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山田 武

偽善者と渡航イベント後篇 その05



 魂魄体のまま船内を探し、もっとも厳重に結界が張られた部屋に潜り込む。
 まあ、魂も通らない結界があったが……そこはちょいと細工をしました。

 なのでそうしない内に、それが術者であるリーダーにも気づかれるだろう。
 そうしてここに急行される前に……やるべきことをやろうじゃないか。

 部屋に入ると、ホテルのスイートルームといった感じの空間が広がっている。
 魂魄だけの状態から、肉体を仮に構築して辺りを見渡す。

 ベッドの上で、誰かのために歌い続けるお嬢さんが居て……俺に気づいて起き上がる。


「よぉ、遊びに来てやったぜ」

「あら、それがあなたの本性だったの──お兄さん?」

「……なんのことやら」

「そうね、たしかにあのときの姿とは全然違うわ。なぜか半透明なのも気になるけど、その声音は変わっていないじゃない。ワタシにとって、お兄さんはお兄さんよ」


 魂魄を偽っているはずなのだが、別ベクトルから正体がバレてしまう。
 声って……いやいや、声帯とかもちゃんと弄っているはずなんですけども!?


「声と言っても、別に高さとか抑揚じゃないわよ。ワタシの人とは違う点に、なんとなく分かる声の違いがあるのよ。お兄さんの声はそれが独特だったし、出会ったばかりだから覚えてたのよ」

「……はぁ、まあいいか。ちなみにそれ、どういう感じなんだ?」

「……一言では表現しがたい感じね。ごちゃごちゃなのに、それが強引に集まって普通になっている。違和感の塊なんだけど、それでも一つの形として出来上がっているわ」

「全然分からないな。まあいいや、それを知ろうと俺がすることは変わらないわけだし。来い──[窮霰飛鮫]」


 声の方は、おそらく{感情}の影響を表していることが分かったし。
 妖刀を呼ぶと、どこからともなく刀が俺の手の下にやって来て握られる。


「抵抗して死ぬか、それとも無抵抗で死ぬか選んでくれ」

「どうして死なないといけないのかしら?」

「一つ、アイツらのバフを止めてほしい。二つ、俺へのデバフを止めてほしい。三つ、この妖刀に魂……レベルというか経験値を分けてくれ」

「三つ目が本音ね。でも、はいそうですかと許すわけにはいかないのよ──『わっ』!」


 歌を止め、突然叫ぶお嬢さん。
 するとその声が衝撃波を生み、俺を吹き飛ばす……ことになっていたのだろう。

 だが、今の俺は魂魄体。
 物理攻撃は当然のこと、霊体に通じるであろう精神攻撃なども……言葉責めを除けばキかない。


「ちなみに悪霊ってわけじゃないから、念仏も聖歌も聞かないぞ。だから諦めろ、痛いのは一瞬だけだからな」

「嫌よ、諦めたくないもの。自由って、そういうことなんでしょ?」

「……チッ、面倒な知恵を付けやがって」

「お兄さんのお陰よ。それよりも、速く逃げないと来ちゃうわよ?」


 歌が止まったことで、俺が予想したよりも速くここに親衛隊がやって来るだろう。
 ならばさっさと終わらせよう、そう考えて妖刀に力を注ぐ。


「ピンチな時、何かがパワーアップしてどうにかなるのは定番なんだ」

「逃げられるの?」

「逃げるんじゃないさ。目的を終え、立ち去るだけだ──“経験捕食”、“存在進化”」


 注いだのは経験値、そしてそれを糧として妖刀に進化を促す。
 より強力に、より凶悪に……かつて大海で暴れた鮫の力が目覚めていく。

 いちおうは刀の形をしていた妖刀が、ゆっくりと在り様を歪める。
 鮫を模した、というか尻尾を柄とした平面の鮫……みたいな感じの刀になった。


「──『暴乱刀[窮霰飛鮫]』。新しくなったこの妖刀を試させてもらうぞ」

「っ……!」

「まずは“英傑捕喰”、まあお嬢さんのようなヤツが相手だと有利に戦える能力だ。加えて“狂利共生”、こっちは……まあ、今は秘密にしておこう。片方だけでも、お嬢さんには充分だしな」


 声を弾丸にしたり壁にしたりと、いろいろやってはいるようだが……残念ながら、今の[窮霰飛鮫]は強者が放った攻撃ならどんなものでもごちそうとして食べられる。

 声というか衝撃を魔力と共に食らい、それらを糧にその強さを発揮する妖刀。
 まさに強者殺しをするための武器、我ながらよくぞ生みだしたな。


「じゃあ、そろそろ終わりだ。動かなければ綺麗に斬ってやる、だから安心してそのままでいろ」

「ごめん被るわ──“放圧水炮ハイドロカノン”!」

「そんなもんじゃ……っ! そういや、お嬢さんは歌いながら会話ができていたな」


 大量の水を一気に放出し、俺を押し流そうとしているのだと思った。
 今の[窮霰飛鮫]ならイケるとそれを斬り裂こうとしたのだが……すぐに回避を行う。

 水が球や槍のような形になって、あらゆる方向から飛んできたのだ。
 おそらく二枚舌系の多重詠唱で、複数の魔法を同時に発動したのだろう。


「まあ、種さえ分かればこんなものだ」

「こ、来ない──」

「一回でいいさ。それでこいつも、満足するから。夢現流武具術刀之型──“次元斬ジゲンザン”」


 居合を必要とする“異間斬イアイギリ”と違い、どの状態でも放てる“次元斬”。
 名前が表すように、斬撃は次元すらも裂く切れ味を以って──首を刎ねる。


「……容赦、ないのね」

「お嬢さんがいなくなれば、アイツらの意識は完全にこっちへ向く。あのクランではなく俺に……つまりそういうことだ」

「…………次は、負けな──」


 途中で死に戻り現象が頭部にも起き、粒子となって消えていくお嬢さん。
 それと同時に、部屋の結界が解除されて親衛隊が入ってくる。


「なっ……貴様……」

「悪ぃ悪ぃ、テメェらの頭取っちまった。意外と旨かったぜ、いろいろとな」

『っ……!?』


 俺の発言をどう受け取ったか、まあ間違いなくロクでもない方向だろう。
 新たに構築された結界、どす黒い闇が漂う空間がそれを表している。


「何度死んでも償えぬその所業、万死すらも生温い」

「はっ、好きに言ってろ。オレ様の邪魔をした方が悪い。この世は弱肉強食、勝った方がすべてだろうが」

「……いいだろう。ならば、その傲りを叩き潰してやる」

「傲り? そうか……傲りか。フハハハッ、ならば応えてやらんとな──【傲慢】に!」


 目の色は今、間違いなく銀色に染まっているのだろう。
 相手は極級職、相手にとって不足無し……久しぶりに使ってみますか。



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