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山田 武

偽善者と三回戦第一試合 その08


「(しかしまあ、失敗したものだ)」

 一方、メルスの意志は自身の置かれている立場を客観視していた。
 ……正確には、舞台そこではないどこかから俯瞰するように眺めている、と言った方が正しいのだろうか。

 そこは夢現に位置する不思議な世界。
 そのすべてがメルスの頭の中に、それでいてメルスではないナニカが存在する空間。

《ん。どうする気?》

 姿形がない、意志だけの思念体。
 その場所に現れる存在のうち、もっともメルスに接触してくる者──リープは、メルスに状況を打破する策があるかを尋ねる

 現在のメルスは肉体の主導権を放ったことによって、自身のスキルでありながら、高度な意思を持つ──{感情}にその権限を奪われている。

 メルスの意志は追いやられたものの、こうして自らが創りだした隔世に潜んでいた。
 そのため、完全な乗っ取りは完了しておらず、何は口を開かない殺戮人形があの場に出現したのだ。

「(フィレルが俺を殺し切る前に、元に戻ればいいだけの話だ)」

《ん。けど、それは難しい》

「(不可能を可能にする、なんてキザっぽい台詞を言う気はないけどさ。できるから、それをやるだけだろ)」

 今はこうしてまったりとするメルス。
 フィレルがチャンスを作ると信じ、その機会にすべてを取り戻すと決めていた。

「(だから今は、先に関係各所にご連絡をしておいた方がいいかな? 解析班は気づいているだろうし、前にカナタにアレの話をしたからアナウンスでだいたい理解しているはずだ。なら、やることは一つだな)」

《ん。手伝う》

 二人(?)は誰も知らない場所で、暗躍を行っていく。
 それが現実世界にどのような波紋を生むのか……それは、両人しか知る由もない。

  ◆   □   ◆   □   ◆

『「…………」』

 メルスの肉体を奪ったスキルと、メルスの血を使って造られた人形。
 二人の偽者は武器を重ね、舞うように闘い続けている。

「“血槍ブラッドスピア”!」

 血を槍に変え、対象を貫く魔法。
 フィレルはそれを、自身が作りだしたメルスの血液を触媒に発動させる。

『…………』

 意思を持たない血人形は、胸から生えた槍など気にせずに戦闘行為を続行する。
 剣を振るい、身が欠けようともう一人の偽者を殺すために動く。

 槍の起点を流動させ、自身の空いた側の手にそれを握らせる。
 当然のような巧みな技術でそれを振るい、心の臓を一突きしようとする。

「…………」

 肉人形もまた、意思を表に出さずにそれへと確実な形で対処を行う。

 最初の一突きは肉体で受けた後に後方へ下がり、即座に【物体再成】で元の状態に。
 それ以降の攻撃は、【武芸百般】の補助効果を受けて捌いていく。



 完璧なハッキングを行えなかったため、肉人形は固有スキルまでのスキルしか使用できない状態にあった。

 幸か不幸か、:開放:は使えずとも過去のスキルを使用することができたため、進化の対価に失われたスキルを再度読み込み、この場に用いている。
 一度:開放:にアクセスを行い、ダウンロードしてから使用するという過程があるため、少々時間はかかった──

「…………」

 が、そのため【思考詠唱】や(無詠唱)を使用することもできる。
 読み込みが終わったその能力を行使し、複数の魔法を同時に打ち込んでいく。

「“血盾ブラッドシールド”!」

 血人形が再度触媒となり、巨大な盾を構築する。
 魔法はそこで防がれる……が、肉人形にはメルスと違って容赦がない。

 膨大な魔力を使い、魔力で変質していた血人形をハッキング。
 同じく血魔法“串刺血杭ブラッドツェペシ”を発動する。

「これはっ!」

 膨大な量の杭が、血人形を突き破るように顕現する。

 意志が無いとはいえ、その異常な量の魔力は健在。
 フィレルはすぐに血人形を放棄し、翼を使用した高速移動で地を滑るようにして放たれた杭を回避する。

「…………」

 グイッと手を動かし、“串刺血杭”の影響範囲を自在に操る。
 杭から杭を生やし、飛ばした杭を液体に戻して再度杭としてフィレルの元へ伸ばす……さまざまな方法で、ゆっくりとフィレルを追い詰めようとしていた。

「っ……!」

 逃げながら策を練っていたフィレルだが、翼に痛みを感じる。
 確認すれば杭が片翼に突き刺さり、風を受けての飛行ができなくなっていた。

 だが、ドラゴンは翼で風を受ける方法とは別に、魔力を用いての飛行も可能である。
 受けた傷の辺りに再生力を注ぎ込み、飛行方法を魔力でのものに切り替えてさらなる回避を続けた。


 ……重なるタスクをすべてこなしつつ、力強い意志を籠めて肉人形を睨み付ける。

「よくも、よくもよくもよくも! 旦那様の血を頂くのに、いったいどれだけ苦労したと思っているのですか! 旦那様に宿る力とはいえ、その行為は許しがたいですよ!」

「…………」

 まったく表情に変化のなかった肉人形だったが……やれやれ、といった表情とポーズをぎこちなくではあるが取りだす。

 ハッとしたフィレルは肉人形をジッと見つめるが、口はいっさい開かない。
 ──そして、代わりに震えながらも指が動きだす。

[部分的に取り戻した。ロックしといた機能が狙われてるからまだ意思は奪い取れない。もう少しだけ、よろしく]

「旦那様! 大丈夫ですか!?」

[……血も、あげるから]

「お任せください! わたし、全力を以って時間稼ぎをしてみせましょう!」

 メルスからの伝言を受け、俄然やる気が湧いてきたフィレル。
 メッセージを伝え終えたため、指から力が抜け表情も元の無表情に戻る。

「──やってみせましょう。少しばかり、強引であろうと!」


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