AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
偽善者と一回戦第五試合 後篇
「……じゃが、残念なことに儂がこの試合に全力を出すことはないじゃろう。すべてが主様の結界が無ければ、天地を揺るがしてしまうのでな。観客たちが、儂の一撃をすべて封じてしまうのでな」
ソウはいくら身体能力を封じようと、世界に被害を及ぼすことができる。
拳を振るえば空間が震え、翼を広げれば大気が揺れ、足を動かせば大地が割れる。
可能な限り制御しているものの──弱者が強者の真似をすることはできても、強者が弱者の真似することは決してできない。
彼女もまた、その力を振るえば弱者の皮などすぐに剥げる。
「お、お手柔らかに……」
「無理じゃな、勝たねば褒美は与えられぬ。なれば選ぶ道は一つのみ……儂の目的のために、お主にはここで負けてもらうぞ」
「……クソッ」
相手に負ける気が無いことを、改めて知ってしまうナックル。
オーラ量で劣ってしまう相手でも、勝つ方法はいくつかある。
だが、劣るどうこうでもなく圧倒的な力の前にそれすらも敵わない。
ナックルは拳を構え、そのときを待つ。
ソウもまた、その様子を見て直立する。
「……武器は要らないのか?」
「儂に手製の武具は要らぬ。一つだけ、あるにはあるが……それを出させたいのならば、それ相応の力を魅せるのだな」
「え、遠慮しておく」
二人の準備が整い、緊迫したムードが辺りに広がっていく。
実況もそれを確認し、アナウンスを会場内へ木霊させる。
≪それでは第五試合──始めてください!≫
ナックルは拳士の高み──【拳聖】。
聖なる光を拳に纏い、あらゆる敵を己の力だけで破砕する。
「“聖気練磨”、“聖気鎧”、“聖気拳”」
体内で生成される聖なるオーラ。
それは五臓六腑を循環し、ナックルの体内で爆発的に増幅していく。
高まった聖気は体を包み込み、眩い光を放ち具現化していく。
鎧と籠手、それらは武骨なデザインでありながら圧倒的な存在感を示す。
解放されたその気がソウまで届き、少し懐かし気な表情を浮かばせる。
「聖気……勇者や聖女たちのような者か」
「うわぁ……何だよ、その役知りフラグ」
「かつて儂に挑んだ愚か者たちの話だ。奴らに関しては、抗うこともできずに死んでいった。……その力で、どこまでやれるのだ?」
「さぁな。だが、それでもやってみなきゃ分からないことってのもあるだろう? 今この瞬間が──そのときだ!」
聖気が足元で炸裂し、爆発による推進力でナックルは加速する。
だが、直接ソウの元へ向かうのではなく、周りを囲むように移動していく。
一歩一歩に聖気の爆発によるブーストを受け、死角を突こうとする。
「無理じゃよ。その程度の速度で儂を謀ることは……」
ソウは反射神経だけで動きを読み取り、目まぐるしく動くナックルを観察した。
自身は何もせず、ただナックルが攻撃を仕掛けるタイミングを把握する。
「いつまでも粘られると……こちらとしても厄介でのぅ。あと少しで動かぬのであれば、儂の方から仕掛けるぞ」
「! …………なら、行くぞ」
「うむ、かかってこい」
円を描くようにしていた軌道を変え、円の中心に突っ込む。
移動中、放出した聖気は一周する度に再度取り込んでいた。
それらは鎧への運用を計画されていたが、この変化に拳へ籠めることに変更される。
「──“聖拳崩撃”!」
溜め込まれた聖気は拳の中で圧縮され、純濃度の聖気が眩い光を辺りに照らす。
一撃に籠められた力が、人の形をした銀色のドラゴンへ向かっていく。
自信はあった。
勝利する気はほぼ失せていたものの、ほんの少し──皮膚に傷をつける程度であれば、与えることができると思っていた。
「甘いのう。聖剣が通らず神剣すら弾いた儂の体に、そのような拳が届くと思うでない」
「そ、そう簡単にはいかないよな……」
「分かっておるならそれでよい。では、始めようか──真の武闘を」
拳はあっさりと受け止められ、ナックルは動きを止められてしまう。
とっさに逃れようと足を回そうとするが、細い腕はビクとも動かない。
「謎は多い方が観客を盛り上がらせる。唐突にお主が死ねば、それはそれで歓声が上がるのだろうな」
「くそっ、離せ!」
「そうはいかん。一撃をぶつけられ、一撃で終わらせるこの矜持……求められたルールの中で、縛りを課すことが大切じゃろう?」
ゆっくりとナックルを拘束する手とは逆の手を上げ、その拳を大きく開く。
「これからもっと、精進するがよい。主様と違い限界はあるが、儂が殺した者たちが到達した高みはまだまだ上じゃ。これからも強くあろうとするならば、少なくともその程度までは届くじゃろぅ」
「……ハッ! 笑えないな」
「笑え。お主が望まずとも、主様はそうあることを望んでいる。だから主様は、お主ばかりに注目するのじゃ……くぅぅ、妙にたぎってくるでないか」
急展開で進む話の中、だんだんと雲行きが怪しくなっていることに気づくナックル。
「おい、ちょっと待──」
「高みを知れ! 儂の一撃は生物として最強であった『白銀夜龍』のモノ! それを受けてなお、生きていたと誇りに思え!」
「思えねぇんだよ!!」
心の底から叫んだ慟哭を、ソウは無視して背中をパンッと叩く。
それは背中を張り手で叩いた音なのか、それとも体が弾けた音なのか……
≪──しょ、勝者、ソウ選手です≫
≪お見苦しいところを、お見せしました≫
アナウンスの小さな声だけが、会場の中にやけに大きく響いていった。
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