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山田 武

偽善者と赤ずきん その10


 狼人はただ、お腹を満たしたかっただけなのです。
 ですが、それは誰にもできませんでした。

「……くそっ。やっぱり駄目だったか」

 狼人は、足元に落ちている赤いずきんを拾い上げ……感情のままに投げ捨てます。

 先ほど喰べられた少女でさえ、彼の果てしない【貪食】の前には一時的な快楽を与えることはできなかったのです。

「これ以上はもう……いや、だがなんとしてもやらなきゃなんね──」

 独りブツブツと呟いていた狼人ですが、自身の言葉に違和感を感じ、突然ピタリと硬直します。

「俺は、なんでこんなに腹が減ってんだ? 生まれた頃ぁ違ったはずだ。……生まれてきた頃? 最初……いや、俺はなんて名前で呼ばれていたんだっけっか? 思い出せねぇ、どれだけ絞ろうと自分の名前すら、思い出すことができねぇ。俺はオレはおれは……」

 自身の根源を求め、記憶を漁っていく狼人でしたが……ここで、救いの手が差し伸べられます。

『悩める狼人族の男よ、聴きなさい』

「だ、誰だ!」

 突然、頭の中に語りかけるような声が聞こえてきました。

 声の主を探し、所持するスキルを全力で使用しますが……声の主は見つかりません。

『私は運命を司る神──フェイティーノ。貴方の願い、私が叶えてみせましょう』

「……ハ?」

 その出会いこそ、この物語の終わりであり始まりでした。

  ◆   □   ◆   □   ◆

「ハァ、ハァ……。終わったん、だね」

 荒い息を落ちつけながら、赤ずきんは自身が起こした光景を見つめる。

 幻想的だった泉は、見る影もないほどに荒れ果てていた。

「もう、魔力なんて残ってないや」

 赤ずきんの中に秘められた膨大な魔力。 
 自身が扱えるその全てを精霊たちに分け与えたため、中にまだ魔力が有っても枯渇状態に陥っていた。

「みんな、本当に倒せたんだよね?」

 周りに居る精霊たちに問いかけると、辺り一帯に警戒網を張って異常が無いかを調べてくれる。

 精霊たちは、上位種が存在しない限り赤ずきんの味方となってくれるのだ。

「……うん、そこにいる狼男の反応は消えている。メル君も倒れているけど無事。終わったんだね、本当に」

 精霊たちは、この質問に肯定の意を知らせながら踊りだす。

「ふふっ。ちょっと、体を頼めるかな? 少し疲れちゃって……」

 少年と出会い、赤ずきんは一日とは思えない程に濃密な時間を戦い抜いた。

 それは肉体にも精神にも多大な疲労感を与え、困難を乗り越えた今赤ずきんを苦しめている。

 精霊たちに自身の守護を任せ、ゆっくりと瞼を閉じていく赤ずきん。
 揺らめく精霊たちとこれからどう接していくか……それを考えながら眠っていった。

  □   ◆   □   ◆   □

「……カハッ!」

 赤ずきんが一撃を放った泉から、だいぶ離れた遠いどこか……狼人は覚醒する。

 喰らった魔物から手に入れていたスキルによって、予め自らの複製体を用意したのだ。

「やっぱりだ、やっぱりアイツは至高の一品なんだ! 俺はアレを喰らえば、ようやく満たされる──」

「なんてこと、あると思うか? 無限の飢餓が、一人の少女の命一つで補える物だと……いつから錯覚していた」

「誰だ!」

 狼人が未来に舌なめずりをしていると、どこからか声が聞こえてきた。

 男……あとは何も分からない、不思議な声色だった。

 反射的にスキルを行使し、辺り一帯を索敵する……が、いっさい反応は感じられない。

「たしかにあの娘は今まで喰べてきた同一存在より、はるかに旨い。精霊たちを視ることができるようになって、飛躍的に進化を遂げたからな。──だが、それとお前が【貪食】であることに、なんの因果があるんだ?」

「煩ェ! とっとと正体を現せ!」

「答えられないか……一つだけ、ヒントとして質問だ。お前は女神を信じるか?」

「は、女神? いるわけねぇだろ、そんな使えねぇポンコツ。神が居るってんなら、俺はソイツを喰らって腹を満たせるだろうよ」

 狼人のその回答に、男は笑いを零す。

「ああ、そうだな。たしかに神が食材なら腹も満たされるかもな。なら、あの娘を食べたとして……その後お前は、どうするんだ?」

「知ったことか。俺は自由に喰いてぇもんを喰っていくだけだ」

「そうか、思考停止なのか」

 何かを知っていて、それを隠すその声の主にだんだんと怒りを湧き上がらせる狼人。

 だが次の質問に、そんな勢いは一瞬で消え失せることになる。

「テメェ、いい加減に──」

「なら、これだけ教えてくれ。狼男、お前の名前は何なんだ? そして、お前はいつからそんな風に腹を空かせているんだ? もしよければ、考えてみてほしい」

「俺の……名前……」

「そうだ。お前は矜持があると言っていた。だがそこに、食材の名前を覚えておくという決まりはない。そこが不思議だったんだ。なぜ、食事にこだわるお前がその重要な点を放置するのか……さぁ、教えてくれ」

「…………」

 分からなかった、思いだせなかった。
 自分がこれまでに歩んだ軌跡が、喰べた食材に関する記憶しか残っていなかったのだ。

 どれだけ記憶を漁ろうと、スキルを駆使して脳を弄ろうと──答えは出てこない。

「俺は……何者なんだ?」

「──なら、答えを見つけてみようか。起源ははるか昔、たしかに存在したはず」

「お、お前は──」

 耳元で聞こえた声、それは先ほどまでの奇妙な声とは違っていた。

「あのときの前菜!」

「では旅立とう、そう遠くない過去へ」

 何かをしていると気づき、抗おうとした時にはすでに遅かった。

 少年の腕が狼人の心臓を貫き、彼の意識は再び暗転したのだから。


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