AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と月の乙女 その13



 腹から杖を生やした大悪魔。
 武技として生まれた光属性と魔法によって生成された聖属性の力が、体の内部から大悪魔をころそうとしていた。

(……おかしい。相手は格上、なのにこうもあっさりと通用するはずがない)

『っ! 危ない、すぐに避け――』

「遅いさ、何もかもね」

 後ろから様子を窺っていたシガンが慌てて警告したものの、クラーレが反射的に回避行動を選択しても、それは不可避だった。
 突如クラーレは、上半身が揺らされるような衝動を感じる。
 胸の辺りが熱く滾り、ゆっくりと冷えていくような感覚。

 ゆっくりとその感覚がする場所を見てみると、そこには大悪魔の手が刺さっているのが確認できた。
 ――真っ赤な、彼女自身の血とともに。

「容赦はしないさ、始めに言っただろう? 恐怖と絶望を与えると。霊化現象の秘密は分からなかったけど、それならこの杯に願えばいいのさ――彼女を逃がすな、とね」

 大悪魔はこのとき、錫杖も大剣も持っていなかった。
 黒塗りの禍々しい絵が彫られた――はい
 所々に錫杖や大剣にも付けられていた、さまざまな色の装飾が施された妖しく光る杯であった。

「"形状変化――欲望の聖杯"。代償と引き換えに、持ち主の願いを叶えてくれる便利な代物さ。これを使わせたことに、ボクは最大限の喝采を与えよう。お礼は君の魂とお友達の恐怖と絶望。それで充分さ」

 誰かが、目を疑った。
 誰かが、息を呑む声がした。
 誰かが、彼女の名前を呼んだ。
 誰かが、思わず視線を逸らした。
 誰かが、声にならない叫びを上げた。

 誰かが――諦めずに棒を握った。

「"ホーリーバースト"」

 白い閃光が大悪魔の体内で発生する。
 だが、大悪魔は涼しい顔をしてそれを行った少女を憐れむ。

「まだ諦めないのか。これだから人間は、自分の立場を理解しないで、いつまでも足掻いて喚いて面倒臭い」

「う、うぐぅぅ」

「助けの彼は、何もしていない。ボクのこれは彼の想定内みたいだ。いいのかい? お友達の皆さん。彼女……本当に死んじゃうよ」

 本来、プレイヤーは出血しない。
 倫理コードによって、血は光る粒子に加工処理されてプレイヤーの視界に入る。
 しかし、吸血鬼などの一部種族や(解体)などのスキルの持ち主の場合、一部倫理コードが解除されることが決まっていた。

 詳細は省くが、要するにプレイヤーでも血は流す。
 そうした倫理コードが解除された者に干渉された場合、一時的に解除していない者も強制的に解除されてしまうからだ。
 なので、クラーレの体から血が出ることは絶対にありえないことではない。
 ――ただし、彼女はそうした条件をまだ満たしていないはずだった。

『あの悪魔が持つ聖杯とやら……あれが倫理コードも解除しているのね』

『え? それじゃあクラーレは今――』

『生身と同じ状態、それであそこで血を流しているのよ』

 大悪魔が握る聖杯は、異世界からの来訪者プレイヤーにも通用した。
 神に創られた肉体アバターだろうと、大悪魔程の存在が願えばこの地に縛り付けることが可能であった。

 大悪はズボッと体から手を抜いた。
 グラリとふらつきながら距離を取るクラーレを、大悪魔はただ黙って見守る。
 クラーレは体から溢れ出る血液を見て、ふとあることを思った。

(ああ、だから増血の魔法があるんですか。こうして血が抜けるプレイヤーにも、自由民にも使えるように)

 ポーションで癒せるのは肉体の異常のみ、足りなくなった血を補うことはできない。
 自分がまったく使わなかった魔法にも、こうして使う時があるんだと感じる。

 しかしすでに魔力は尽きており、使い時を迎えたその魔法も発動できない。
 彼女はただ、自身が死ぬ瞬間を待つことしかできなかった。
 ――彼が、何もせねば。

「やはり君か、せっかくだから全力で抗わせてもらおうじゃないか。君との戦いに捧げる供物は、しっかりと君自身に受け取ってほしいからね」

「──要らないさ。クラーレには居るべき場所があり、帰る場所がある。俺はただ救うだけで、彼女自身は後ろの仲間と楽しい日々を過ごすさ。偽善者はお礼を受け取らない主義なんだよ。だから、お客様からの贈り物は事前に遠慮しておくのさ」

 そう大悪魔に話すメルスは、一具の弓矢を握り締めていた。
 白と黒で装飾された、神々しくも恐ろしく感じる2m程の長弓。

「どこにいても何人だろうと、どんな奴でもどんな問題からでも救ってみせる――それこそが、偽善者オレがこの弓に誓った思いだ。大悪魔、お前にそれを打ち破るだけの、ナニカがあるのか?」

「……バカバカしい。圧倒的な力の前に、思いも願いも誓いも期待も信頼も崇拝も、何一つとして意味を成さないんだよ! どれだけ想おうと、避けられない運命には勝つことができないんだ!」

 激しく憤る大悪魔。
 彼は知っていた、純粋な夢すら砕く現実の残酷さを。かつて出会った一人の少女が、彼にそれを教えてくれたから。
 故に抗い──封印された。
 そして解き放たれた今、大悪魔は動く。
 小さな遺志を受け継いで。

 しかし、目の前の偽善者が立ち塞がる。
 二度と後悔しないよう、決別の儀を行おうとしていたこのタイミングで。

「そうあつくなるなって、今回の話は至って簡単に解決できる話だ。俺が全ての責任を取って誰も死なせずに救う、それだけさ」

 矢をつがえると、流れるような手順で弓を上空へ向ける。
 膨大な量の魔力が矢に籠められており、その一撃が自身をころせるものだと直観的に大悪魔は理解した。

「いいのかい? ボクを先に殺そうとしたって、彼女の死は変わらないよ? それとも、その矢で彼女を救おうってのかい? させないよ。むしろそれを失敗した時、君がどんな顔をするのか……嗚呼、ゾクゾクしてきよ」

「やれやれ、悪魔ってのは言葉も聞かない種族だったのか。ご老人は、まだ話が分かる方だったんだが……」

 弓を構えたまま器用に肩を竦め、メルスは言う。

「誰一人死なせずに救う、俺はさっき言ったはずだ。だから、これで証明してやる――偽善者の善行ってヤツをさ」

 番えた矢を解き放ち、上空へ飛ばす。
 天井近くまで向かっていくその矢は、弧を描くようにして地に落ちる――降り注がれる流星群のように。

「――"救いの矢"」


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