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山田 武

偽善者と三回戦第一試合 その10

 吸血鬼の吸血行為には、さまざまな効果があると捉えられている。
 それは食事であったり眷属化であったり、性的な意味であったり……さまざまだ。

 だが吸血とは文字通り──血を吸う行為ではあったものの、吸い上げるだけでなく眷属化のように何かを与える行為でもあった。

 そして始祖であるフィレルには自身が吸いだすものと、代わりに与えるものを自在に選択する力が秘められている。
 血ではなく意識を、眷属化ではなく魔力を奪い与えることも可能だ。

「ん、んっ、んぐ……」

 突き立てた牙状の犬歯は、鋭くメルスの体に刺さっている。
 血が犬歯の隙間から少しずつ、ツーッと垂れるがそれを気にする者は誰もいない。

「…………」

 吸われている側である、メルスの体を操る意思はそれに抵抗しようとした。
 だが、一度吸血行為に入った吸血鬼を止めることはほぼ不可能だ。

 毒や麻痺などの状態異常を注がれ、肉体の自由は効かない。
 その上で血や魔力を吸い上げられるため、抵抗する意思は少しずつ奪われていく。

(嗚呼、旦那様の血! どうしてこんなに美味しいのでしょう! あの娘アイリスの血も転生のせいか満足できる味でしたけど……旦那様は格別のお味です!!)

 たとえようのない快感が、フィレルの全身を巡っていた。
 相手の体を止めているはずが、まるで自身が硬直しているかのように時折ビクンビクンと小刻みに震える。

 荒い息を吐きながら、顔を紅潮させてメルスの血を吸い続けた。
 同時に肉体の生命力、魔力、気力を奪い肉人形が活動できないようにしていく。

「……ぷはぁっ。ここまで吸い上げてまだ残るなんて、旦那様はやっぱりおかしいです」

[そうか? 結構減ったんだけどな]

 そして、再び意思に反して意志が指を動かしていく。
 メルス本人が、再び肉体の主導権を取り返しつつあったのだ。

[……というか、もう収まるな。アップデートがあるからまだ喋れないが、もう離れても暴れることは無いぞ]

「…………」

[あ、あのー。物凄い勢いで血と身力値が減りつつあるんですけど]

 だがフィレルは、再度血を求めて犬歯を首に突き立てていく。
 だんだん奪ったはずの肉体から意識が剥がれていく気がして、本気でフィレルを止めようかと悩みだす。

「旦那様は、血をくださると仰いました」

[ああ、言った]

「そして量に関して、何もわたしに言ってませんでした」

[…………]

 流れから、フィレルが何を言いたいかが理解できたメルス。
 フィレルが結論を告げる前に、ある準備を始めることに。

「つまり! わたしはこのまま旦那様の豊潤で至高の血を余すことなく頂けるということに──」

[自分から止めないなら、(血液不要)を使う前に猛毒を流すぞ]

「あら、この状態からどうやって? わたしは今、旦那様の体を掌握していますよ」

[まあ、やりかたはいくらでもある……ちょうどいいか]

 すると、いつの間にか突然フィレルは背後に悪寒を感じる。
 とっさに吸血を中断し、その場から逃げるように去る──そして、そこにナニカが突き刺さった。

「さて、声を出せるようになったか。お蔭で新能力の一つを解放……なんて、物語の主人公的な展開が欲しかった」

「わたしたちにとって、旦那様は立派な主人公ですよ」

「なら、みんな主人公だ。生きていれば誰であろうと主人公、真の主人公とはまた別の者なのさ……さて、そろそろ終わらせよう」

「そう、ですか……」

 ナニカを地面から引き抜くと、意思同様に肩に載せる構えを取る。
 だが、先ほどまでと異なり、ナニカはメルスの意志に呼応して光を放つ。

「我が槍の銘は『無槍』! 全にして一、一にして全を統べる神槍! さぁ、其方の力を魅せてみよ!」

「えっと、どうしましょう──わたしの名はフィレル。旦那様の眷属、『吸血龍姫』を冠する者なり……といった感じでしょうか?」

「まあ、そんな感じでいいぞ。長かった試合もこれで終わりだろう……“殺せ”」

 単純な単語、それがすべてを物語った。
 見えなかったナニカが、ゆっくりと深紅の光と共に姿を現す。

 ──グングニル。
 地球において、オーディンと呼ばれる北欧神話の主神が振るった槍。
 彼の神はさまざまな権能を司ったが、その一つが──死。

 また、戦争の神でもあるオーディンの槍の力を再現したこの槍は、ある条件を満たすことで宣言に合った力を発揮する。

「殺す、とは……旦那様らしからぬ技の宣言ですね」

「安心しろ、本物だけだ。あくまで『無槍』は起源にして根源の槍。すべてを司るが故、今は・・全開で使えないんだ」

「そうですか……では、やりましょう」

 ガチンと籠手をぶつけて音を鳴らし、心を奮わし覚悟を決めるフィレル。
 これまでの意志なき意志と違い、明確な意志を持ったメルスは止められない。

 勝つためには、倒せねばならなかった。

「行くぞっ!」
「わたしも!」

 求め合うように叫び、凄まじい速度で二人は移動する。
 フィレルは龍と吸血鬼の力で。
 メルスは肉人形も行った多段式の加速で。

「「ハァッ!」」

 そして勢いが落ちる時、二人の位置は入れ替わっていた。
 二人共、武器が命中した外傷は存在せず、ただ静寂が場を支配する。

「──とまあ、こんな感じだ」

「即死、ですか……カハッ」

「ドラゴンの生命力って凄いよな。半殺しでキツイはずなのに、まだ粘るか」

 即死の神槍。
 戦争を愛する戦神は、一撃必殺が確実に死の運命を導くように祝福を与える。
 急所を狙うことで、相手の生命力に関係なく死を与える……今回はギリギリ急所を掠らせる程度にして、その効果を弱めた。

 それでもフィレルの体は、淡く光るだけで未だに場に残り続ける。
 死の運命に抗う意志が、肉体を繋ぎ止めていたのだ。

「シュリュも言ってましたし、わたしからも言っておきます……勝ってくださいね」

「ああ、任せておけ」

「それと……血、なんですけど……」

「まあ、俺のせいか……補充は後でしよう」

「お願いしま──す!」

 途中で舞台から消え去るが、会場からメルスにそう叫ぶフィレル。
 諦めない執念は血の方か、と思いながらクスリと笑うのだった。


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