AllFreeOnline〜才能は凡人な最強プレイヤーが、VRMMOで偽善者を自称します
01-32 第一回闘技大会 その04
◆ □ ◆ □ ◆
そして迎えた決勝戦。
その者──【断罪者】の職業を持つ者は控え室の中で装備の最終チェックを行う。
対戦相手である『模倣者』こそが、あのレイドボスを倒した輩──それは“空間壁”の詳細を暴いた本人だからこそ、よく理解していた。
「……けど、まだ不確定要素が多い」
断罪者にとって、鑑定結果に見えない部分があることは驚愕だった。
それはAFOを始めてから初めての出来事であり、今までに見抜けないものなど一つもなかったのだから。
あの出来事以来、断罪者は修練を重ねて新たな力をいくつも手に入れた。
それでも、明確な勝利のイメージが浮かばずに苦悩する。
「僕には使命があるんだ。決してあんな奴に邪魔されるわけにはいかない……負けるちゃ駄目なんだ」
この後断罪者は何かに憑りつかれたようにブツブツと呟いていく。
──すべては断罪のため、と。
≪さあ、いよいよやってきました決勝戦! 皆さんが待ち望んだ闘いが今ここに──これまでの戦いすべてで初撃必殺の【断罪者】と闘いすべてで能力を摸倣してきた『模倣者』の二人……はたして、勝つのはどっちか!? ちなみに、今回は魔戦士のようです≫
断罪者と模倣者は舞台の上で相対する。
外套を被った模倣者の見えない顔の辺りへ断罪者はジッと目を凝らす。
そこに見るべき何かがあるのか、逸らすことなくただひたすら凝視していた。
(え、何? そういうスキルなの? むしろそうであってくれ!)
見られる側も溜まったもんじゃない。
外套を深く被ることも今さらできず、ただただ試合が始まるその瞬間を待望する。
……相手が自分が男であることを見抜き、熱い眼差しで臀部を見ていないと激しく祈りながら。
(腰に剣を差してるし、剣士タイプか? でもたしか魔法も使うって言ってたよな……誰が言ってたかはしらないけど)
逆に、偽善者もまた断罪者を外套の中からコソコソと確認する。
黒髪をした中性的な少年、顔立ちが良いことに若干の嫉妬を覚えつつも冷静に解析を進めていく。
≪運命の決勝戦──試合開始!!≫
あ、救われた。
ある程度断罪者のことを調べ終えてやることの無くなっていた模倣者は、開始宣言を聴いてそう思うのだ。
試合の始まりはとても静かなものだった。
張り上げずとも声が届く範囲へ、断罪者がゆっくりと近づいていく。
それは模倣者から見てもとても友好的な声で、闘う前とは思えない雰囲気だった。
「あの……少し、お話しませんか?」
「このタイミングでか。まあ、別にいいが」
中性的な高い声で、断罪者は尋ねる。
「それじゃあさっそく──貴方はいったい、いくつ固有スキルを持っているんですか?」
「いきなりぶっちゃけた質問だな! 数は五つ。最初の魔法とコピーしたスキル、それにコピー用のスキルだ」
ツッコミを入れながらも、笑みを浮かべて質問に答えていく。
友好的に振る舞ってくる相手なら、ば自分もそう向き合う──そう決めていたからだ。
断罪者も模倣者があっさりと質問に答えたことに拍子抜けしながらも、そのまま質問を続けていく。
「それじゃあ次を──貴方はどうやってスキルをコピーしてるんですか」
「それって答えなきゃダメか? ほら、試合が終わったならまだしも──」
「できるなら、答えてほしいですね」
言葉を強調し、瞳に力を籠めて伝える。
「まあ、別に構わないけどさ。超低確率の視認による模倣判定があるんだよ。成功すればスキルリストにスキルが表示される。適性がないスキルだから異常にSPがかかるんだけど……この日のために溜め込んでいたから、どうにかなったよ」
「…………そう、なんですか」
(【断罪者】は……反応がない!? 馬鹿な、こんな見え見えの嘘が見抜けない!? ありえない、そんなはずない! それこそ、無罪判定じゃないと無理だ!)
断罪者の能力は、ある力の副次効果として条件を満たした者の嘘を看破できる。
本来なら、この力によって真実を知ろうとした断罪者──だが、現実はそうはならず何も分からない。
否、条件が満たされていないということだけが理解できた。
「そうか……【断罪者】にそういう効果があるのか? やけに挙動を視ているみたいってことは、言動で見抜けるのかもな。……だけどその顔、何も悪いことはしていないと思っている。好い面構えだよ」
「……何を言ってるんですか? 他人の者を勝手に取ったら罪。それぐらい分かっているでしょう? 裁かれるべきことをした貴方に選択肢はありません。強すぎる力が故に誰も貴方を裁けないというのなら──僕が貴方を裁いてみせます」
爛々と輝く黒い瞳は、光を呑み込むような昏さも同時に秘めている。
危うい断罪者の発言さえも、偽善者は笑って応える。
「まあ、所詮はガキだったってことだよな。分からない者は全部罪、プライバシーの侵害が少しすぎたみたいだぞ。俺に勝てれば特別に理由を教えてやるけど……負けたなら、お前には──」
「そんな仮定はいりませんよ。僕が勝って貴方が負ける。正しき断罪の元に勝利は訪れるのですから!」
そのやり取りを最後に、断罪者から友好的な態度は完全に消え失せる。
代わりに見せたのは悪を挫く瞳──圧倒的な自信と正義感から生まれる、輝きに澱んだ眼であった。
「……■──“陽光弾”!」
断罪者は腰に差した剣を抜き、模倣者に駆け寄っていく。
途中、動きながら詠唱を行い自身の隠していたもう一つの固有スキル──陽光魔法“陽光弾”を発動する。
「えいやっさ!!」
模倣者は、それを二回戦でも使った能力を行使することで無効化する。
思考詠唱による発動宣言を行ったため、断罪者に何を使ったか伝わることはない。
(さっきのは二回戦で見せた現象……それを【思考詠唱】で使った? 詠唱は発動部分まで含まれるんだから、スキルの行使にも使えると拡大解釈したのか)
「少しはやるみたいだな……だが、これならどうだ──死霊魔法“下位死霊創造”」
スキルの経験値を代償に発動するこの魔法は、死体を必要とせずに支払った量に見合ったレベルの死魂を生みだすことができる。
魔方陣が地面に描かれ、大量の霊体がふわふわと漂い始める。
その数は百を超え、舞台の至る所で霊体たちが踊りだす。
「それだけじゃないぞ──“冥界顕現”!」
「これは……夜?」
舞台は光を失い、辺りは闇に包まれた。
霊体たちの仄かな光だけがその中で揺れ動き、怪しくも妖しい幻想世界をこの場に顕現させる。
冥界顕現──それは、模倣者がノリだけで生みだした、あらゆる魔法を組み合わせた環境改変魔法の一つであった。
「今、このフィールドでは死に属するものに絶対的な祝福が与えられる。闇がある限り彼らは強くなり、存在の核を砕かれない限り何度でも戦い抜くまさに死兵だ。さぁ、お前が自分を断罪者だと言うのなら、死を冒涜するこの俺を裁いてみせろ!」
「そこまで自身を貶めますか……ええ、いいでしょう。僕も少し貴方のことを下に見ていたことを認めましょう。貴方のような人に全力は出さずに勝利する……そんなことを考えていました」
傲りを零す断罪者。
自らの正義と異なる意志であった、そう認めて懺悔するようでもあった。
だが、模倣者はそれを肯定する。
「いいじゃないか、それで。実に【傲慢】だが人間らしい。終わりよければすべてよし、つまり最後にどう思っているかが変わっていれば過程なんてどうでもいいんだよ」
「それはさすがに暴論だけど……でも、貴方のことは本気で倒しますよ!」
瞳に秘めた淀みが薄れ、眩しい光が生まれ始める。
この現象は、観客も模倣者も本人も気づかれることなく起きた出来事だ。
それが断罪者に何を齎したか──それはまだ誰にも分からない。
(……とは言ったけど。この状況は少し不味いか? 名前からしてたぶん闇属性の魔法かスキル──なら、それを調べてみる!)
変化は断罪者の思考にも起きる。
ただ事実を受け止めるだけでなく、可能性へ手を伸ばすことを考えるようになった。
少しでも状況を打破するため、瞳に魔力を籠めて今一度あるスキルを発動する。
「──“審判眼”」
【断罪者】の能力“審判眼”。
嘘偽りを見抜くこのスキルは、鑑定スキルと併せて使うことでより効果を発揮させた。
つまり──隠蔽や偽装をかけていた場合、それを看破しやすくなる。
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冥■■現 ■■者:■■■ン
■統:■■型■■■■魔法
使■■力:■■■0
■■度:■■■0/■■■0
闇■■を強化■る■■■■■■■■■■……
---------------------------------------------------------
(全然見えない! どんだけ隠蔽スキルのレベルが高いんだよ!!)
しかし、表示された情報は穴だらけ、分かることはかなり少ない。
これは隠蔽がどうという違いではなく、種族レベルに圧倒的な差があるから起きた現象である。
むしろ、一部だけでも視えたことを誇るべきだった。
──なぜなら、差が70以上もある相手にここまで鑑定を成功させたのだから。
(けど、闇属性ってことが分かれば充分!)
与えられたと分かっていても、断罪者は立ち止まり詠唱を行う。
模倣者が自分に何を求めていようと関係ない、自分は勝つために行動するだけ。
陽光魔法の中でも、詠唱に時間のかかるその魔法を唱え続け……発動する。
「……■■■■■──“破邪光輪”!」
新たな光が闇に覆われた空間に出現する。
断罪者の背から放たれた光が、照らされた死霊たちを苦しめながら消していく。
死霊たちが騒ぐ夜の世界は日輪と共に終わりを告げ、眩い陽光が照る朝が訪れる。
“破邪光輪”──それは、下位アンデッドを問答無用で浄化することのできる、広域浄化魔法であった。
「さすが陽光を操る魔法、普通だったら目が焼かれてるレベルじゃないか」
「もう模倣できたんですね。その二つ名は伊達じゃないと言うことで」
「ハハッ! 言ってくれるじゃないか。それだけ言えるなら──もう少しギアを上げても耐えられるよな」
模倣者に焦りの色はない。
高速で消費した魔力を回復させ、すでに満タンの状態にしてあった。
模倣者を止めるものは何もなく、その一言が世界を再び書き換える。
「……んじゃぁ次──“聖域顕現”」
断罪者の後光と負けず劣らず、地面が神々しく照らされていく。
どうにか断罪者の光を免れた死霊も、舞台全域を照らす光に抗うこともできず完全に消滅した。
「さっきとは逆の光属性強化フィールド、これなら力も思う存分振るえるだろう」
「……どういうつもり……」
「だから、さっきも言っただろう? 本気を見せろって……それじゃあ、準備ができたら言ってくれよ。そろそろ気も晴れただろ? せっかくの決勝戦なんだし、全力使って楽しもうぜ」
(何なんだろうこの人、敵に塩を送るみたいなことをして……ぷっ、おかしいな)
硬い緊張が緩み、余計な力が抜けていく。
強張っていた口は自然と笑みを浮かべ、スルリと剣へ手を伸ばしていく。
「なら、剣も使わせてもらうから」
「そっちがそうするなら、俺もそうするぞ」
互いに剣を鞘から外し、魔力による強度強化を行っていく。
断罪者は同時に陽光魔法“光化”による高速化、【断罪者】“裁断”を発動させて一撃にかける。
「──いつでもいいから」
「俺もだ。合図は……これでいいか。これが地面に落ちた時に同時に動こう」
そう言って、何かの角をぶらぶらと手の中で振る模倣者。
その言葉に首で了承を示し、ギリギリまで意識を高めていく。
「せーの!」
抛られた一本の角、クルクルと円を描くように回転しながら空を舞う。
重力に負け、やがて速度を増して地面に落ちると──同時に彼らは動き出す。
「“断罪執行”!!」
「“斬撃”」
互いに交差するように放った一撃。
剣が重なり合い、鋭い剣先を突きつけた。
──しかし、両者には明確な違いがある。
「ハハッ……。どうやら僕の、負け……みたいですね」
「悪いな。“魔付の心得”で重力魔法を付与していた。剣、折れちゃったな」
「……魔戦士のスキルだったっけ?」
模倣者の剣は心の臓まで届いているが、断罪者の剣は途中で折れて刺さっていない。
キーンと音を鳴らし、空を舞った剣先が地面に突き刺さる。
勝者は誰の目から見ても、明白だった。
「そもそも絶対に勝てないわけがある。もう分かっているんだろう? それでも足掻いたことは称賛に値する。せっかくだし、答え合わせといこうじゃないか」
息を整えた断罪者は、大きく息を吸って鼓動を穏やかにさせてから答える。
「罪過──業値が0なんだね? 理由はよく分からないけど」
「正解、俺のスキルの効果で0のまま固定されたらしい。別のスキルで善と悪両方で起きる限定の事柄に関われるらしいから、どっちでもいいけど」
罪過システム、【断罪者】などの特殊な能力でしか識ることのできないシステム。
AFOの世界内にいる生物すべてに隠された特殊パロメーター──業値。
善行を行えば数値はプラスに、悪行を働けば数値はマイナスに傾く。
一定数値を超えると善人か悪人、超えていなければ中立の存在として判定される。
「で、【断罪者】は悪人特攻。中立だろうとマイナスに傾けば攻撃に補正が入る。私欲のために魔物を殺し続けたプレイヤーなんぞ、普通はマイナスだもんな」
「だから最初はおかしいと思ったんだよ。高レベルのプレイヤーはだいたいマイナスなのに違うんだから」
「……雰囲気が変わったな。最初と口調が全然違うんだが」
「そうかな? たしかに少し気が抜けたけど変わってないんじゃないと思うよ」
実際変化しているのだが、断罪者はそのことに気づかない。
強い固定観念は模倣者に吹き払われ、スッキリとした思考だけが断罪者の中に残る。
「それじゃあ……きっと貴方のせいだよ」
「……え? 俺のせい!?」
「うん。だから、もしどこかで会ったらそのときは……責任、取ってくれますよね?」
「物凄く理不尽な気がするけど……まあ、それは別にいいぞ」
ゆっくりと減っていたHPバー。
こっそりと時空魔法で延ばされていた時間は会話が終わるのと同時に解除される。
生命力が底を尽きた断罪者は、また会うことを楽しみにしながら光の粒子へ化す。
(いつかまた会えたなら、そのときは……教えてあげよっか)
≪試合終了! 第一回闘技大会の優勝者は模倣者さ……って逃げた! 長距離転移の対策をまだしてなかったのが裏目に! さ、参加者の方々、報酬は後日メールで送りますのでお待ちください!≫
模倣者は断罪者が完全に退場したのと同時に──消えた。
◆ □ ◆ □ ◆
後日談だ。
疲れ切った俺はすぐにリーンへ帰還する。
ログアウトをしてグデーッと休み、その日はそのまま力尽きるように眠った。
……だって、脳が疲れたんだもん。
そして今再びログインし、リョクにこれまでのことを説明していた。
「──お偉い様とご挨拶なんて面倒事はやってられないからな。というわけでばっくれたでござる」
「我が主、よかったので?」
「本当に駄目ならメールでも送ってくるだろうよ。それより喜べリョク、ついに本物……じゃないけど太陽が完成するぞ!」
「おおっ! おめでとうございます!」
彼のスキル──陽光魔法。
生みだされる陽光は本物の太陽とほぼ同じ性質なわけで……それを使えば、光球による擬似太陽とはおさらばなのだ。
そんな礼儀もあるので、最期の言葉をしっかりと聞き入れたんだよ。
「にしても【断罪者】、職業として就くのは少し悩むな。俺がしたいのは断罪じゃなくて救済なんだから」
業値によって相手にダメージを与える能力なんだが、俺としては嘘を見抜く以外に利便性が分からない。
悪人だから救わないなんて考えは頭の中にないし、善人でも裁くべき者はいる。
「まあ、カンストした職業を転職させなきゃいけないから、転職には行くんだけどさ」
「行ってらっしゃいませ」
時空魔法で転移を行い、俺は神殿へ向かうのであった。
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