分け、それをギルド指定の麻袋に詰めていく。
 この麻袋、実は結構大きい。市指定の一番大きなゴミ袋より一回り大きく、これ一杯に詰め込むと20kgくらいになるそうだ。
 念の為、毒草は状態異常耐性のリングを嵌めているフーにしか触らせていない。フーが指摘した薬草は、マリーさんたちが集めていく。

 俺は何をしているかというと、昼寝だ。
 最初の30分くらいは手伝ったんだけど、現代日本人の弱さを実感したよ……急勾配を往復していたら脚腰が疲れてしまった。結局、麻袋を持って回収する係に任命され、あっちこっち動く必要もないと言われ、座って待機しているうちに睡魔に襲われたんだ。

 それでも元気娘4人の活躍で2時間とかからずに終了し、昼過ぎにはギルドのカウンターに戻ることが出来た。


 ギルドカードと2つの麻袋を提出して待つ。

 何度か担当職員にギロっと睨まれた。

 後でそれとなく聞くと、サボり判定ギリギリだったらしい。パーティでクエストを受理した場合には、各人のクエスト貢献度なるものが考慮されるらしい。平均ノルマの1/4以上の貢献度を満たさない場合、サボり判定を受け、クエスト参加が認められなくなるとのことだ。
 例えば、5人で依頼を受けた場合、100%を5等分して1人が20%のノルマとなる。その1/4は5%になる。俺の今回の貢献度は7%だったらしい。つまり、可愛い女の子たちに働かせて自分はサボっていたので睨まれたようだ……。その点、異論はない。


『お待たせしました! パーティ“ハルキノヨメ”の方々、査定が済みましたのでお越しください!! 』

 微妙にアクセントがズレていたから分かりにくかったけど、このパーティ名はふざけている。変更手数料が掛かるらしくて放置しているけど、そのうち改名しないと禿げそうだ。

 初クエストは、F12毒草除去、F13薬草採取ともに銅貨1枚ずつだった。

 未だに貨幣価値が掴めない。
 金貨1枚50万円の質屋価格を基準に考えれば、銅貨1枚は5千円だ。こちらの世界の価値観、つまり金貨1枚=安い家が買える=500万円だと考えると、銅貨1枚は5万円に相当する。因みに、銅貨1枚はガチャ1回分の値段でも、ラーメン1食分の値段でもある。まぁ、いいや……。


 ギルド食堂で安い食事を済ませると、もう1つのクエスト“E5食堂の店員補助”の時間、午後2時が迫ってきた。

 このEランククエストは、ちょっと面白い。
 まず、場所はここ、まさにギルド食堂だ。そして、拘束時間は1人なら10時間だけど、5人なら1人当たり2時間で済む。ギルドに顔を売るついでにクエストにカウントしてもらえるお勧め案件だ。


 午後2時、とうとう時間になった。

 俺は計算が得意ということで、レジを任されている。
 貨幣が10進法だし、消費税もないし……小学校高学年なら余裕で暗算出来る仕事だ。
 8人で銀貨2枚の食事を済ませたメンバーが割り勘で支払おうとしたとき、さっと「1人分は、銅貨2枚と鉄貨5枚です」と言ったら驚かれてしまった……。
 こういう割り切れない場合、小さい単位に合わせてから計算すれば簡単だ。銀貨2枚=銅貨20枚=鉄貨200枚だから、200÷8=25だ。鉄貨25枚は銅貨2枚と鉄貨5枚で支払うのが普通だろう。

 女性陣は可愛らしい服を着せられて給仕係だ。

 魅惑力が全員75超えということで、普段以上の客が入っている。冒険者以外の一般市民にも開放されているからか、口コミでどんどん客が増えてくる。
 まだ昼下がりという時間なので酔っ払いは少ないが、時々絡まれそうな姿を見ると、正直気分が悪い。
 特に、ちびっ子枠のリリィとフーが狙われている。俺はこの2人の保護者役だから、何度かギルド職員に注意を促しているんだけど……冒険者相手だと強く言えないらしい。

 我慢の限界が来たとき、酔っ払い冒険者の急所を蹴り上げてしまった。勿論、“光の腕輪”を使ったのでバレない自信はあったけど……ギルド職員の人がニヤニヤ見てきた瞬間は、ついつい視線を泳がせてしまった。


 無事、規定の2時間が過ぎて解放された。

 こちらの報酬は色を付けてもらい、1人あたり銅貨1枚貰えた。その中に酔っ払い撃退費と慰謝料が含まれている気がする。



 ★☆★



 屋敷に戻って水浴びをし、夕食を並べ終わった食卓に全員が着いた。

「今日はお疲れ様!」
『たくさん働きましたね!』
『うん、楽しかった』
『明日も食堂クエスト受けようよ!』
『私は反対だよ、あなたたち絡まれてたじゃない』

 発言は、マリーさん、フー、リリィ、フリーダの順だ。
 マリーさんはよく喋る元気娘だ。俺が話しかけるとすぐ返してくれる。反対に、フマユーンは共通語というか、人間語は口ベタで、感情が入ったときくらいしか長文にならない。リリィは無駄に声が大きい。日本人みたいに薄壁のアパート暮らしは出来なさそうだ。フリーダさんは、結構みんなを心配してくれる。今日も、酔っ払いの相手に慣れているのか、上手にちびっ子枠を救助していた。

「俺的にも反対かな。あまり目立ち過ぎるとトラブルの原因になるからね。でも、EクエだからFクエ3回分なんだよな。安全だし、2時間で終わるし……よし、3日に1回くらいにしようか」
『はい、それなら大丈夫ですかね』
『今度は私が会計をやってみたいわ!』
『フーは厨房がいい』
『私はあまり絡まれないから……給仕で良いかな』

 今度は、フリーダさん、リリィ、フー、マリーさんの順。
 面倒見が良いフリーダさん、天真爛漫なリリィ、ちょっと対人恐怖症気味のフマユーン、自分のルックスに自信が持てない田舎娘のマリー……何となく、この子たちの性格が分かってきた気がする。

「えっと、報酬は俺が全て預かっているんだけど……ちゃんと分配するからね。まず、クエスト報酬は何があっても均等だ。サボり判定の場合は無しだけど。それと、今朝あげた銀貨5枚以外に、住み込み家事代として10日で銀貨1枚のお小遣いを出すよ。自分の服とか小物も自由に買ってくださいな」

 サボり判定ギリギリの俺が偉そうに言っているけど、所詮は偽造貨幣だったりして……。いつか本物を稼いで堂々と使いたいぞ。

『それはちょっと多過ぎでは?』
『多くないでしょ、少ないくらいよ!』
『フーはお金いらない。ハルキがいればいい』
『うん、私もいらないかな』

 これは、マリーさん、リリィ、フー、フリーダさんの順。
 物々交換な田舎娘的には銀貨は滅多に触れないらしい。逆にリリィなんかは金貨と銀貨しか持ち歩かないんだと。尻叩きが必要だ。フーは……物質文明に反対する森の仙人なのか、守ってもらえるだけで満足なのか分からん。フリーダさんはお年頃だからオシャレすれば良いのにな。この子は単に遠慮しているように思う。

「使わなければ貯めておきなよ。ギルド預金というのがあるみたいだし」

 そう、ギルド預金はとても便利なんだ。
 報酬を受け取らずに貯めることも出来るし、盗難される恐れもない。それどころか、年率2%の利子が付く。さすがに偽造金貨を預けて利子を稼ごうなんて思ってないよ。

 リリィ以外は俺の分配案を受け入れる気配がない。
 フラグって言われそうだけど、落とす方法はある。

「使わない分は貯めておいて結婚資金にでも……」
『『はい!! 』』

 異世界チートハーレムってあるんだね。
 さぁ、そろそろ子作りタイムかな!なんて発言したら、本当にハーレム化しそうな雰囲気だ。リアルでモテない男が異世界で魅惑力偏差値91とか、神っちゃうし。これに慣れると現実世界に戻れなくなっちゃうよ……。



 また、日が暮れる直前に大工さんが現れた。
 日中は忙しいのか、夕食のお裾分けを狙っているのか不明だ。

 でも、仕事が早い!!

 5人くらいで押し掛けてきて、お風呂場とトイレの改築・増築・設置をあっという間に終わらせてくれた。

 2階の会議室には、4x3mと2x1mの石造りの浴槽が設置され、7x7mの大浴場と3x3mの浴室に生まれ変わった。一応、更衣室も含めて間には壁を作り、扉も分けてあるので乙女のプライバシー保護も完璧だ。因みに、壁には覗き穴を開けていない。更衣室の外には共有スペースを設け、洗面台を5つ配置してある。これなら奪い合いは起きないはず。

 トイレは、俺の大部屋と、5つの小部屋、それに1階に1つ……合計7つ設置した。便座が持ち上がるタイプではないけど、形状は日本で使われる洋式トイレそのもので、素材は湯船と同じ石材だ。多分、これは魔法技術で造られている気がする。土魔法で粘土のように変形し、石化したのだろう。俺が図示した形状をしっかりと再現してくれている。雑貨屋さんの部屋にあった便器より2ランクはクオリティが上だ。

 御代は金貨4枚になった。
 高いのか安いのか、まぁ、安くはないでしょ。
 でも、実質タダみたいなものだから、笑顔で支払えた。



 さて、仕事をするか!

 魔法練習組のリリィとフーは熟練度上げの合間に、マリーさんとフリーダさんは家事の合間に、俺の作業を興味深そうに観察している。


 まずはトイレだ。

 L字型とI字型の細い金属棒を用意してある。2本をILのように組み合わせ、Lの方には“触れると30度の水が出る”、Iの方には“触れると上下に動く”と書き込んである。細かいところはイメージをしっかり補うことで、温水洗浄便座を完成させた。

 普段は便座の背もたれ部分の下部に内蔵しておく。I字の棒に触れることで上方向に起き上がってきて、手を離すと止まる。因みに、適切な角度を通り過ぎた場合、一度手を離してから再度触れると、今度は下方向に動く仕組みだ。長さ的にも身体にぶつからないよう調整してある。角度を合わせた後は、L字の方に触れる。触れた時だけ、温水が黄門様を攻め続ける。用が済んだら手を離すだけだ。

 面倒だったのは排水。全てのトイレに配水管を設置し、それを壁伝いに集約して地下の下水管に集めるようにしてもらってある。問題は、全員が同時にトイレを使用したとき、下水管が詰まってしまうこと。日本のように十分な水量が保てないので、直径10cm程度の下水管ではバナナ5本は通り抜けられない。まぁ、そんなミラクルは起きる訳がないので大丈夫だと思うが……。

 説明した後、一人ずつ使ってもらった。
 予想通り、トイレから悲鳴が上がり続けたあと、皆が笑顔で出てきた。これが日本の技術力だっ!と吼えたい。


 次はお風呂。

 これにはかなり苦労した……。
 大きい浴槽には4x3x0.5=6㎥、小さい方には2x1x0.5=1㎥の水が必要だ。1㎥は1000L、つまり牛乳パック1000本分にもなる。試しに“触れると40度の水が1000L出る”と書き込んでみたら、途中で止まってしまった。これは、水魔法/下級で作られる半径5cmの水球1発分の体積が0.5Lにしかならず、魔力限界の15発分でも8L足らずの水しか出せないことが原因のようだ。因みに、魔道具の場合に頭痛や吐き気が発生しないのは、効果が最初から限定的だからだと思われる。

 小さい浴槽でも125回分の放水が必要……。
 しかし、この問題、実はあっさりと解決した。
 量を生み出せないのなら、最初から割り切って自然の水を使えば良い。バケツリレーにより井戸水で浴槽を満たす。そしてそれを温める方法に変えると、意外なくらい容易にクリア出来た。

 念の為、“水を綺麗にする”と書き込んだプレートを浴槽に嵌め込むと、水質も改善されたようだ。この効果が生活洗浄魔法なのか、状態異常耐性なのか分からないけど、大量の水でもきっちり効果が発揮された。毎回水を換えず、洗浄を繰り返して使用することにした。

 一難去ってまた一難、すぐに次の課題が浮上する。
 水同様、組み込むべき火魔法も下級なのだ。ガスバーナー1本でこの量の水を沸かすのは無理だろうと思われた。
 しかし、これは全くの杞憂だった。水球と火球は全くの別物だったからである。体積ではなく熱量の問題と言い換える方が分かりやすいかもしれない。イメージ的には、15本のガスバーナーで効率良く温める感じだ。ただ、“水を40度に熱する”というように目的語の“水を”を明確にしないと、浴槽本体が殺人的に熱くなってしまうのだ。結局、魔法的に効率良く熱伝導が行われ、余裕で大量のお湯が作られた。
 同様に、小さい方の浴槽もバケツリレー&洗浄&加熱方法でクリアとなった。


 そしてシャワーだ。

 大浴場に3つ、浴室に1つの合計4つを作る。
 聞こえは悪いが、基本はトイレの温水洗浄と同じ仕組みだ……L字型の棒の先に金属製のコップを付け、コップに大量の穴を開けた金属板を取り付ける。棒の方に“触れると先端から40度の水が出る”と書き込むだけだった。予想通り、8L弱しかお湯が出ないが、止まったらもう一度手を離してから使えば良い。


 最後に調理器具を作った。

 と言っても、フライパンや鍋に“触れると底部分を1000度に熱する”という感じで書き込んだだけだ。
 火の温度を調べると、ガスコンロは1700~1900度と書かれてあった。因みに、融点が1500度くらいの鉄製品は融けちゃうのではないかと思って調べてみると、火の温度が1900度でも、加熱された金属本体は1000度くらいにしかならないらしい。表面温度と内部温度は異なるということだ。
 一応、魔法的な加熱の場合、フライパンが融けたら怖いので熱を1000度まで下げた。恐らく、火魔法の温度は2000度を超えるだろうから、1000度は問題ないようだ。

 因みに、“底部分”と書かないと、手に持つところまで熱が回って恐ろしいことになる。底部分に限定すれば、グリップに耐熱素材を巻けば問題なく使えた。
 これで、かまどや木炭などを使わずに調理が出来るようになり、かなり楽になったと大好評だった。


 魔道具を製作してみて思ったのは、魔道具については使う側より作る側が重要だということだ。

 書き込まれる効果のベースは、作成者の魔法級と熟練度、魔才能にあるようだ。そういう意味では下級レベルの魔法を組み込んだ魔道具とはいえ、熟練度MAX&魔才能99が遺憾なく発揮され、高効率な物が出来たと自負している。これで商売を始めると目立ち過ぎるので自重する。
 また、使う側の消費魔力が心配だったが、全く気にするほどではないということが分かった。奴隷の首輪やギルドカードなどの魔道具と同様、気にならない程度の消費量だった。

 その後、新装されたお風呂で開催された女子会は、別の物語である。



 ★☆★



【5月23日 / 3月8日(水) 21:35】

 今日もあまり眠れなかった。
 朝起きたときに走った腰の痛みは、変な意味ではなく、昨日の薬草採取の後遺症だろう。

 朝7時過ぎには全員が1階の食堂に集合していた。

 結局、昨晩は女子4人で部屋を決め、俺の大部屋の東側にリリィ、西側にフリーダさん、通路を挟んだ北面のうち、中央にフー、東側にマリーさんの部屋となった。残りの小部屋は北面の西側、つまり最も日当たりが悪い部屋ということで敬遠されている。

 それにしても、見事に包囲されてしまった。

 偶然、俺のベッドが東側の壁際にあるので、壁の反対側にリリィもベッドを置き、夜な夜な壁を叩いて睡眠を阻害してきた。本人はモールス信号のように会話を楽しんでいたつもりだろうけど、凄まじく迷惑だ。後で尻叩き決定だな!



 食事が終わると、昨日と同じように全員でギルドに向かう。


 話し合って決めたノルマは、1日にFクエ1~2つ、Eクエ1つで、カウント的には1日4クエが理想だ。

 天気や体調不良、突発的な急用やお休みもありそうだからと、10日で30クエを目標に、少し余裕を持たせて、20日後のEランク昇格(通算50クエ)を目指すことになった。

 Eランク昇格後は明らかにペースが落ちるだろうと予想している。
 理由は明白。Fクエを受けてもカウントされなくなるし、Eクエを受けても1クエにしかならず、かと言って、ランクが1つ上のDクエは討伐系が多くなるので厳しいだろうと考えたからだ。


 Eクエも、内容によっては1日1回が限界の場合もあるので、1日にEクエ1~2つで、カウント的に1日2クエが理想となる。

 Eランク昇格後は、カウント的に1日2クエ、10日で20クエを目標に、少し余裕を持たせて30日後のDランク到達(通算100クエ)を目指すことにした。

 これで、登録から50日後、遅くとも60日後(2ヵ月後)にはDランク昇格祝いが開けるだろう。


 これを、取らぬ狸の皮算用と言わずして何と言うべきか。


 クエストにはトラブルが付き物らしい。そこに早いうちから気付けたことは大きいのかもしれない。

 うん、今日受理したうちの2件が、思ったよりハードだったのだ……。

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