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山田 武

偽善者と赤色の旅行 その17



 昏い闇の中、シヤンは意識をさらに底へと沈めていく。
 メルスによって魔眼の開眼手術を受けているのだが、その中で欲しい力のイメージを明確にする必要があると言われた。

『とりあえず、自分と向き合いなさい。そして、そのうえで望む力を見極めるのです』

 そう言われ、何かの魔法を受けたと思えば意識は深い水の底に沈んだように感じた。
 苦しくはなく、もがく必要も無い……思い返す記憶の数々、自分のこれまでルーツを振り返る旅が始まる。

(──って、言われても分かんねぇよ)

 孤児として拾われ、家族のように孤児院の者たちと仲良く過ごしてきた。
 守りたいモノを再認識したが、それはとっくに決めていたことだ。

(俺のルーツ? 兄ちゃんは何が言いたかったんだよ……ん?)

 自分を変な場所に送りつけた張本人に悪態が吐きたかったが、ここで沈む記憶の中に違和感を感じた。
 まるで、蓋を閉じたかのように思いだせない部分が見つかったのだ。

 シヤンはそれを意識し、手繰り寄せるように思いだそうとする。
 やがて蓋はゆっくりと開き、シヤンに眠っていた記憶を解き放った。

(これは……あのときの!?)

 左目を抉られ、子供たちも救えず……世界まで呪おうとした黒い意志。
 怨嗟を吐きだし、万物に怒りを吐きだす負の情念であった。

(けど、知らねぇことまである。これは、何なんだよ……)

 それは知らない男や女が、誰かを殺して殺されるまでの一連の記憶。
 シヤンが経験したことのない、存在しないはずの記憶であった。

(兄ちゃんはこのことを言いたかった? けど、これが俺のルーツってやつのなのか?)

 そこに映る記憶では、眩しい光を纏った人族や巨大なドラゴンがその者たちを倒していた……一人として、最後まで戦うことを止めずにいた。

 殺せ、殺せと頭に過ぎる。
 憎め、憎めと心を抉る。
 壊せ、壊せと体が軋む。

(俺もあのとき、兄ちゃんが来なかったらこうなっていたのかな?)

 それは突然のことだった。
 扉が壊されて不思議な二人組が現れると、大人たちが全員一蹴されていく。
 家族は救われ、孤児院に帰れた……そして自分の左目と共に、家族を守るための力まで与えてくれようとしている。

 何も教えてはくれない。
 最初は嫌な人だと直感的に思ったが、それでもよく観察してみると、本人にそんな悪い気はしなかった。
 子供たちも懐いていたので、その考えはよりいっそう深まる。

(けど、兄ちゃんはいつかいなくなる。旅人なんだし、俺が守れるようにならねぇと。だけど、この力は絶対に違う)

 記憶の中の者たちは、闇色の炎を操り自分の思うがままに世界を蹂躙していた。
 世界を呪い、暴れるその姿は……少し可哀想にも思える。

(俺は俺なんだ。どうせなら、兄ちゃんみたいにみんなが笑えるような力にしてぇ)

 思い浮かぶのは、自分を救った男……そして、思いだせなかった過去の記憶。
 波のようなさざめきが、心を揺れ動かす。
 現れる悪意を打ち消し、自身の味方を受け入れられるその現象。

 そして、シヤンは願った──

  ◆   □   ◆   □   ◆

 思ったのだが、どうして俺はここまでして協力をしているのだろうか。
 まあ、シヤンが俺にとって面白い奴だってのが主な理由だが、これまでの候補者とその騎士と違いシヤンだけは別のやり方をしているんだから意外だ。


「(けどまあ、今の縛りとも合っているからそれでもいいか)」

《メルス様、どうされましたか?》

「(魔眼の定着は終わった。暇潰しに『種』も植え付けたんだが、意外としっくりきているみたいだ……さすが候補者だ)」

《おめでとうございます》


 ガーには他の奴らが入って来ないように、外で見張ってもらっている。
 念話ですぐに連絡できるし、今のところ侵入は考えていないようなのでそこは無視だ。


「(とりあえず、シヤンがどんな魔眼を目覚めさせるか楽しみだな。まあ、まったく同じ魔眼になるとは思えないし、なったらなったら派生か進化させてみようか)」

《夢が膨らみますね》

「(ああ、まったくだよ)」


 そもそも、魔眼はAFOや赤色の世界において現実以上に種類が存在している。
 少し前にガーと話したが、負の想念以外でも発現可能となっているのだから、前提条件が異なっていた。

 人の想いが世界に強く影響し、個人の力を身の丈以上に高める。
 悪意すらも捻じ伏せ、善意であろうと容赦なく踏み潰すもの──それが想いだ。

 今回、シヤンは悪意を純粋な力へ変換しようとしている。
 それこそ、物語の主人公のような展開にでもならないと不可能だが……可能性を宿す種は、すでに用意した。


「さぁ、目覚めろ──新たな『魔王』! 負の連鎖を断ち切り、その瞳に想念を宿し」

「……何言ってんだ、兄ちゃん」

「おお、目覚めたみたいですね。よかったです、成功したようで」

「というか、さっきの言い方……えっ?」


 考えさせないように、予め用意しておいた鏡をシヤンに見せる。
 左右で異なる瞳は、戸惑いを宿す。


「これが、俺の眼……」

「ええ、名を『波浄眼』と言うそうです。おめでとうございます、シヤン君。これからは守りたい者を守れる、そんな男を目指してくださいね」

「兄ちゃん、ずっと君って言ってるけど……俺は女だぞ」

「……へっ?」


 そして、俺もまた瞳に驚きを宿した。



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