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山田 武

偽善者と渡航イベント中篇 その20



 場所は変わって海湾都市のとある街路。
 水色のローブを被った集団が、一人の少女の周囲を護衛しながら歩いていた。

 中心に居る少女は、ただただ物憂げな表情でこの都市の港を見つめている。


「聖女様」

「……何かしら?」

「貴女様は聖女であり、歌姫である崇高な存在です。あのような価値の無い者に、掛けるような時間はございません」

「つまらないことを言うわね。昔、貴女はワタシにこう言ったわよ、『自由な貴女の歌が好きだ』って。今のワタシに、本当に自由があるのかしら?」


 少女はただ、歌いたかった。
 歌う、そんな息をするようにできることすら許されなかった籠の中、飛び出すために始めたこの世界ならば……。

 初めは好きなように歌えた。
 その歌を喜んでくれる人がいて、いつも聴こうとしてくれる人たちが増えて……自由は少しずつ減っていく。

 歌は好きだ、応援してくれる人も好きだ。
 でも、応援してくれる人が歌う機会を減らそうとするのは……苦手である。

 嫌いではない、彼らがそうするのは自分のためだし、よりみんなに歌を広めたいから。
 だが、その代償は自由の束縛……歌は彼らによって管理され始めた。


「そ、それは……ですが、聖女様の歌はより多くの者たちが聴くべきモノ──」

「誰かのものじゃない、これは本来ワタシの歌よ。たしかに貴女たちはワタシを支えてくれている……でも、ずいぶんと前から自由は無くなっていたのね」

「……残念です。聖女様、どうやら貴女様の期待に私たちでは応えられないようで」


 そう、嘆息する彼女たちの代表者はスッと手を上に曲げる。
 すると先ほどまで居たはずの周囲の人々は消え、この場には関係者しか残らない。


「貴女たちは結界魔法が上手いもの。これくらいは簡単なのかしら?」

「その通りです、聖女様。では、少しばかりお付き合いください」

「嫌、と言っても無駄なのでしょうね」


 少女は[メニュー]を確認したが、囚われている現状で[ログアウト]は使えない。
 しばらく付き合えば納得するだろう──自由を諦めればいいと、そう思う。


「──いや、無駄じゃないぞ」


 そんなとき、どこからともなく声がした。
 誰もその声の主を認識できず、警戒態勢を取るだけに終わる……だからこそ、少女の小さな悲鳴が上がるまで誰も気づけない。

 その声は建物の上、屋根の辺りから。
 隣に少女を乗せ、男は頭をポリポリと触った後……恥ずかしそうに告げる。


「あーお嬢さん、まだ一つだけやり残したことがあってな。悪い、少しだけいいか?」

「……こんな状況でかしら?」

「一期一会とは言ったものだが、俺はまたお嬢さんと釣りがしたくなるかもしれないからな……よければ、[フレンド]登録をしてもらえるか?」


 ポカーンとした表情を浮かべる少女。
 なぜここにいるのか、まったく謎だった理由がそんなことだったからだ。


「そんなことのために……お兄さんは、ここに来たの?」

「ん? いやいや、その程度じゃないぞ。お嬢さんみたいな人に会う機会は無いかもしれないんだ、お嬢さんとそのお知り合いさんには悪いけど、ここは俺の我を通させてもらおうか……で、どうだ?」

「……ぷっ、あはははははっ! お兄さん、とても面白いわ! ええ、ええ、それはもうとびっきりに!」

「急な笑いにビックリだよ。それよりほら、速めに答えてくれるかな? もう、あの怖いお姉さんたちがこっちに来ているし」


 男が少女を庇うように立ち、手を薙ぐ。
 すると二人を狙って向けられた攻撃は、すべて突如として消滅していった。


「というか、お嬢さんまで巻き込む威力だったんだが?」

「あの人たちは『セイヤク』とやらをして、ワタシへの攻撃がいっさい通らないようにしているのよ。だから、ここまで攻撃が来ても困るのはお兄さんだけ」

「マジか……ん? でもまあ、それはそれで使えるかな? よし、後で試そうっと」

「結構余裕ね、お兄さん」


 男は身振り手振りをするだけ。
 それだけで攻撃のすべてが無効化される。

 その光景は下に居る者たちからしても衝撃的で、自分たちの目的が達することができないと歯噛みする者も。


「そもそもお兄さん、いったいどうやってここに? 結界が張られていたと思うわ」

「お兄さんは無職だからな、そういう高い壁もなんのその──」

「つまらないわね」

「……あっ、はい。企業秘密です」


 なんて話をしている間も、攻撃は続く。
 やがて処理も面倒になったのか、男は少女の肩に少しだけ触れた。


「悪い、飽きた。ここから出るぞ」

「えっ、どうや──」

「こうやるんだ──“空間転移テレポート”」


 そうして、二人はこの場から消える。
 残された者たちはすぐさま捜索を行う──守るべき少女と、殺すべき男を。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「──[フレンド]登録できたわ。でも、これは……文字化け?」

「まあ、それは気にしないでくれ。ほら、名前の部分は自分で弄れるだろ? 好きなようにしておいてくれ」

「……本当の、ゲームの中だけども名前が知りたかったわ」

「逆にお嬢さんの方は……まあ、『オー』嬢さんってところか?」


 あまり上手くないわ、と言ってはいるが、少しだけ頬が緩んでいる。
 何がトリガーだったのか、彼女の認識阻害のようが少し解けていた。

 未だに容姿などはさっぱりだが、どういう反応をしているかぐらいは分かる。


「まあ、俺は変わらずお嬢さんって呼ばせてもらうぜ」

「ワタシもお兄さんでいいわ」

「お嬢さん、アイツらとつるむのはもうやめるか? それを選ぶのは、俺でもアイツらでもなく、本当はお嬢さんの自由だしな」


 強引に連れ去ったものの、本来そんな必要なんてなかった。
 あの場に居る誰よりも、勝つ手段を有していたのは彼女なのだから。


「……もう、ワタシのことは分かるのね? そのうえで、変わらないと」

「お嬢さんはお嬢さんだ。自由を欲して、そのために頑張っている努力家だ」

「そう。結論から言えば、変わらない。あの人たちも、悪意からそうしたわけじゃない。ただその善意が、他の人から見れば歪だっただけ……それでも、そんな状況を生み出した一端は、ワタシにあるもの」

「責任感か? うーん、なんとなくお嬢さんの考えを曲げるのは難しそうだ…………それなら、一つ提案があるんだが」


 不思議そうな顔をする彼女に、俺はその提案を伝える。
 二番煎じというか、同じやり方の使い回しではあるが──楽しんでもらおうか。



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