AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します

山田 武

04-41 撲滅イベント その19



 今なお、亜竜の口内では敗北を誘う死の光が生みだされている。
 周りには俺の女たち、そしてニクスが倒れている……が、全員は助け出せない。

 おまけに“光迅脚”や“光迅盾”が使えない以上、散らばって倒れる彼女たちの中で、救えるのは──たった独り。

 俺は、どうすればいいんだ!

『──何を言うか、お前にはもう分かっているんダロウ?』

 先ほども感じた、脳裏に過ぎる声。
 希薄だったときとは異なり、より鮮明に、よりはっきりと内容が認識できてしまう・・・・・・

「お前は……いったい誰だ」

『おいオイ、今までいっしょに生きてきただろうに──俺はお前で、お前は俺ダヨ。……さっきの話だが、誰を助けるのか決まっているはずダ。どうしてさっさと動かナイ?』

「選べるはずがないだろう! アイツらは俺の女、守る義務があるはずだ!」

『……ふーん。お前、本当にそう思ってるのカ? 本当はアイツらは見捨ててもいいと、心のどこかで思っているんじゃないカ?』

 スッと頭に沁み込む、その声を振り払うように体を振るった。
 そうでもしないと、どんどんその考えに蝕まれそうな気がして。

「そんなこと、思っているはずが……」

『隠すなっテ。俺はお前ダ、すべて分かる。お前はこう思ってイル──「アイツらには後で誤ればいい、今はあの女──ニクスを助けて好感度を上げるべき」っテナ』

「…………」

 図星だった。
 だからこそ、沈黙する。
 これ以上はいけない……しかし、声はさらに俺の奥深くへ──

『認めろヨ。それが【傲慢】で【強欲】なお前の本性ダロ。お前は【勇者】、そしてここは仮想の世界……本当に望んだ力を、解放してミロ──欲望の限りナ』

「そう……だな。なんで俺が、こんな目に遭わないといけないんだ。悪いのは【魔王】、悪いのは運営、悪いのは世界だ。俺は俺のやりたいようにやればいい、アイツらには……あとで謝ればいいだろう」

 今はニクスを救うことだけを考えて、行動するべきだろう。
 あの亜竜、そして【魔王】は俺の経験値になるんだから光栄に思えばいい。

 行動を決めたので、すぐに俺はニクスの下へ駆けつける。
 もっとも俺から遠い場所に居るのだが……そんなことは関係ない。

 なぜそうなっているのか、どうしてこんな状況になっているのか、そもそも……あの声はいったいどうして、このタイミングになってから聞こえてきたのか。

 それらすべてに、今の俺は気づくことができなかった。
 ……もし気づいていたならば、俺がああなることは無かったのだろう。

          ◆

 俺からニクスまでの距離は、全力で走ってギリギリというところ。
 能力値に物を言わせ、走り抜けてどうにかその場所まで辿り着いた。

 亜竜は間もなく、充填を終えて『息吹ブレス』を吐き出すだろう。
 覚悟を決めた今、耐え切ることは可能……だが、それではえない。

「今なら……いけるか?」

 先ほどから感じていた、過ぎったナニカと共に胸の中から漏れ出した黒い思い。
 それはなぜか、魔力のようにエネルギーとして使えると感覚的に理解できた。

 一流のプレイヤーになれば、魔力操作ぐらいは簡単にできる。
 意識的にその黒い部分を掬い上げて、使えないはずの能力を使う。

「──“光迅盾”!」

 手の先から、慣れ親しんだ盾が生まれる。
 おそらくそれは、俺の思い……隠さなくていいか、欲望を糧に生みだされたモノだ。

 だからこそ、強く思えば思うほど盾の強さは堅固になる。
 ……逆に言えば、この状況で欲望を高めないと、盾はどんどん光に侵食されていく。

『どうしタ、欲望が足りないゾ? もっと燃やセ、もっと願エ──お前の欲は、所詮邪魔者に阻まれる程度なのかヨ!!』

「言ってくれるな……なら見せてやる、これが俺の、本気の欲だ!」

 ニクスを頭の中に思い浮かべ、思うままに支配する光景をイメージする。
 綺麗な女だ、だからこそ……俺が支配するに値するのだ。

 そうして考えれば考えるほど、黒い力は無尽蔵に製造されていく。
 すると盾は──真っ黒に染まり、息吹を容易く跳ね除けるように。

『だガ、まだ足りナイ』

「くっ……」

 黒い力は欲望を糧にしている。
 だが、本来“光迅盾”に使うことが想定されていないのか……それを使うようになってから、魔力がどんどん減っていた。

 亜竜の息吹はまだまだ続き、その勢いに衰えは感じられない。
 逆に黒く染まった盾は、少しずつ元の脆弱な光の盾に戻ろうとしていた。

 焦燥は心の隙を生み、黒いナニカがそれを埋めていく。
 より根強く、根深く沁み込む言葉は……俺にとって福音となる。

『欲望ヲ、解放シロ。思いを吐ケ、想いを露セ。声を出セ、声に出セ──解キ放テ!』

「俺は……俺は──すべてを手に入れる!」

『そうダ、吐露シロ!』

「物も力も……女すらも、すべて手に入れて見せつける! 俺こそが勝者、俺こそが最強なんだ──こんな亜竜に負けるわけがない、俺には圧倒的な力があるんだからなッ!!」

 再びぶわっと光の盾は黒に呑まれ、その純度を高めた。
 今や純黒と呼べるほどに染まりあがった盾は、息吹を逸らすのではなく……呑み込む。

 亜竜の息吹を俺は凌いだ。
 呑み込む力は止まることなく、延々と続く猛攻を物ともしなかった。

 すべてが終わったとき、俺は辺りを見渡した──ニクスは、俺の後ろにいる。

「……他はみんな、死んだか。アイツらは死に戻りしたな──まあ、別にいいけど・・・・・・

『ハッ、ずいぶんト黒く染まったナ。けド、だからこそ使えるゾ、誰もより強くなれル、最強の魔法ヲ』

「教えろ」

『いいゼ、心の赴くままに詠エ。これは堕落なんかじゃナイ、栄光へ続く鍵ダ』

 よく分からないことを言うが、それは今さらだろう。
 重要なのはその魔法とやらの力で、俺はより強くなれるということ。

 亜竜もすぐに息吹を吐き出した疲労から回復し、俺を殺そうとするはずだ。
 防ぐだけならともかく、攻撃にも闇を回せない以上──それを使う他ない。

          □

「──落ちろ、墜ちろ、堕ちろ」

 俺だけに捧げられた、世界への宣誓。

「──光を歩みし者へ、踏み外した先には混沌を」

 心のままに詠唱していると、勝手にこの魔法に関する情報が流れ込んでくる。

「──闇を進みし者へ、彷徨うそこには無秩序を」

 本来【勇者】とは外すことのできない職業で、ある使命を課せられるらしい。
 それは就いた奴によって違うらしいが……俺の場合は、運営の駒。

「──遍しモノは停滞し、安寧を望み未来を失う」

 それが嘘か本当か、実際のところは不明。
 しかし心当たりはある……わざわざ初期に【勇者】を与えたのだから、思惑の一つや二つあったのだろう。

「──なればそこに、種は芽生える」

 だが、そんなこと知ったことか。
 俺は俺のやりたいようにやるだけだし、誰の指図も聞く筋合いはない。

「──総てが欲望、望むは終息」

 この魔法はすべてを塗り潰す。
 課せられた使命も、本来の運命も、俺自身の在り方も……。

 正しい道を踏み外し、堕落した【勇者】に与えられたその魔法うたの名は──

「終わりの先を今ここへ──“万象堕落”」

          □

 体から力が湧き上がってくる。
 これまでは意識して使わねばならなかった黒い欲望の力を、今では呼吸するように簡単に使えるように。

「今ならすぐに殺れるな」

『ギャァアアア!』

「雑魚が──“闇迅脚”」

 その場で咆えていた亜竜に、新しく獲得した力を試す。
 これまでのように勢いよく踏み出すのではなく、影踏みの要領でとんっと蹴る。

 それだけで──俺の視界は亜竜でいっぱいになった。

『ギャッ!?』

「遅い──“闇迅剣”」

 剣に黒い靄が纏わりつくと、鱗をバターのように斬り裂く切断力を得た。
 代わりに破邪の力を失ったようだが……代わりに威力が上がっているから充分だ。

『ギャァアアア!』

「うるさいな──“三連撃トリプルアタック”」

 剣を素早く三回振るう武技で、より深く亜竜の体へ傷を付ける。
 どうやら状態異常も発生させるようで……今の攻撃で『狂乱』が付与された。

「っと、また息吹か……ちょうどいい」

『ギャァアアアアアアアッ!!』

「おらよっ──“闇迅盾・吸収アブソーブ”!」

 状態異常の名の通り、狂ったように吐き出した魔力を前に──俺は掌をかざすだけ。
 これまでと同じように生みだされた盾、しかし今回は絶対的な自信を持って構えた。

 純黒の盾が一度目の息吹を飲み込んでいたが、あれは真の意味で呑み込んではいない。
 だが、先ほどの魔法で俺は【勇者】という縛りから外れた。

 その結果、【勇者】が【堕勇者】となったのだが……別にどうでもいい。
 重要なのは力を得たこと──吸い込んだ魔力を、今なら自在に操れる。

 盾はその闇を広げ、俺を包む膜となった。
 亜竜の息吹はそこに触れた途端、攻撃性を失いただの魔力となる。

「返してやるよ──“闇迅盾・反転リバース”!」

 それを今度は俺のモノとして使い、そっくりそのまま返却した。
 闇色の膜は亜竜の形を成し、息を吸う挙動から黒い魔力の塊を吐き出す。

『ギャ──ッ!』

「俺に逆らうからこうなるんだ。さて、レベルは……チッ、上がらないか。それぐらい寄越せよな、ケチ臭ぇ」

 目の前に展開された扉、ニクスがふわりと浮かび上がるとその中へ運ばれていく。
 ……ゲームクリアか、今の俺の力なら何でもできる。

「終わらせようぜ、【魔王】」

 ここで感じた憂さを全部、アイツにぶつければ少しは晴れるだろうよ。


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