異世界転移したら大金舞い込んできたので高原暮らしを始める
第十六話 降りかかる災難
ある日の夕方。
今日も今日とて外ではしゃぎ回っていたユミは疲れていたのか、ソファーでうとうとしている。
あどけないほっぺたをつつきたい衝動に駆られつつ、悪気が無くても殺されかねないので我慢しながら夕飯の準備をしていると、台所の裏戸を叩く音が聞こえてくる。
「いますかー? 私ですよー!」
裏口から入ろうとする変わった来訪者らしいので、とりあえず扉を少し開き、
「帰れ!」
戸をしっかり閉め施錠しておく。
「うん……お兄ちゃんどうしたの?」
「悪いなユミ。ちょっと失礼な客が……」
俺の声で起こしてしまったらしいユミに説明しようとすると、玄関口の方から女の声が聞こえる。
「ちょっとなんで閉めるんですか!? おじゃましますけど!」
「いやおじゃまするな! 帰れ!」
急いで玄関口まで走ると、甘栗色の髪を湛える女の子が、ずかずかと土足で遠慮なく中に入ろうとするのですかさず制する。
「おい待て待て待て! ここは土足厳禁だから靴を脱いで入れよ!?」
「あー忘れてました。それはそうと今入れと男の人に命令されて怖いので言う事を聞いてあげます」
「あぁ!?」
クソッ、返す言葉が無いな! ていうか俺が悪いみたいな言い方やめてくれる!?
「シルちゃん!」
「どうもですユミちゃん」
ユミが嬉々としてシルウェラの元へ駆け寄ると、ソファーまで手を引く。まったく、愛称で呼ばれちゃってさ……。
「ユタカさん、今日はストレートで」
「じゃあユミも!」
シルウェラは我が物顔で居座った上に、あろう事か俺に紅茶まで要求してくる始末。ただしユミにも言われたから仕方なく淹れる事にする。
ティーポッドに葉っぱとお湯を入れながら、だいたい一週間ほど前の事を思い出す。
あれは確か上薬草を取りに行った次の日だったか。
いきなりシルウェラが現れたかと思うとまたしても食料を要求してきたので三日分与えると、丁度三日後にまた現れて食料を要求してきたので今度は五日分を与えた。その頃にはユミとシルウェラも完全に打ち解けて今みたいに仲良しこよしだ。
そんでまたそれから五日経ったのが今日なわけだが……。
「お前さ、本当に就職先探してんのか? してないよな?」
紅茶を淹れ終わり、せめてもの抵抗にとシルウェラの分だけ強めにティーカップを置き、問いただす。
流石にここまで無銭飲食を要求されると親のすねをかじりきる底辺ニートのような印象を受けざるを得ないからな。
「探してるに決まってるんじゃないですか!」
「だったらもう就職先くらい見つかってるはずだろ?」
「いいえ、見つかってないです」
きっぱりと言い切るシルウェラだが、逆にその明確さが怪しい。
「いやさ、絶対あり得ないよな? 今までろくに働いてこなかった無職のおやじならまだしもさ、若い上に元銀行員とか絶対どっか雇ってくれるはずだろ」
「そんな事ありませんよ? 確かに私は元銀行員の優秀ガールではありますが、そうそう雇ってくれるところは無いです」
優秀なのは認めるんだなこいつ。
「ユタカさん、あれですよ? これでも既に十数件には優秀な私を売り込んだんですよ? でもどこも雇ってくれないんです」
まぁ移動時間合わせたなら十数件ならまだまともな件数か。うーん、やっぱりけっこう世知辛いのかなこの世界って。王都とかもかなり広いし、周辺の都市も規模がでかいから絶対どこかあるはずなんだけどな。
「……ちなみにお前を落としたのはどういう奴らなんだ?」
聞くと、シルウェラはよくぞ聞いてくれましたとばかりに誇らしげな様子を見せる。
「そうですね。まず最初は枢密院に申し出たら門前払いされました」
「は?」
今こいつ何言ったの。
「あとは騎士団の幹部にも名乗り出ましたし、王の秘書官にも名乗り出ましたよ! 後はそうですねー」
「おい待てシルウェラ」
「はい?」
これ以上聞くと頭痛がひどくなりそうなので制すると、シルウェラはぽけーっと首をかしげる。
「お前さ、就職希望先おかしくないか?」
「え、なんでです?」
「いや考えても見ろよ。たかが元銀行員の一般庶民がそんな家柄が問われるような場所に雇ってもらえると思うのか?」
「当たり前じゃないですか」
諭すが、さも当然の言ったように返されてしまう。
「だって私ですよ? 超絶エリートの私が八百屋とか武器屋とか防具屋とか酒場のバニーとかいう低俗な職業に就け本気で言うのですか!? 馬鹿もほどほどにしてください!」
「しろよ! 元銀行員なら引く手あまただろうから今すぐ就職しろ! ていうか何気に馬鹿呼ばわりしたよな今!? 失礼じゃないかな!?」
「ユタカさん、1923438+3473821は?」
「は?」
「1923438+3473821は?」
「えっと……」
ひゃくきゅうじゅうにまんさん……? さんぜんはっぴゃくにじゅうはち? たす? さんんびゃく……あれ? 数字なんだっけ?
「答えは5397259です。ほら足し算すらできないなんてやっぱり馬鹿じゃないですか!」
「ああ、足し算は確かに……じゃなくてさ! そんなもんできるわけないだろ!? 数字大きすぎるわ!」
「は? 初歩の初歩でしょこんなの……」
低い声音と心底冷めたシルウェラの目線が俺を射すくめる。この野郎……。
「ていうかだいたい本当にその答えあってんのか? 数字が大きい事にでっち上げてるんじゃ……」
せめてもの抗議にと言うと、ユミが鉛筆片手にパッと頭を上げ顔を輝かせる。
「すごい、あってるよこれ!」
ユミの手元を見てみると、紙に凄まじく長い筆算が書かれており、答えが導き出されていた。こんな計算を頑張ってするなんてなんて偉い子なんだ!
妹の利口さに感動していると、むーんと前の席から満足げな鼻息まじりの声が聞こえてくる。
くそっ、ユミが検算したんだからさっきの答えはあってるんだろう。銀行員でもけっこうポンコツなのかなとか思ってたけど普通に優秀な子だったんだな……。解雇されたのは性格の問題とかなんだろう。
「というわけで私も就活で暇ではないので、馬鹿野郎なユタカさん、さっさと食料をよこしやがれください」
満面の笑みでシルウェラが右手を差し出す。
「せめて命令口調漏れるのやめよっか……」
意識だけやたらと高い就活生のよりもひどい女に、もはや抵抗する気が無くなってしまった。
食料棚から適当な保存食を見繕うと、机に一週間分ぶちまけてやる。
「これで最後だからな。絶対戻ってくんなよ?」
「おお~! 馬鹿も使いようですね!」
「お前自分の立場分かって言ってんの……」
俺のぼやきなど気にもせずシルウェラは布の袋に食糧を入れていく。
やがて詰め終わると、嬉々として扉の方に向かっていった。
「それでは行ってきます!」
「またね~シルウェラちゃん!」
「また来ますねユミちゃん」
「絶対来るな」
釘を刺し、シルウェラが出てくのを確認すると、ようやく家に静けさが戻ったので淹れていた紅茶をひと煽りして息をつく。
「お兄ちゃん、今日の晩御飯は?」
「おう、今日はユミの大好きなシチューだぞ」
「やったー!」
「やったー!」
無邪気で可愛らしいユミの声と何故か別のニート女の声が重なる。
「あれ、シルちゃん?」
「お久しぶりですユミちゃん!」
どこから湧いてきやがったのか、やはりシルウェラだった。
「久しぶりじゃねえ帰れ! もう来るなって言っただろうが!」
絶対来るなって言って秒で戻る奴があるかよ!
「それよりシチューですよね! 私も好きなんですよ!」
「え、シルウェラちゃんも好きなんだ! 美味しいよね!」
「はい! すっごく美味しいです! 楽しみですよ!」
しまいにはユミと仲良くガールズトークまでしだす始末。ほんとになんなんだこのニート女は!
「いいから帰れ! お前にやる食料はこれ以上ない!」
追い返そうとすると、シルウェラはんっふっふーと気味の悪い笑みを浮かべる。
「いいんですかそんな事してぇ?」
「な、なんだよ……」
思わせぶりな笑みに少なからず不安を覚えていると、シルウェラは懐から何やら紙を取り出した。
「先ほど郵便の人に渡されたお手紙です。私を追い出すのならこの中身は確認できませんよぉ?」
「手紙だと?」
異世界に来て間も無い俺に手紙とは一体どういう風の吹き回しだ? 特に住所を誰かに教えた事は無いと思うが。なんか嫌な予感がする。例えば不幸の手紙とかそういう感じの……。
「ちょっと貸せ」
手紙を取ろうとすると、ひょいと躱される。
「晩御飯」
「は? いいからさっさと……」
「シチュー」
「……」
「……」
束の間の沈黙。まったく、こっちは一刻も早く確認しときたいというのに。
しばらくにらみ合いが続くが、心当たりの無い手紙という嫌な予感には勝てなかった。
「はぁ、分かったよ。晩飯は食べていってもいいぞ」
やれやれと手紙をシルウェラの手から取ろうとすると、またしても躱される。
「ふかふかのお布団」
「は?」
「まさかユタカさんはレディーに暗くて危ない夜道を歩かせると?」
こいつ、無銭飲食だけじゃなくて無銭宿泊も要求するつもりか……。神経図太すぎやしませんかね? とは言っても布団なんてユミのしか用意してないしな。かと言って追い払ったら手紙が読めなくなる。くっ、仕方ないか。
「……ソファーでもいいか?」
「ふむ、まぁ柔らかそうなので許すとしましょう」
「お前ほんと一回殴っていいかな……」
全身から力が抜けそうなのをなんとかこらえつつ手紙を取り上げる。
さて誰からの手紙かなと開けてみると、まず最初に【お詫び】の三文字が飛び込んでくる。ハンコを見てみると都立コラジクス銀行と書かれていた。
「えーっとなになに……。当行は諸事情により閉鎖となりました。つきましては誠に申し訳ありませんがお客様の預けられていた預金は全て紛失しまし……はぁ!?」
最低最悪の不幸の手紙だった。
今日も今日とて外ではしゃぎ回っていたユミは疲れていたのか、ソファーでうとうとしている。
あどけないほっぺたをつつきたい衝動に駆られつつ、悪気が無くても殺されかねないので我慢しながら夕飯の準備をしていると、台所の裏戸を叩く音が聞こえてくる。
「いますかー? 私ですよー!」
裏口から入ろうとする変わった来訪者らしいので、とりあえず扉を少し開き、
「帰れ!」
戸をしっかり閉め施錠しておく。
「うん……お兄ちゃんどうしたの?」
「悪いなユミ。ちょっと失礼な客が……」
俺の声で起こしてしまったらしいユミに説明しようとすると、玄関口の方から女の声が聞こえる。
「ちょっとなんで閉めるんですか!? おじゃましますけど!」
「いやおじゃまするな! 帰れ!」
急いで玄関口まで走ると、甘栗色の髪を湛える女の子が、ずかずかと土足で遠慮なく中に入ろうとするのですかさず制する。
「おい待て待て待て! ここは土足厳禁だから靴を脱いで入れよ!?」
「あー忘れてました。それはそうと今入れと男の人に命令されて怖いので言う事を聞いてあげます」
「あぁ!?」
クソッ、返す言葉が無いな! ていうか俺が悪いみたいな言い方やめてくれる!?
「シルちゃん!」
「どうもですユミちゃん」
ユミが嬉々としてシルウェラの元へ駆け寄ると、ソファーまで手を引く。まったく、愛称で呼ばれちゃってさ……。
「ユタカさん、今日はストレートで」
「じゃあユミも!」
シルウェラは我が物顔で居座った上に、あろう事か俺に紅茶まで要求してくる始末。ただしユミにも言われたから仕方なく淹れる事にする。
ティーポッドに葉っぱとお湯を入れながら、だいたい一週間ほど前の事を思い出す。
あれは確か上薬草を取りに行った次の日だったか。
いきなりシルウェラが現れたかと思うとまたしても食料を要求してきたので三日分与えると、丁度三日後にまた現れて食料を要求してきたので今度は五日分を与えた。その頃にはユミとシルウェラも完全に打ち解けて今みたいに仲良しこよしだ。
そんでまたそれから五日経ったのが今日なわけだが……。
「お前さ、本当に就職先探してんのか? してないよな?」
紅茶を淹れ終わり、せめてもの抵抗にとシルウェラの分だけ強めにティーカップを置き、問いただす。
流石にここまで無銭飲食を要求されると親のすねをかじりきる底辺ニートのような印象を受けざるを得ないからな。
「探してるに決まってるんじゃないですか!」
「だったらもう就職先くらい見つかってるはずだろ?」
「いいえ、見つかってないです」
きっぱりと言い切るシルウェラだが、逆にその明確さが怪しい。
「いやさ、絶対あり得ないよな? 今までろくに働いてこなかった無職のおやじならまだしもさ、若い上に元銀行員とか絶対どっか雇ってくれるはずだろ」
「そんな事ありませんよ? 確かに私は元銀行員の優秀ガールではありますが、そうそう雇ってくれるところは無いです」
優秀なのは認めるんだなこいつ。
「ユタカさん、あれですよ? これでも既に十数件には優秀な私を売り込んだんですよ? でもどこも雇ってくれないんです」
まぁ移動時間合わせたなら十数件ならまだまともな件数か。うーん、やっぱりけっこう世知辛いのかなこの世界って。王都とかもかなり広いし、周辺の都市も規模がでかいから絶対どこかあるはずなんだけどな。
「……ちなみにお前を落としたのはどういう奴らなんだ?」
聞くと、シルウェラはよくぞ聞いてくれましたとばかりに誇らしげな様子を見せる。
「そうですね。まず最初は枢密院に申し出たら門前払いされました」
「は?」
今こいつ何言ったの。
「あとは騎士団の幹部にも名乗り出ましたし、王の秘書官にも名乗り出ましたよ! 後はそうですねー」
「おい待てシルウェラ」
「はい?」
これ以上聞くと頭痛がひどくなりそうなので制すると、シルウェラはぽけーっと首をかしげる。
「お前さ、就職希望先おかしくないか?」
「え、なんでです?」
「いや考えても見ろよ。たかが元銀行員の一般庶民がそんな家柄が問われるような場所に雇ってもらえると思うのか?」
「当たり前じゃないですか」
諭すが、さも当然の言ったように返されてしまう。
「だって私ですよ? 超絶エリートの私が八百屋とか武器屋とか防具屋とか酒場のバニーとかいう低俗な職業に就け本気で言うのですか!? 馬鹿もほどほどにしてください!」
「しろよ! 元銀行員なら引く手あまただろうから今すぐ就職しろ! ていうか何気に馬鹿呼ばわりしたよな今!? 失礼じゃないかな!?」
「ユタカさん、1923438+3473821は?」
「は?」
「1923438+3473821は?」
「えっと……」
ひゃくきゅうじゅうにまんさん……? さんぜんはっぴゃくにじゅうはち? たす? さんんびゃく……あれ? 数字なんだっけ?
「答えは5397259です。ほら足し算すらできないなんてやっぱり馬鹿じゃないですか!」
「ああ、足し算は確かに……じゃなくてさ! そんなもんできるわけないだろ!? 数字大きすぎるわ!」
「は? 初歩の初歩でしょこんなの……」
低い声音と心底冷めたシルウェラの目線が俺を射すくめる。この野郎……。
「ていうかだいたい本当にその答えあってんのか? 数字が大きい事にでっち上げてるんじゃ……」
せめてもの抗議にと言うと、ユミが鉛筆片手にパッと頭を上げ顔を輝かせる。
「すごい、あってるよこれ!」
ユミの手元を見てみると、紙に凄まじく長い筆算が書かれており、答えが導き出されていた。こんな計算を頑張ってするなんてなんて偉い子なんだ!
妹の利口さに感動していると、むーんと前の席から満足げな鼻息まじりの声が聞こえてくる。
くそっ、ユミが検算したんだからさっきの答えはあってるんだろう。銀行員でもけっこうポンコツなのかなとか思ってたけど普通に優秀な子だったんだな……。解雇されたのは性格の問題とかなんだろう。
「というわけで私も就活で暇ではないので、馬鹿野郎なユタカさん、さっさと食料をよこしやがれください」
満面の笑みでシルウェラが右手を差し出す。
「せめて命令口調漏れるのやめよっか……」
意識だけやたらと高い就活生のよりもひどい女に、もはや抵抗する気が無くなってしまった。
食料棚から適当な保存食を見繕うと、机に一週間分ぶちまけてやる。
「これで最後だからな。絶対戻ってくんなよ?」
「おお~! 馬鹿も使いようですね!」
「お前自分の立場分かって言ってんの……」
俺のぼやきなど気にもせずシルウェラは布の袋に食糧を入れていく。
やがて詰め終わると、嬉々として扉の方に向かっていった。
「それでは行ってきます!」
「またね~シルウェラちゃん!」
「また来ますねユミちゃん」
「絶対来るな」
釘を刺し、シルウェラが出てくのを確認すると、ようやく家に静けさが戻ったので淹れていた紅茶をひと煽りして息をつく。
「お兄ちゃん、今日の晩御飯は?」
「おう、今日はユミの大好きなシチューだぞ」
「やったー!」
「やったー!」
無邪気で可愛らしいユミの声と何故か別のニート女の声が重なる。
「あれ、シルちゃん?」
「お久しぶりですユミちゃん!」
どこから湧いてきやがったのか、やはりシルウェラだった。
「久しぶりじゃねえ帰れ! もう来るなって言っただろうが!」
絶対来るなって言って秒で戻る奴があるかよ!
「それよりシチューですよね! 私も好きなんですよ!」
「え、シルウェラちゃんも好きなんだ! 美味しいよね!」
「はい! すっごく美味しいです! 楽しみですよ!」
しまいにはユミと仲良くガールズトークまでしだす始末。ほんとになんなんだこのニート女は!
「いいから帰れ! お前にやる食料はこれ以上ない!」
追い返そうとすると、シルウェラはんっふっふーと気味の悪い笑みを浮かべる。
「いいんですかそんな事してぇ?」
「な、なんだよ……」
思わせぶりな笑みに少なからず不安を覚えていると、シルウェラは懐から何やら紙を取り出した。
「先ほど郵便の人に渡されたお手紙です。私を追い出すのならこの中身は確認できませんよぉ?」
「手紙だと?」
異世界に来て間も無い俺に手紙とは一体どういう風の吹き回しだ? 特に住所を誰かに教えた事は無いと思うが。なんか嫌な予感がする。例えば不幸の手紙とかそういう感じの……。
「ちょっと貸せ」
手紙を取ろうとすると、ひょいと躱される。
「晩御飯」
「は? いいからさっさと……」
「シチュー」
「……」
「……」
束の間の沈黙。まったく、こっちは一刻も早く確認しときたいというのに。
しばらくにらみ合いが続くが、心当たりの無い手紙という嫌な予感には勝てなかった。
「はぁ、分かったよ。晩飯は食べていってもいいぞ」
やれやれと手紙をシルウェラの手から取ろうとすると、またしても躱される。
「ふかふかのお布団」
「は?」
「まさかユタカさんはレディーに暗くて危ない夜道を歩かせると?」
こいつ、無銭飲食だけじゃなくて無銭宿泊も要求するつもりか……。神経図太すぎやしませんかね? とは言っても布団なんてユミのしか用意してないしな。かと言って追い払ったら手紙が読めなくなる。くっ、仕方ないか。
「……ソファーでもいいか?」
「ふむ、まぁ柔らかそうなので許すとしましょう」
「お前ほんと一回殴っていいかな……」
全身から力が抜けそうなのをなんとかこらえつつ手紙を取り上げる。
さて誰からの手紙かなと開けてみると、まず最初に【お詫び】の三文字が飛び込んでくる。ハンコを見てみると都立コラジクス銀行と書かれていた。
「えーっとなになに……。当行は諸事情により閉鎖となりました。つきましては誠に申し訳ありませんがお客様の預けられていた預金は全て紛失しまし……はぁ!?」
最低最悪の不幸の手紙だった。
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