AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

偽善者と赤色の紀行 その02



(……あれは、一体……)

「強い想いに誘われて、西へ東へ異世界へ。例えそこに何が在ろうと、そこに強き願いがある限り、そこに参上――偽善者現る!」

(ぎ、偽善者……)

 少年の前に現れた者は、そう名乗りを上げてホブゴブリンの後ろからやって来る。
 見た目は平々凡々の男、これといった特徴も無く、だからこそ少年の目にはその者――偽善者が強く印象に残った。

「……おいおい、いつもお前らはそれしか言わないな。一応でも話す口があるんだから、偶にはインテリジェンス感溢れる言葉を言ってほしいもんだな」

(い、いんてり? それに、もしかしてコイツに話しかけてるのか? 魔物も言葉を話せたのか!)

 知らない言葉や知らない知識、少年は新たな何かをこの一瞬で学び続ける。
 少年はいつしか、目の前で棍棒を構えたホブゴブリンに恐怖を感じなくなっていた。
 偽善者の余裕が少年の中で不思議と安心できるものだと認識され、少年も気付かぬ内にそうした負の感情を抑えているのだ。

 しかし、そうであろうと少年の危機的状況に変わりない。
 今もホブゴブリンは、棍棒を振り下ろそうとしているのだから。

「ま、とりあえずそこから離れてもらうぞ」

 偽善者はそう言って、パチンと指を擦り合わせて音を鳴らす。
 すると、少年の前にはホブゴブリンではなく偽善者が、偽善者の居た場所にはホブゴブリンが立っていた。

「ほらほら、俺が来たからにはコイツに喰われることは無くなったぞ。ほれ、とりあえずこの薬を飲んでくれ。無駄に美味しい味にしてある……って、自分で飲むのは無理そうだな。流し込むから、味わってくれ」

(……あ、美味しい)

 偽善者に流し込まれた薬は、少年が今までに食べたどの甘味よりも甘く、それでいて少年の舌に丁度よい旨みを感じさせた。

(……熱い。全身が燃えるように。あれ? 全身から感じる? ……あ、治ってる)

 偽善者が飲ませたポーションによって、少年の負傷は全快する。
 本来のポーションでは、傷を修復するのが精一杯なのだが……少年は今までポーションの存在を知らなかったので知る由もない。 

『……飯、遠く、オ前、邪魔――殺ス!』

 ホブゴブリンは自分の身に起きたことに少し戸惑ったものの、直ぐに意識を殺意に集中させて偽善者へと向かう。

『飯飯飯飯飯飯飯飯飯飯ーーーッ!』

「……お前ら、思考が同じだよな。殺すって言った奴に言うセリフじゃないぞ」

「あ、危ない!」

「大丈夫大丈夫、任せておきなさいな」

 ホブゴブリンが棍棒を大きく振り被り、偽善者の内臓を狙って横に払う。
 偽善者はそれを見切り、前転をしてホブゴブリンの足元に移動する。

「まずは――"蹴り上げ"」

 地面に手を突いた勢いを使い、逆立ちをするようにして顎に後ろ蹴りを行う。
 脳を震盪され、棍棒を振るうことのできなくなったホブゴブリンは、そのまま宙へと飛ばされた。

「次に……というか止めに――"踵落とし"」

 偽善者もまた地面を蹴って空へ駆けると、ホブゴブリンの上を取る。
 そして片足を空高く掲げ、そのまま脳天に打ち下ろす。

「ゴーメンクダサーイ!」

 やけに高めの声でそう言うと、そのままホブゴブリンと共に大地に戻ってくる。
 突然不思議なことを言いだす偽善者に戸惑うが、少年はそれでも偽善者の目をジッと見つめる。

「……さて少年、少し話をしようか。君の願いを、本当にしたいことを言ってくれ」

 偽善者は少年の前でしゃがみ、ニコリと笑みを浮かべる。
 ……ただ、少年にはそれが、とても歪んだ笑みに見えたらしい。

◆   □   ◆   □   ◆


 ホブゴブリンを地面に叩き付けた後、恢復させた少年の願いを訊いてみた。


「――つまり、友人の病気を治そうと薬草を探しに来たけど、ホブゴブリンに襲われて死にかけたってことか」

『はい……というか、もう貴方が来なかったら死んでしました』

「だからこそ俺は来た。俺が来なくとも、お前が動かずとも、世界は変わらず動いてる。お前は本来ここで死ぬのが運命だったんだろうな」

『……そう、かもしれない。神に祈っても、悪魔に縋っても何も起きなかった。ただ死にたくないと心から思ったら、貴方がここに現れた』

 この少年、まだ七歳らしいのだがこの冷静さ……異世界って凄いな。
 そう、神に願っても結局戦うのは自分だろうし、悪魔に縋っても対価として絶望が訪れただろう。

 その点、偽善者は好いぞ。
 自分に利があると分かっていれば、どんな願いだろうと叶えてくれるんだからな。
 ……ま、絶望の代わりに切望が必要なんだけど。


「そう、願いは純粋でなければならない。少年はあの時、生を渇望した。俺の偽善は一度きりじゃないからな。最初にお前を救って、次にお前の行動目的を手伝ってやるんだ」

『……なら、ボクはすぐに友人を救ってもらいたい。そうでなくとも、時間が欲しい!』


 友人とやらの病気、死に至るのはまだまだ先らしいが体が麻痺していくらしい。
 手が痺れ足が痺れ、最後には心臓が痺れて死ぬ……そんな病気とのことだ。

 一刻も早く友人を望む形で救うには、すぐに完治させるか病気の進行を食い止めるのがベスト。
 薬草を俺に採って来てもらい、薬として友人に呑ませる時間も無いのだ。


「……とりあえず、お前の友人の元に案内してくれ。魔法で友人の時間を止めて、病気が進行するのを食い止める」

『! あ、ありがとうございます!』

「礼なら全部が解決した時にしてくれ。それより、今は早く頼む」

『は、はい!』


 少年の誘導に従って、俺は少年の住まう村へと移動した。



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