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山田 武

偽善者と赤色の脱出 その10



 SIDE:サラン

 ──逃げ出した先は、地獄だった。

 変わらない悠久の日々が嫌で、何かが変わるだろうと人族たちが住まう世界を訪れた。
 しかしそこは迷宮の中で、出ることもできずに結局何も変わらずに時が過ぎていく。

 とりあえずと決めていた生活魔法の練習を極めてしまったある日、メルスという胡散臭い司祭が現れた。
 人族に初めて会ったのだが……それでも妖精の瞳で見抜けないのはおかしいと思う。

 その男に説得されて脱出することを決めたけど──なんだかいろいろと狂っていた。

 初めて会ったその顔を見て、呪いに似た力が私の精神に干渉してきた。
 高い精神耐性を持つからすぐに抵抗できたけど、自分で使ったにせよ誰かに使われたにせよ、持っている時点で疑うべきだろう。

 けど、使う魔法や魔力もまた良い意味でおかしかった。
 平気で女王であるお母様を超える補正が入る妖精の祝福を施しているし、そもそも人の身で妖聖魔法を使っているし……。

 私のレベルを何度も最大値まで引き上げ、種族が最終進化種族になるのも異常だ。

 本人は『オリハルコンゴーレム』のお蔭と言っているけど、そもそもどうしてそんな神話級のゴーレムが何体も用意できるの?



 ツッコミしきれないことばかり。
 実態を掴ませない陽炎みたいな人族だと考えていた私だけど、少しずつ成長した妖精の瞳が映したメルスのステータスを視たら、少しだけここに来た理由を教えてくれた。

 ──私は『勇者』なんだとか。

 どうして妖精の私がとか、なんで私がそうだと知っているのか、そういった理由にも答えられる限り応えてくれた。

 なんでも、『賢者』なる存在が探せない場所が迷宮と精霊界のような異界しかないらしく、そういった場所を探していたらしい。

 その中で特殊な力を宿す存在を捜索した結果、私が『勇者』候補者であるという結論に至ったみたい。
 だからって、人(妖精)をここまで扱き使うのは文句の一つや二つ付けたくなったが。

 迷宮を脱出するために上を目指す間、メルスは時魔法と空間魔法を器用に使っていた。

 私はその様子をずっと妖精の瞳で視ていたけど……魔力量にいっさい変動が無かったので、まだ真実が見抜けていないのだろう。



 そして現在に至り、この世界が地獄のような場所だと理解した。

 過去の人族だかなんだか知らないけど、ここまでの惨劇を生みだせる人族はある意味凄いと称賛できる。


「この──“風爆撃エアロバースト”!」


 風属性の精霊を宿したことで、詠唱が無くとも詠唱をした時と同じ威力が出せる。
 発動した“風爆撃”は私を取り囲もうとするアンデッドたちを吹き飛ばし、そのまま動かなくする。


「本当に全部の魔法に聖属性が付与されているんだ……やっぱりおかしい」


 アンデッドたちが動かなくなったのは、メルスが私自身に聖属性を付与したからだ。

 どういう原理か知らないけど、それによって攻撃すべてに聖属性の力が宿ってアンデッドは勝手に浄化されていく。


「ッ……! 危ない──“矢避風アローアヴォイド”」


 同じ場所に居すぎたせいで、矢の雨が降り注いでくる。
 すぐに“矢避風”を使い、体を包み込むような風を生みだして矢を撥ね退けていく。


「来て、火の精霊」


 その間に火の精霊を生みだして宿らせる。
 昔の私にはできなかった、けど今の私ならできる──新しい精霊の創造。
 迷宮には本来、精霊は居ない……だから、自身の魔力でそれを生みだす。


「──“業火円陣フレアサークル”!」


 激しい燃え盛る火が円を描き、その中に居るアンデッドたちを焼き焦がす。
 火はチロチロと白い火の粉を放ち、触れたアンデッドたちを浄化していく。


「水と土の精霊──“泥沼スワンプ”!」


 今度は水と土の精霊を同時に宿し、地面を泥沼にしてアンデッドたちを沈める。

 これにも聖属性が付与されるため、沈められたアンデッドたちは最初は抗おうとするがすぐに抵抗を止めて中に埋められていった。


「これで先兵は片付いた。あとは……本隊」


 視界の先には、先ほどから浄化していた者たちよりも禍々しい瘴気を宿す個体たち。
 ただ埋めるだけでも、風で飛ばすだけでもその瘴気を晴らすことは難しい。

 けど、それをどうにかする前に上空から体が腐ったドラゴンが落ちてくる。
 口の中には魔力が──息吹ブレスッ!


「ま、“泥潜りマッドダイブ”!」


 すぐに泥の中へ潜って逃げる。
 ただのドラゴンの一撃なら、もしかしたら今の私であれば防げたかもしれない。

 だけどアレはダメだ。
 本能がそう警鐘を鳴らすアレはまさか──


「聖炎りゅ……」

『GUWOOOOOOOOOOOOOO!』


 一瞬で泥が蒸発していく。
 痛いなんて感覚も、熱いなんて温かさを感じる暇もない──ただ息吹の通り道にあったものすべてを燃やし、消し去る滅びの力。

 魔に堕ちたこの世界の守護者、神に選ばれたとされる初代の力を継ぐ炎の龍。

 勝てるはずがない。
 妖精と竜種との間には、レベルをどれだけ上げようが超えられない絶対的な種族の壁が存在する。

 視界なんてもう存在しない、すべてが真っ白になっていた。
 体の感覚も失われ、記憶が呼び起こされるように回帰している。

 嗚呼、最後はやっぱり忌々しいあの司祭服がチラつくなぁ……。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 ──それは、走馬灯というものです。

 へー、そうなんだー……って、あれ?
 なんだか自分の声じゃない、だけど聞き覚えのある声が脳内に!

 ──今回の死因はかつての聖炎龍ですか。
 なるほど、アレが相手では覚醒していない今のあなたではまだ敵わないでしょう。

 やっぱりメルスだ。
 というか、いったいどうやって!?

 ──話はあとで、また逢いましょう。
 死んでも物語を前に進める……それこそ、あなたにも求められる『勇者』の才ですよ。

 いや、ねぇ……どういうことか説明しろ!!



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