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山田 武

偽善者と星の銀貨 その08



『どうか私をお救いください』

 満身創痍の少女に声がかかります。
 しかし、少女の周りには誰もいません──声だけが少女の頭に伝わっていました。

「だ、れ……」

『私? 私は運命の女神、そして貴女に助けてもらいたい、ただの女です』

「かみ、さま……」

『ええ、そうです』

 不思議とそれを信じる少女。
 聞こえてくる声から伝わるオーラのようなものが、彼女に約定を与えてくれた献上神のものと似通っていたからです。

『貴女は──間もなく死んでしまう。それは分かっているわね』

「……うん……」

『貴女はとても善い子よ。けど、とても可哀想な子だった。誰かが貴女に愛情を教えてくれれば、きっとそうはならなかったわ』

「あい……?」

 少女には分かりませんでした。
 彼女にとって、愛とは求めず捧げるもの。

 ──決して欲してはならず、すべてを委ねるものでした。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 アッパーカットで殴り飛ばした竜を、そのまま追いかけるように跳躍して接近する。
 大地に接続している限り、『地操脈竜』は無敵といっても良い──地脈を独占するとはそういうことができるということと同意だ。

 だからこそ、接続を切り離した。
 宙に居る間は何もできない、地脈の独占の対価は飛行能力を失うことだ。
 故にヤツはもがくことしかできず、手足をバタバタさせているだけ。


「“拳打パンチ”、“拳打”、“拳打”……」


 何度も何度も拳を振るい、竜が落ちてこないように空へ送り返す。
 自分が落ちないように“火速ファイアエンジン”を行使して上への推進力を得ると、さらに勢いをつけて竜の肉体を痛めつけていく。


「──“瞬速熱撃フラッシュオーバー”」


 ある程度地上から距離を取ったとき、この魔法を行使する。
 魔法で強引に大気を引火性のガスに変化させ、輻射熱によってそれを一気に発火させて対象を燃やし尽くす。


『GUOOOOOOOOO!!』


 爆発的に延焼した炎は千℃を超えており、ただの生物であれば生き残れないだろう。
 だがこの世界において、地球の常識が通用する魔物などほとんどいない──ましてや魔獣、魔物以上に強きものたちに理を期待する方が間違っている。

 地脈を操る『地操脈竜』は土属性の魔竜。
 膨大な生命力を持つ『地操脈竜』は、それと同じくらい魔法への抵抗力を持っていた。
 魔力による防御、竜鱗による耐火性、火属性耐性による抵抗レジスト……無数の方法で防ぐ。

 分かっていたことなので、特に驚かず次の行動に移った。
 脚から噴かせている“火速”の推進力を上げて竜の上に向かうと、何度も回転してから武技を発動する。


「──“踏蹴キック”」


 気分的には仮面のライダー。
 中でもロケットエンジンで加速していたヤツのように、そのまま地面に蹴り落とす。
 もちろん、着地地点は少女から少し離れた場所──風圧は届くだろうけど。


「…………」


 これまでの戦いを無言、というか呆然と見ていた少女。
 大剣を握り締めていた手は、だいぶ緩んでいるように見えた。


「おや、どうかされましたか?」

「……本当に、司祭なの……?」

「はい。私はカカ様に仕える、従順な僕でございますよ。ただ一つ捕捉するのであれば、司祭は居てもそれを守る聖騎士という存在がいないということですかね」

「そう、なの……」


 つまり、自己防衛をするだけの戦闘力を確保する必要があるというわけだ。
 ちなみにこれ、わりと常識だ──邪神教団なんて、だいたいこれに該当するらしい。


「ある程度痛めつけました。急所を押えておきましたので、とりあえずしばらくは地脈を用いての回復はできないでしょう。あなたはこの状況、どういった選択を取りますか?」

「……分かった……手伝って……」

「おや、よろしいのでしょうか?」

「ここまで見せてもらって、足手纏いだなんて思わない……協力して……」


 協力、か……そういえば、魔竜の討伐は俺と居る間にされていなかったよな。
 なのにわざわざ討伐する、そこに理由はあるのだろうか?


「了解しました。ちなみに、どうしてあの魔竜を倒す必要があるのですか? てっきり、そのまま逃がすのかと……」

「『地操脈竜』は私を殺そうとした……それはつまり、私の命を求めた……けど、あなたはそれを拒んでいる……なら、今はあなたに従って行動する……」


 それに、あの魔獣に殺された人がいる……と少女は言った。
 たぶん、親しい人ではないんだろうが、それでも人の生死に思うことがあるのだろう。


「分かりました。では倒しましょうか、あの魔竜を……二人で」

「できるの……?」

「さて、どうなのでしょう? しかし、何事もやってみなければ分かりません。ダメであれば、逃げればいいんですよ」

「……分かった……」


 フォーメーションなんてものはないし、この土壇場でやっても邪魔でしかない。
 互いに互いの手の内を読み合って、連携とも呼べない同時攻撃を行うだけだ。


「補助魔法、いる……?」

「いいえ、大丈夫です。その代わり、魔力による防御をしっかりと行ってください」

「……うん……」


 少女の心境の変化は、使う武器の切り替えによって証明される。
 その手に握られた武器は──大剣から槍へ変わっていた。



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