AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と月の乙女 その19



 少女たちの戦いは幕を閉じた。
 途中悪魔の乱入もあったが、無事勝利を得たことに違いはない。

「クラーレ、負けはしたんだけどさ、結局俺が居る必要ってあるの?」

 霊呪の縛りも解け、メルからメルスへ姿を戻して問う。
 羽織っていたマントをどこかへ仕舞い、今はシンプルなジャージを着ている。

 どうしてこの世界でジャージ? と思う少女たちだが、メル(ス)だからということで自分を納得させてスルーした。

「ですから、罰です――」

「罰、罰ねー。シガン、本当に罰って必要なのものか?」

「騙されたって言えば騙されたんだけど、気づかなかったこっちも悪いしね。全員の気持ちを晴らすためにもああした演技をしていたけど、特に必要ないと思うわよ」

「シガン!?」

 思いがけぬシガンの意見。
 メルスが大悪魔と闘っている間に何度も説得していたのだが、それでもこうした言葉が出るとは思ってもいなかったクラーレ。

「いい、クラーレ。私たちが会ったのが、メルスみたいな奴だったから良かったけど……もし、レッドプレイヤーみたいに悪いことを考えている人だったらどうしてたの?」

「その場合、シガンを救ってくれることもわたしたちの世話を甲斐甲斐しくやってくれもしないと思うんですけど……たしかに、こんな風になることはありませんか」

 ちなみにこの仮定は全く役に立たない。
 メルスがノゾムとしてクラーレに出会い、呼び出す結晶を渡したからこそこの日が訪れたのだ。
 出会う、それだけならば仮定も成り立つかもしれない。だがその者に彼女たちに関わることはできなかっただろうし、侵蝕されたシガンを止めることも難しい。

「…………そうね、そもそも無理な話だったわね。けど、メルスが悪人で何か目的を持って私たちに近づいて来ていたら? 偽善、とかわけの分からないことを言っているけど、実力は本物。その気になれば私たちぐらいどうとでもなったわ」

 ひどいよ、と落ち込むメルスを一瞥してクラーレは考える。
 本人を目の前にすると、そんなことしないと分かってしまい頭が回らない。
 もしメルスが悪人で、自分たちに何かをしようとしたら……間違いなく、抗うこともできずに蹂躙されるだろう。先ほどまでの戦いはそれを確認するためでもあった。
 一番の理由はメルスがどれだけの力を持っているかを調べるためだったが、そうした考えを有しているかを見るためでもある。

 人間は極限まで追い込まれたとき、その人の本性が現れるとされる。実際、メルスもある意味素が出ていた。

「仮定の話は関係ありません。わたしを助けて、シガンを助けてくれたのはメルでありメルスです。善人じゃなくて偽善人でしたが、それでもわたしたちの益になることばかり、してくれました」

 メルの頃から、一度も嫌がられるようなことはしていない。
 望まれれば、できる限り贅を振る舞った。
 嫌われれば離れることになる、メルスはそう思っていたのだから。

「……ハァ。なぁなぁで済ませるのはよくないんだけどね――どうする?」

「別にいいんじゃないの」
「普段はメルちゃんでいてほしいけどね」
「あの『譎詭変幻』がともに居るのは、なかなか心強いものだな」

 ノエル、コパン、ディオンは概ね肯定派であった。特に悪いことをしたわけでもなく、ただ見た目を偽っただけである。
 そもそもゲームでどのような容姿をしようとプレイヤーの勝手であり、本来はありえないTSをしたプレイヤーと遭遇しただけ。
 彼女たちはそう考えていた。

「…………」

 メンバーの中でまだ意見を上げない最後の一人、プーチは沈黙を貫く。メルスの方を見ようともせず、ただ目を伏して黙っていた。

「プーチ……その、嫌なの?」

「…………嫌、男は嫌」

 彼女たちは、プーチの過去に何があったかいっさいしらない。ただ男性を嫌っていることはだけ、出会ったばかりの頃から把握している。
 だからこそ、今この場にいるメルスに不快感を抱くプーチ。メルとしている頃はとても仲が良かった二人ではあるが、メルスは覚悟の上で彼女との縁を結ぼうとしていた。
 しかし、プーチにはそんな覚悟も何も存在していない。

 それが、現状を引き起こした原因である。

「とりあえず、メルになるか」

「メルス、どうにかなるんですか?」

「さぁな、でもこれからもこういう雰囲気でい続けるのはプーチも疲れるだろうし……話し合いで済めばいいんだけど」

「…………話すことなんてない」

「俺――いいや、私にはあるの。ちょっとだけいっしょに来てもらうよ」

 メルはそう言うと、魔法を使ってプーチだけをこの場から連れ去る。

 消える寸前、メルは彼女たちに小さく笑っていく。それを見た彼女たちは、不安などどこかへ消し飛んでいた。

「メルなら大丈夫、これまではそう思っていたわよね」

「メルスでも変わりませんよ。偽善っていうわけの分からないことをやる人ですが、聞いた限り悪いことはしていないようですし」

「ふむ、そもそも偽善とはどういう意味だったのだろうか」

「確か……本心からじゃない良心的な善行のことだったわね」

「あれ? それじゃあメルス君の偽善ってもしかして……」

 そう、メルスの偽善とは真の意味の偽善とは異なる。そこにどんな意味があるのか――彼女たちはまだ知らない。


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