AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者と霧の都市 その05
それから、彼女が目を覚ますまで俺はただその場で待っていた。
理由なんてない、ただそうした方がいいだろうという偽善の直感に委ねただけ。
その代わり、この場でできることをして時間を潰してはいたが。
周囲の情報収集、霧の解析、新スキルの獲得など……待ったからこそ得たものもある。
「……おはよう、いい朝だね」
「もう日が沈んじゃうよ。たっぷり寝ていたね、お姉さん」
「ふむ……ボクの体感としては、たっぷり一日寝ていたはずなんだがね。それなら、早朝になっていたもおかしくないんだが」
「そっちのつもりだったの!? こんな場所で寝たら危ないよ、ちゃんと隠れないと」
一日分の眠りも、例のスキルとやらで時間が短縮されたのでは?
仮にそれでも一日寝ていたら、いったいどれほどの時間を眠りに費やすのだろうか。
寝ぼけ眼の彼女は体をうーんと伸ばすと、俺が渡した枕を抱き締めたまま起き上がる。
時と場合と恰好が違えば、なかなかに萌える瞬間では無いだろうか。
「心配せずとも、ボクは平気さ。それよりも少年、君はどうしてここに?」
「……僕が渡した枕のせいで、そんなに寝てたのかもって思うとね。それに、お姉さん一人で寝るなんて、さっきも言ったけど危ないからね」
「ふふっ、そんなに心配せずともボクは大丈夫さ。それよりも少年、君こそこんな場所にずっといて親御さんは心配しないのかい?」
「僕は……別に。誰も心配はしていないから平気だよ」
そう答えると、再び思考に耽る彼女。
だが同時に、視線は俺を見て……いや、視ているようだ。
鑑定スキルなどではなく、文字通り観察という意味で。
頭からつま先まで、俺が不快に思わないように視た彼女は──こう告げた。
「よし、君はボクの家に来なさい」
「……え゛っ?」
「必要な物はだいたいあるし、そもそも店も閉まっている頃か。これなら真っすぐ行っても大丈夫だろう」
「ど、どういうこと!? お、お姉さん、僕にも分かるように説明してよ!」
なんという天然っぷり、突然立ち上がると俺の手を掴んで引っ張っていく。
抵抗したいが、できない……彼女の地力が適度に貧弱なのだ。
抗うことはできるだろうが、それをしたが最後彼女を傷つけてしまう。
スキルで筋力を増加するなど以っての外、俺はこのまま引っ張られるしかなかった。
「説明か……うん、いいだろう。ただしこのまま、移動しながらでいいね。君には住む場所が無く、頼る当てもない。何より、呑まず食わずではなくとも寝ていないのだろう? そんな君に、一宿一飯の恩義を返すのさ」
「どうしてそこまで……あと、宿は僕、別に貸してないんだけど」
「細かいことは気にしなくていい。重要なのは、ボクが君に借りたものがあるってこと。あまり性分じゃないのさ、そういうのは。だから早い内に返す、ちょうどよく君が困っているから手助けをするんだよ」
淡々と述べるその姿はまるで──そんな思考は、目の前に建物が見えて停止する。
「さぁ、ここが君の今日の宿さ!」
「……や、宿、なのかな?」
そこには掘っ立て小屋が一つ。
辛うじて建物ではあるが、それ以上でもそれ以下でもない……あくまでも雨露を防ぐための場所、という感じだろうか。
「正直に言ってもいいよ、家とも呼べない物だと。こればかりは、どうすることもできなくてね。ともあれここが──ボクの家、探偵事務所なのさ」
「た、んてい……お姉さんは探偵なの!?」
「少なくとも、職業はね。実際には事件なんて一度も解決したことが無い、ただの志望者なんだけど」
AFOの世界において、システム上の職業と実際の職業が違うことは多々ある。
多くの役割職はその仕事に相応しい能力を与えるが、それを不要とする者も存在した。
逆に就きたい仕事に合わせて職業に就いても、就けないままなんてこともある。
就職条件が課されているものなんて、就きたくてもそちらも就けないからな。
「この街で正式に探偵を名乗りたいのであれば、最低限魔法を使えなければならない。そういうルールもあって、非力なボクは自称探偵のまま何でも屋のようなことをしている」
「お姉さんは、魔法が使えないの?」
「ああ、使えないよ。魔力はあるから魔道具の方は使える、それでも上は許さない。なんとも厄介な街だよここは。でも、ボクはこの街で探偵になりたい……いいや、なるんだ」
「……立派な目的だね」
こうも自分を偽らず、真っすぐに語ることができる。
それはとても尊いことで、本来誰もが抱いていたはずのもの。
失われたそれこそが、俺に彼女を助けるという偽善をさせたのかもしれない。
少なくとも、祈念者が七日の内に彼女の願いを叶える手段はたった一つ。
「ジャ──『霧の殺人鬼』、お姉さんならもう知っているよね?」
「ああ、今朝の新聞でね」
「お姉さんがもし犯人を見つけたら、きっとこの街もお姉さんのことを探偵だって認めてくれるんじゃないかな?」
「……そうだね。制度上どれだけ否定されても、実績はたしかに残る。そしてそれは、探偵を必要とする人々にも。むしろ、親しみがあるかもね」
魔法──この場合は属性魔法──が使えない人は、この世界だと不遇な扱いを受ける。
だがそんな者の一人が、今後手を焼くであろう犯人を捕まえることができたら?
考え方を改めるかもしれない。
短絡的とも言えるような発想、だがこれまでもこれからも、俺はそんな愚直な選択を提案していく。
「お姉さんに依頼します。僕と、その殺人鬼について調べてください。お礼は必ずしますから、お願いします!」
「ふむ……いいだろう。霧のせいで、趣味の時間も少しつまらなくなっていたところだ。ボクを頼ってくれた依頼人の、願いを訊き受けようじゃないか」
「そ、そうだ名前……僕はノゾムです」
「ノゾム……不思議な名前だね。まあいい、ボクは『シェリン・フォード』。共に励もうじゃないか、ノゾム君」
本来、祈念者たちが手を借りる相手は彼女ではないのかもしれない。
それでも、俺は彼女を選ぶ……その望みを捨てぬ限り、何度だって手を伸ばそう。
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