異世界転移したら大金舞い込んできたので高原暮らしを始める

じんむ

第八話 チート覚醒?

「お兄ちゃんだ! やっぱりちゃんといたんだよぉ!」

 目を潤わせながらユミは俺の胸元に飛びついてくる。何これ、こんな事小学校以来なかったからすっごい嬉しいな!
 それはそれとして、なんでユミがこの世界にいるんだ? あとなんか引っかかる事も言ってた気がする。やっぱりちゃんといた、だったか。

「うぅ……友達に聞いてもお兄ちゃんいなかったでしょとか言われてたし、お父さんとかお母さんまで言うからほんとにいなかったのかなって……」

 おいおい何だよそれ、要するに俺はあっちの世界では初めからいない存在になってるって事か?
 まぁなんでこの世界にいるのとか、なんでここにいるのとか、まだ色々聞きたいところはある。
 だが、愛すべき妹が俺の胸元に縋ってくるなら、まずは黙ってその背中をなでてやるのが兄というものだろう。
 幸せな時間に浸っていると、ふと、ユミがうずめていた顔を急速に離し、固まる。
 やがてユミは俯き一歩後ずさると、ぱっと顔を上げてパタパタと手を振りながら顔を紅潮させ慌てふためきだした。

「こ、こ、これはお兄ちゃんが社会人になった時ユミに貢いでもらうためのブラフだから! 寂しかったとか、お兄ちゃんに合いたいとか微塵も思ってなかったよ! むしろお兄ちゃんなんか木っ端みじんになってもいいからね!? というか今すぐなって!」
「開幕早々そんな暴言浴びせないでくれないか……お兄ちゃん照れ隠しって知ってても悲しい」
「て、照れ隠しじゃない!」

 相変わらず赤面するユミは、スカートの裾の辺りを握りしめ言い放つ。
 その様子、やっぱり照れてるんじゃないかぁ、可愛いなぁ。
 まぁそれは当たり前だからさておき、そろそろ兄としてやるべきことをやらないといけない。戯れはまた後にするとしよう。

「……それよりユミ。お前、何かあったか? 制服がちょっと汚れてるみたいだが」

 聞くと、ユミは何かを思う事があったのか、はっとした表情を見せる。

「そ、それが私、今変な人に追われてるみたいで! ずっと逃げてて……」
「おいおいほんとか? どんな奴だ!」

 ユミを追いかけまわして怯えさせるとは何て罪人だ。なんなら国家反逆罪を適応してもいいレベル。

「なんか、マント着て重そうな鎧を着た人たち。足はそんなに速くないけど変な光を飛ばしてくるんだよ!」

 追いかけられている時を思い出しているのか、ユミは気が気でない様子で後ろを見やる。
 でもなんだろう、マント着て重そうな人たちっていうとちょっと心当たりがあるな……。朝方、群れを成していた集団。エレルさんのいるルーメリア騎士団だ。でもなんでだ?
 ユミがどうして騎士団に追いかけられているのかに疑問を抱いていると、不意にどこからかガシャガシャとうるさい音が反響し、人の声も聞こえ始める。

「なんて早さだ! デバフスキルを打っても追いつけないなんて!」
「案ずるな、まだ例の目標のステータスは完全にデバフし切っていない、だがあれだけ浴びればそのうち一定時間は動けなくなるだろう。故に見つけたら直ちに捕えられるようにスキルを用意しておくのだ。きっとそう遠くにもいっていまい!」
「イエス!」

 威勢の良い複数の声が響くと、またしても騒がしい音が辺りに響く。
 上司と部下の話し声らしかった。しかもあの指示を出してるっぽい人は女の人で、恐らくあの凛々しくはきはきとした声はエレルさんだ。何かあるみたいだったが、まさかユミを捕まえるために朝方から号令をかけていたのか?

「お、お兄ちゃん!」

 俺の肩を叩くユミの声は焦りがありありとにじみ出ている。
 こうしてる間にも騎士団はこっちに近づいてきているかもしれない。とりあえずこの場からは離れるのが無難だ。どういう理由かは知らないが、妹が怯えてる以上、兄として騎士団に引き渡すわけには行かない。

「行くぞ、ユミ」

 ユミの手を握り、走ろうとするが、何故かユミは動こうとしない。

「ユミ、とりあえず逃げないと。事情とか云々は後だ」
「ち、違う……足がなんか、動かなくて……」

 ふと、先ほどの会話を思い出す。確かデバフがどうとか言ってたな。たぶんそいつが原因だろう。

「分かった。それじゃあ背負ってやるから乗るくらいはできるか?」
「え、でも……」
「いいから早く」

 肩越しからユミを見ると、少し迷った様子を見せながらも意を決したように手を伸ばす。

「お、重いとか言っちゃやだよ?」
「安心しろ、妹の一人くらいお兄ちゃんなら軽々運べるさ」

 笑みを返してやると、ユミは完全に身を預けてくれる。人間の体温ってこんなに暖かったかな? あるいはユミには女性特有のふくよかな物が少ないから熱が直に伝わってくるのかもしれない。

「立つぞ」

 軽々運べるといったものの、やはり人間。平均より全然下とは言え40.8キロもあるとなるとけっこう重いかもしれないので気合を入れるためにそう言ったのだが……。

「お、お前すげぇ軽いな……」
「え、そ、そう?」

 ユミはエヘヘーと可愛らしくはにかむが、俺はかなり動揺していた。
 何せこれは軽いなんて次元じゃない。なんていうか、等身大の発泡スチロールを背負ってるような、そんな感じなのだ。もしかしてデバフにそういうのがあったりするのか?
 ともあれ、軽いに越したことはない。そのまま歩くと、表通りに騎士団がいないのを確認してから走る。

 何故だかいつもより清々しい風を感じながら走っていると、ふと、視界の端に先ほど露店街で喧嘩していた、クレメンと言ったか、オレンジ髪の男を見つけた。どうやら繁華街に来ていたらしい。
 瞬時に話しかけられると理解した・・・・ので、できる限り走る足を速めると、なんとか撒くことができたらしかった。

 目指す先は不動産屋。
 王都に出るのには正門をくぐらなくてはならない。
 だが朝方の騎士団の会合で番兵がどうのこうのと言っていたので、恐らく正門には見張りがいるのだろう。そこでもし見つかれば兄妹揃って捕まえられる可能性が出てくる。それは最悪の事態だ。
 だからこそ正門をくぐらずに王都外に出ていく転移スキルを持つ不動産屋の力は必要なのだ。
 たぶんあの人は良い人だから一度くらいの転移ならたぶんしてくれるだろう。

 猫車を利用すれば不動産屋までさほど時間はかからないが、何分表通りを堂々と行くあれに乗ると見つかるリスクが跳ねあがるので、自分の足で向かう。

 数時間はかかると思われたが、意外と早く不動産屋の建物の前へとたどり着く。
 が、しかし。

「事情により少しの間お休みさせていただきます……だと」

 無常にも立てかけられていた札に立ち尽くしていると、ユミが俺の肩越しから不動産屋の扉をのぞき込む。なんか妹でも頬が引っ付きそうなほど迫ると若干気恥ずかしいな……。

「何か書いてあるけどよく分からないね。ここに何か用があったの?」

 そうか、ユミは記憶を流し込まれてないだろうからこの世界の文字は読めないか。

「いや、用はあったけど今は無理みたいだ」
「ふーん」

 さぁどうする。完全に不動産屋頼りだったからどうすればいい。どうやって王都を出る? ユミが王都内にいるのは完全に把握しているだろうから、外に出ないよう正門の警戒は普段以上になっているはずだ。たぶん出るのは困難。
 とは言え、王都を出なければきっと見つかるのは時間の問題だ。
 やばい。何も思いつかねえ。

「ところでお兄ちゃん大丈夫? ずっと走りっぱなしだけど疲れてたりしない? ユ、ユミを背負ってくれてるし……」

 ユミが気遣うように声をかけてくれる。もしかしたら焦りが顔に出ていたのかもしれない。しっかりせねば。

「全然問題ないぞー、まったく疲れてない」
「ほんと」
「ああ、まったく」
「それなら、いいんだけど……」

 心なしかユミの身体と接する面積が大きくなった気がするがまぁ、気のせいか。
 でも言われてみればそうだよな。よく考えればけっこうな距離走りっぱなしだったけど息切れどころかまったく疲れが無い。
 しかもなんだろう、さっきから身体に力が溢れてくるような感じがしないでもないんだよな。
 何を思うでもなくけっこうな高さがある王都を取り囲む城壁に目が行く。確か教材にしていたガイドブックによれば三十メートル近くの高さがあるんだっけか。

 あそこ飛び越えれたりしないかなぁ。

 何故そういう思考に至ったのかは分からないが、妹もやたら軽いのでなんとなく力いっぱい飛躍してみると、心なしか太陽が近づいた気になる。
 そのまま何を思うでもなく下を向くと、眼下には街並みが広がっていた。
……そう、街並みが。

「「ええ~~!?」」

 思わず声を上げると、妹の声も一緒に重なる。おお、言う事がシンクロするなんてやっぱり俺達は精神共同体なんだな! とか言ってる場合じゃねえ!?
 は!? なんだよこれ、俺、飛んでるの? え? 飛んでるよね!?

「お、お兄ちゃん、こ、これ……!」

 ユミの方も突然の状況に脳が追いついてないみたいで背中越しから狼狽した様子が伝わってくる。
 そのままどこまでも飛んでいくのかと思われたが、丁度城壁の上辺りで高度が落ちていく。

「ね、ねぇ大丈夫なのお兄ちゃん!?」
「し、知らん! というかお兄ちゃんも状況理解できてない!」

 叫び合う間もどんどん高度は下がっていく。
 やがて地面に到達しそうになり死を覚悟するが、不思議な事に自然と地面に着地することが出来た。まるでスキップした後みたいに。
 あまりの呆気なさにしばらく呆然と草原の上に立ち尽くしていると、ユミが口を開く。

「お兄ちゃん、あの高い壁飛び越えたよ……」

 後ろを見ると、王都を囲う城壁が寒々しくこちらを眺めていたのだった。
 もしかして俺、今チート能力覚醒したんじゃないの?
 

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