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山田 武

偽善者と他世界見学 その10

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 スリース王国


 少年とその母親から、何度も礼を述べられてから数時間後。
 俺は北上し、結界の中に築かれた王国を訪れていた。


「前は魔剣云々の事柄もあって、そのまま貴族街に行ったからな。今回はゆっくりと、それ以外の場所を見てみようと思う」

「……ん」

「そういえば、いちおう白熊の獣人だよな。やっぱりこういう環境って、居心地がいいとか思うのか?」

「あんまり。夢見も悪そう」


 今回の付き添いは、【怠惰】の武具っ娘であるスー。
 普段から基となった罪に相応しい態度を取る彼女だが、今回はいっしょに来てくれた。

 あと白熊は、普通に冬は暖かい南に行くらしいな……北極で冬も居るのは、さすがに名がその地域を冠している動物でも、耐え切れないということか。

 その点、スリース王国には防寒の結界が張り巡らされているので、少々肌寒い程度。
 スーは冬眠することなく、俺に背負われて活動している。


「……って、これは活動しているのか?」

「メルスは、嫌?」

「全然。スーは軽いからな、まったく苦にならん。揺れとか、気にならないか?」

「感じない。メルス、スキル使ってる?」


 スーは俺が補助されながら、運んでいると思っているようだが……眷属のため、日々成長しているのだ(方向性がアレだが)。

 具体的には──運搬、軽業、体幹、歩行スキルの再現を行っている。
 自分には似合わないが、彼女たちを抱える機会も多かったので頑張ってみました。

 そのため現在、スーにいっさいの影響が出ない歩き方ができている。
 揺れは起きず、安定した体幹によって寝づらさを覚えることもない抜群の体勢だ。


「スキルの補正をなぞっているだけだ。それよりスー、見てくれ」

「……ん、丸い壁?」

「そうだな。ドーナツ状で、中央にはお城があるんだが……今回は外側だな。普通の街もあるし、結界内で食糧を確保している。スーはどんな場所に行きたい」

「なら、食糧かも」


 選んだのは、ただの観光ではなく少々珍しい結界内での食糧の確保を行う光景。
 まあ、もともとこの地にはあまり特徴的な店などは無かったからな。

 スーを背負い、ドーナツ状に隔てられた壁のさらに外側へ向かう。
 ……ちなみに関係者以外立ち入り禁止っぽいので、少々強引に乗り込みました。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 ビオトープ、という言葉がふと浮かんだ。
 自然を保全し、生物が生きていける環境を用意するとか……まあ、そんな感じだった気がすると、俺の知識が語っている。

 意図して動物や植物が環境を整え、過ごしやすい環境を形成しているのだ。
 結界の中だからこそできる、自由な調整によって無数の生物たちが生存していた。

 目の前で行われているのは、そうして動植物の育成である。
 スーに周囲から気配を遮断してもらい、足場を用意して宙からそれらを見ていた。


「スーから見て、どう思う?」

「……稚拙? でも、意味はあると思う」

「へぇ、やっぱりそうなのか。俺も似たようなことはやっているからな、ちゃんとこれでも意味があるようで何よりだ」


 一般人立ち入り禁止なこの場所は、本来外に行っても手に入らない生物を育てている。
 なんせ外は、マイナスレベルの気温だからな……食べられる物も、限られていた。

 スリース王国では結界のもっとも外側を使い、環境保全空間を作っている。
 内部では遠くで集めてきた、または外交で得た動植物を育てているらしい。


「まあ、見ての通りここでいろんな物を栽培しているようだ。植物も動物も、外部じゃ寒さに耐えられなくて死んでしまう種族は、だいたいここでな」

「……ん、快適調整」

「武具っ娘たちのそれは、最上級の環境適応だな。装備者も、ある程度周囲の環境に適応できるようになるわけだし」


 王国を囲うように構築された結界は、あくまで寒さを防いでいるだけ。
 その効果の強弱を調整することで、生物たちが過ごしやすい環境を提供している。

 だが快適調整というスキルの場合、装備を快適な状態で使えるために、さまざまな最適化を行うんだよな。

 アイテム自体の大きさや形状だけでなく、装備中に不快感を感じさせないのだ。
 効果範囲が限定されているが、その範囲に限れば違和感を覚えないほど快適になる。


「スー……というか『堕落の布団』はその効果範囲が一番広いからな。布団に入っているだけで、どんな不快感も覚えないし」

「役に立ててよかった」

「快適調整のお陰で、周りからの影響を受けないのもいいな。そのせいで少しばかり長めに寝てしまうのはご愛敬だけど」


 精神干渉や温度変化、物理的ではない状態異常などであれば防ぐことが可能だ。
 まさに布団チート、寝ているだけで最強も夢ではないのが『堕落の寝具』なのである。


「それはさておき。ここでの保護ができているのは、あくまで普通の動植物に限っているみたいだな。魔物だと、やっぱり反乱されたときに対処できないからだろう」

「……ん、大変」

「だな。そもそも魔物って、食べる前の調理がちゃんとできてないと食えたもんじゃないし。育てる必要が無いわけだ」


 ビオトープと語ったが、あくまで彼らがここを作ったのは生きるためだ。
 自然を保護するためでも、魔物たちを愛するためでもない──生存目的。

 ならばたとえ繁殖力に長けてた魔物だろうと、食べられないならば無用の産物。
 だが、裏を返せば、それはこの場所が魔物にとって恰好の餌食になるということ。

 ──いずれ、『選ばれし者』が訪れた際にでも、問題が生じるかもしれないな。



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