AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と熊さん



 ついにわたしたちは最奥へ辿り着きます。
 地形的にはわたしたちが入って来た入口と反対側、そこがステージのように盛り上がっていて……一体の魔物が、わたしたちを待ち構えていました。

 黒い靄を身に纏った熊――その魔物は象よりも巨大な体でわたしたちを見下してます。
 闇泥狼よりも黒い闇……それには少し、怖さを感じる程です。
 よほど強いのか(鑑定)の効かず、詳細を知ることはできません(なのでとりあえず熊さんと呼びましょう)。


『よく来たな、祈念者よ。ここまでの長旅ご苦労だった、さぞ肥え太ったのだろう』

「ふ、ふふ太ってなんかいません!」

『……ますたー、レベルのことだよ』


 メルちゃんに言われて気づきました。
 確かに、ここまでに倒してきた魔物はどれも強敵ばかりでした。
 それを倒していけば、わたしのように誰でも高レベルになれます。


『本来ならば、迷宮が消失時のエネルギーを吸い上げるのだが……まさか、直接この場所に来れる者が居るとはな』

『ふふんっ。ますたーなら、余裕だってことだよ!』

『そうかそうか。貴様は……召喚獣か。お前もかなり溜め込んでいそうだな』

『さーてね、どうでしょう』


 メルちゃんは自信満々で熊さんを挑発しています……いえ、メルちゃんなら、そんなことをしても大丈夫なんでしょうけど――


『ますたーは最強だから、私が手を貸さなくてもお前なんか一発だ!』


 メルちゃーん! な、何を言っているんですかー!!
 戦うのは、わたしなんですよー!?


『ほ、ほぉ? い、言ってくれるではないか小娘が。ならば貴様のご主人様を、お前の目の前で八つ裂きにしてやろうか?』

『え? できると思うの? むしろ、お前はますたーに木端微塵にされるんだよ』

「め、メルちゃん? そ、それはその……難しいというかなんと言うか……」

『なるほど、つまりできるということは否定しないのだな』

「!? そ、そうじゃなくてですね、あの、わたしはただ、普通に――」

『さぁますたー、私に魅せて! ますたーのカッコイイところを!』

『言ってくれるではないか。お前のご主人様の代わりに、俺様が恐怖と絶望を与えてやろうではないか!』


 話を……話を聞いてくださいよ!!
 聞いてもらえない話の流れによって、覚悟も決まらないまま戦闘が始まりました。



 熊さんは強いです。
 ゴーレムやパペットに通用した攻撃は殆ど効かず、防戦一方となっています。


『フハハハハハッ! どうしたどうした! そんな弱っちぃ棒捌きじゃあ、いつまで経っても俺様を倒すことはできねぇぞ!』

「こ、これは……少し、キツイですね」

『そりゃそうだ! 俺様には偉大なるお方の加護が与えられている! お前ら祈念者が何度蘇って挑もうとも、俺様を倒し切ることは絶対に不可能だ!』


 熊さんに纏わりついている黒い瘴気のような靄、それが熊さんを強化……いえ、狂化させているのでしょう。
 アレを纏った攻撃は、普段よりも回復するために必要な時間が多くなります。
 逆に、熊さんはアレを纏うことで再生力を高めており、どれだけ攻撃を与えようと、すぐに反撃されてしまうのです。
 浄化なども試してみましたが、黒い靄は全く消えません。


『ほらよっ! とっとと吹っ飛びな!』

「う、うぐっ――」


 熊さんの剛爪が振るわれ、わたしはボールのように簡単に飛ばされてしまします。
 寸前で棒の長さを変えて防ぎましたが、靄のせいでなかなか痛みが引きません。

 熊さんは余裕そうな顔で、何もしないで見ていてくれたメルちゃんに話しかけます。


『おいおい小娘、このままだとご主人様がやられちゃうぞぉお? 本当に、見ているだけでいいのかぁあ?』

『……え? なんで?』

『な、なんでって……この状況を見ても分からねぇのか!』

『うん、ちゃんと見てるよ――お前がゆっくりと、ますたーに倒されている姿をね』

『ハ? ……馬鹿な奴め、あまりのピンチに頭が壊れちまったか』


 いえ、そうではありません。
 メルちゃんはわたしがやっていることを正確に理解して、信じてくれているのです。
 ただでさえ、一瞬で済むこの戦いを譲ってくれたメルちゃん。
 頼んだ通り補助もいっさいせず、わたしがこの戦いで何を示すか、それを見届けてくれています。


「――なら、わたしが応えないわけには……ゴホッ、いきま、せんね」

『痛いんだろ? 怖いんだろ? 逃げたいんだろ? 祈念者は死ねば逃げられるんだ、お前はどうしてここから逃げないんだ?』

「約、束……しましたから。勝って、勝ってみせるって……」


 残ったMPで(回復魔法)を使い、傷付いた体を動かせるまでに修復します。
 動くことさえできれば、熊さんを倒すことができますから。


『ふざけるな……ふざけるなァアアアア!!』


 熊さんから今まで以上に靄が生まれ、全身がそれに包み込まれていきます。
 既に残っているのは原形だけであり、濁った赤い瞳を爛々と輝かせています。


「終わりにしましょう、それが貴方への祝福となります」

『ゴガァアアアアアアアアアアアアアッ!!』


 言葉も話せない程に狂った熊さんは、全力でわたしの元へ駆けだしています。
 回復したMPの内、ほんの少しを視力に回し、動きを捉えて棒を構えると――


「ハァアアア! ――"羅旋瞬突"!!」


 棒を全力で伸ばして熊さんに放ちます。
 武技によって強化された一撃は、回転力によって黒い靄ごと熊さんを少しずつ削っていきます。


『グゴァアああアアああアああ!!』
「負、けませぇえええええええん!」


 残る全ての力を放ち、全力を超えた限界を絞り出した一撃。
 目の前が少しずつ暗くなっていくわたしの耳に入った最後の音は、パキッと何かが砕ける音でした。



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