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山田 武

偽善者と赤ずきん その02



 喰らう、食らう、クラウ、くらう……。
 狼人族の男は、常に腹を空かせています。

 何を食べても、どれだけ食べても、いつ食べても……結局すぐにお腹が空きます。

 しかしあるとき、あるモノを食べたその男は──満腹感を感じることができました。

 それ以降その男は、好き好んでソレを狙って食べるようにしています。

  ◆   □   ◆   □   ◆

 赤ずきんと少年は、二人で森の中を歩いていた。
 森の中はとても静かで、未だに魔物一匹現れていない。

「……変ね、スライムも現れないなんて」

「ボクの力に、きっと魔物たちが恐れをなして逃げているんです」

「まあ、それは心強い。でもそれなら、君より強い魔物は出てくるってことね」

「うぐっ……はい、そうです」

 冗談半分で交わされる会話。
 しかし、現に魔物は出現しない。

 ……何かがある、赤ずきんはそう思った。 
「約束は、覚えているかな?」

「はい! 危なくなったら、すぐに助けを呼ぶことです!」

「その通り。森の様子が少し変だから、気をつけて動こうか」

「しょ、承知しました」

 慌てて腰のベルトに挟んでいた木の棒を取りだして、少年は赤ずきんの前に出る。

「あ、危なくなるまで、ボクが守ります!」

 そう言って、一定距離を保ちながら進む。
 赤ずきんはそんな少年にクスリと笑いながら、ついていくのだった。

  □   ◆   □   ◆   □

 そんな様子を、一人の狼人が見ていた。
 ──お腹をグーグーと鳴らし、口から涎をダラダラと流しながら。

「あれが噂の赤ずきん……やっぱり、旨そうな匂いをしてやがるなぁ。隣りのガキは……チッ、なんだあの不味そうな匂いは。あれは調味料として使うか」

 鼻をスンスンと鳴らし、呟いていく。

「メインディッシュを迎えるには、まだ下準備が足りねぇなぁ。少しワリィが、アイツらには森で迷っていてもらうか」

 そう言うと狼人は自らの能力を使い、この場から消えた。

  □   ◆   □   ◆   □

「あれ? 誰か来るみたい」

「姫様、お下がりを」

 赤ずきんは、遠目に見える影に気づいた。
 少年が赤ずきんより先に気づかなかったのは、恐らく頭身の差が原因であろう。

 少年の視界には、ゆっくりとこちらに歩いてくる一人の普人・・族の男が見えてくる。
 二人もまた、警戒をしながら通りすぎようとすると……話しかけられる。

「こんにちは、赤ずきんちゃん」

「ご親切にありがとう」

「森の中を二人で……どこへ行くんだい?」

「おばあさんの所よ」

「籠の中には何が入っているんだい?」

「ケーキとワインよ。昨日焼いたの。おばあさんに、美味しいものを食べてもらいたくてね? 作ったの」

 ごくごくありふれた会話、それを赤ずきんは少しずつ警戒心を解いていった。

 男もまた、笑顔で会話を続ける。

「おばあさんの家は遠くはないかい? よければ、いっしょに行ってあげよう」

「大丈夫よ、誇らしい騎士様がいっしょにいますもの。それに家はここから1kmもしない場所、三本の大きな樫の木の下にあるわ。だから問題ないの」

 赤ずきんがそう答えると、よりいっそう笑顔を濃くした男。

 そこに少し不信感を抱く赤ずきん、だがそれを顔には出さず話を終わらせようとする。

「では、おばあさんの元に向かいますので、これで失礼──」

「おぉっ! そうだったそうだった。一つ、提案があるんだ」

「……なんでしょう?」

「赤ずきんちゃん、あそこを見てごらん。綺麗な花や可愛い小鳥たちがいる。なのに、君はそれに気づいていない」

「え? そんなものどこにも……」

 赤ずきんはおばあさんの元へ何度も通っていた。

 なので森の地形もある程度把握しており、男が指し示した場所に何もないことはとっくに知っていた……はずだった。

「嘘、どうして?」

 何もない、今までそう思っていた場所には男が言った通りの光景が広がっていた。

 太陽の光が木の間から踊り、綺麗な花々が一面に生える──そんな場所が。

「それはね、君がおばあさんの元に向かうために一生懸命だったからだよ。だけど、そうやって肩を張ってばかりだと疲れてしまうだろう。どうだい? 君の騎士様とともに、あそこで気を緩めてみては。笑顔で会いに行った方が、おばあちゃんも歓ぶだろうね」

 赤ずきんは考えました、確かにそうかもしれないと。

 まるで幻の霧にかかったような思考は、赤ずきんにそう答えを出させた。

「──ありがとう、言ってみるわ」

「お姫様!?」

「大丈夫よ、騎士様。見て、あそこに魔物はいないわ。あそこで綺麗な花を見つけて、おばあさんがもっと歓んでくれるようにしないといけないわね!」

 男に礼を告げると、赤ずきんは男が指し示したその場所へ勢いよく駆け抜けていく。

「ひ、姫様!」

 慌てて追いかけようとする少年。
 だが、後ろから冷え冷えとした声が、少年の耳に届く。

「おい、調味料クソガキ。お前は邪魔だ──死ね」

 鋭い爪が少年の首元に──届く寸前、少年の姿が掻き消える。

「何っ!?」

 慌てて周囲を探す男。
 すると少年は、赤ずきんの元に追いついて共に行動していた。

「チッ、何かのスキル持ちか。……まぁ、サイドメニューが増えたんだし、良いにしてやるか。それより俺は、今の内にメインディッシュの下拵えを始めねぇとな」

 そう言って来た道を引き返す男。
 彼の頭部には、狼の耳が生えていた。


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