AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と大規模レイド前篇 その17



 指定された個室の前まで来た。
 念のため、渡された魔道具に刻まれた番号も確認したが、やはり間違いない。

 軽く呼吸を整えてから、中に居るであろう相手に対してノックで来訪を伝える。


「すみません、先ほど連絡が行ったと思うんですけど──」

『どうぞ』

「……? は、はい、失礼します!」


 少し何かに違和感を覚えたが、すぐに気を引き締めて中へ入室。
 入り口から先を仕切りで分けられているので、相手が何者なのかは分からない。

 声で分かるかと思ったが……これがまた、妙に違和感だった。
 掴みどころがない、中性的とは違う認識しづらい声だったのだ。


「僕の名前はノゾムです。相部屋を許可していただいて、ありがとうございます!」

『…………』

「あの、よろしければ名前を窺ってもよろしいでしょうか? その、あとでお礼がしたいですので」

『…………ヘルメス』


 ヘルメス、ギリシャ神話に出てくる神だ。
 旅人や商人などの守護神だが、他にもさまざまなことを担う多面的な神でもある。

 そして、錬金術師の守護者にして学問や技芸の始祖である、とも考えられていた。
 そういう恩恵にあやかりたいからこそ、その名前を冠しているのかもな。


「ありがとう、ヘルメスお姉さん!」

『! ……そう』


 素っ気ない返事だったが、ほんの少しだけ息を呑む声が聞こえた。
 勝手に女性と判断したのは勘だったが、どうやら当たりだったらしい。

 まあ、追及をし過ぎるのは野暮だろう……俺も俺で作業を始めないとな。


「まずは上級まで上げないと……本にやり方が載っていればいいけど」


 スキルを進化させる手段は複数存在する。
 祈念者はレベルを上げてポイントを消費するだけでいいが、自由民の場合はポイントが存在しないので異なるやり方だ。

 レベルをカンストさせることは同じだが、そこからが違う。
 ポイントをいっさい使わない代わりに、進化条件を満たすのだ。

 その辺は、職業や種族と同じシステムを用いているのだろう。
 条件さえ満たせば、自由民は飛び級のようにスキルを進化させられるからな。

 そして、それらの条件もまた『誰でもできる簡単スキル習得本(完全版)』に載っている……随時更新されるので、商会が把握さえすれば俺も知ることができるぞ。


「あっ、その前に……『無言聴取ヒアリスニング』」


 魔術として起動させたのは、一定空間内の声を外部に漏らさないというもの。
 それ自体は風魔法に“静寂サイレント”という魔法が存在するが、それとは違う点が一つ。

 この魔術の場合、内側の声が外部に漏れることは無いがその逆が発生する。
 つまり、内外から話した場合、一方的に内側の者が外側の声を聞けるのだ。


「独り言が多いもんね……ノゾムとしての口調はそのままにしておいて、さっそく調べようっと──『検索:上級錬金』」


 スキル名を直接言うことで、言ったスキルに関する情報を魔本が表示してくれる。
 スキルそのものは有名なので表示される、問題はそこに習得条件があるかどうかだ。

 こうした情報も漏れるのを回避したいし、やはり防音対策の構築は必須だった。
 なんて思いながら開かれたページを見ていくと……習得条件を見つけた。


「種類と量、それと品質さえ心がければどうにかなりそうかな? よし、それじゃあ始めようか!」


 生産を始めるのだが……真面目にやるからには、まだやることがある。
 それは能力値の底上げ、生産結果には能力値が関わってくるからな。


「支援系の魔法で器用さを高めてっと……これで大丈夫かな? あと、思考速度とかも上げておかないと」


 残念ながら生産補助系のスキルはさして所持していないので、代わりに思考を高める。
 付与魔法の“巧性付与エンチャント・テクニカル”や並列思考、高速思考スキルなどを起動していく。

 他にやり残したことが無いのか、それらを確認してから──生産に手を付ける。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「うーん、でもさっきの声……それにヘルメスって名前に違和感があるよねー」


 加速した思考が謎の追求と安定した生産を両立させる中、俺は深く考えていた。
 その手には作ったばかりの上位ポーションがあるのだが、それも気にせず思考に耽る。


「名前が偽名? は普通にありそうか。声も隠している? から逆に記憶に残っている。でも、それは僕が記憶できるスキルを持っているからで、普通はできない……そういうアイテムを持っている?」


 上位ポーションが次々と出来上がり、どんどんダース単位で溜まっていく。
 失敗だけはしないよう心掛け、適当な場所に並べながら答えを求める。


「姿を見れていればな……あっ、でも声を隠しているんだから姿も分からないか。となると、名前のヘルメスから当てないと」


 ヘルメスは神様の名前。
 けどたしか、それ以外にも名前には意味があったような……。


「ヘルメス……ヘルメス……っと、次はポーションより薬の方がいいか。あっ、でもポーションって時点で魔力の薬なんだし魔薬か、なんちゃって…………って、あー!! そうだ、『イタイのイタイの飛んでけー君』!」


 虚しいギャグを言い終えたところで、俺の枯れ果てた灰色の脳細胞がフル回転。
 魔薬……というか、麻薬云々で俺はその名前を聞いていたのだ!

 何より、その残念なネーミングセンスが非常に強いインパクトを残していた。
 名前よりも先に思い出してしまったが、連想的にそちらも思い出す。

 声は魔術のお陰で、向こう側には聞こえていないだろう。
 そう理解しているので、そのまま自分の考えを言葉として定着させた。


「ヘルメギストス! そうだ、あのときの子だったのか!」


 確証はない……が、それを調べる手段はここにある。
 バッと後ろを向き、ごくりと唾を飲み……仕切りの奥へ声を掛けた。



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