異世界転移したら大金舞い込んできたので高原暮らしを始める

じんむ

第六話 そして高原暮らしが始まる

 ようやく不動産屋についた。
 ソーレリア家の次女とは一つ前の停所であちらが降りるまで結局一言も話さなかった。というかそもそもあいつはたまたま乗り合わせただけの失礼な人という立ち位置にしか過ぎないのでごく自然な事ではある。
 そんな事より今は家だ。今日まで守り切った大金なだけに手放すのは少しだけ惜しいが、この先も守り続けられるわけが無い。手っ取り早くマイホームを買ってしまおう。

「いらっしゃいませー」

 石柱の間にある扉を開くと、まず胡散臭いちょび髭の男が出迎えてくれた。

「今回はどのようなご用件で起こしでしょうか?」
「家を購入したくて」
「そうでしたかそうでしたか。ささ、こちらの方にお座りください」

 腰を低くし揉み手をする不動産屋がカウンターの椅子を勧めてくるので座らせてもらう。
 俺が腰掛けるのを確認し、不動産屋も正面に座っていく。

「予算はどれくらいでお考えです?」
「だいたい大金貨五百枚くらいです」
「なるほどなるほど」

 不動産屋が手元の本をパラパラめくると、やがて納得がいったかのように頷く。

「はいはいはい。大金貨五百枚となりますとそうですねぇ、都市部は難しいですが郊外なら色々とありますよお、ちなみにご希望の環境とかあります?」

 希望の環境か。せっかく異世界に来たんだからどこかの村とか森の中とか山の上とか、とにかく自然がある所がいいな。周りに住んでる人も少ない方がいいか。疲れそうだからあんまりご近所付き合いとかしたくないしな。

「なるほど、お一人で静かに暮らせる環境の物件をご所望なわけですね」
「まぁそうなりますね。できれば景色もきれいな方がいいです」
「はいはいはい……そうですねぇ、でしたらノルストメリア山脈の一軒家などはいかがです?」
「ノルストメリア山脈ですか?」

 うん、まったく知らん。

「はい。ここ王都ルーメリアから北西に五十里ほど言った場所のノルストメリア山脈のおよそ三合目の高原にございまして、少し前までは老夫婦が住んでいたのですが軽く登山をしなくてはならない位置なので体力の衰えをお考えになり手放された家になります。ここでしたら麓には村もありますし、ここ王都からも猫車を用いればおよそ二日で行くことが可能です。大金貨の方も四百八十枚で済むのでお得かと」

 かなり詳しく教えてくれたのでだいたいの場所は把握ることが出来た。
 説明を聞く限りじゃけっこう良さそうな感じはするけど、この不動産屋がまっとうな不動産屋とは限らないしな……。

「よろしければ転移スキルを用いて見学する事も可能ですがいかがいたします?」
「あ、そういう事もできるんですね。お願いします」

 異世界って便利だな。やっぱ自分の目で見るっていうのは大事だ。

「ではいきますよ。ユニークスキル【テレポ】」

 おっさんの口からやけに可愛らしい単語出て違和感を覚えていると、不意に景色が歪み、視界が一気に開けた。

「おお……」

 静かに吹く涼し気な風に多くは無い草木が揺れる。広大な草原の上には空の青とまだ雪が残った山の白が美しく映えていた。
 一瞬だった。恐らく転移魔術が発動されて来たのだ。家のあるという高原に。

「お客様、後ろの一件になります」

 言われたので振り返ってみると、そこにはコテージのような家が高原の中、ぽつりと一軒建っていた。大きさは日本で言う一軒家よりも小ぶりだが、左側には木のテラスが存在し、全体もまた木で造られた建物はなかなかお洒落だ。これはもう決まりだろ。

「中も見ますか?」
「いや、いいです。あとは買ってから一人でゆっくり見ますので」
「おお、そうですか。ありがとうございます~」

 不動産屋が揉み手をしながら頭を下げる。
 さて、ここらへんで少しだけ交渉してみますか。

「ああ、でもちょっといいですか?」
「はい、いかがいたしました?」
「この家、確か老夫婦がもともと住んでたんですよね?」
「はい。そうですね」
「でしたら、決してこの家も新しくないわけです」
「は、はい……そうなりますが……」

 こちらの意図を読んでか分からないが、不動産屋は恐る恐ると言った具合に様子を窺ってくる。

「それで何と言いますか、大変申し訳にくいのですが代金を二百五十枚くらいにまけてくれませんかね……?」
「に、ニ百五十ですか……お客さん、流石にそれは無理なご相談ですよ」
「そこをなんとかお願いできませんか? 実は自分、別の国からこっちに命からがら移ってきて、お金も今持ってる大金貨五百枚が全部で、新天地に右も左も分からない状態なんですよ……」

 できるだけ哀愁をこめた口調で訴えかける。
 別に俺、嘘ついてないからいいよね? 日本のダンプカーが突進してきてこの世界に来たわけだからな。

「いやしかし二百五十枚は……」
「そこをなんとかお願いします!」

 すがりつくが、不動産屋は困ったように呻るのみ。

「じゃあ二百六十枚とか……」
「厳しいですかね」
「二百七十枚は……」
「それもちょっと……」
「じゃ、じゃあ、そうですね……うーん、せめて四百枚くらいには……」

 ここで値段を一気に吊り上げる。今まで二百枚台で交渉が続いていた不動産屋にしてみればきっと安い値引きと感じるはずなのだ! これぞ巨を見せ虚をつく作戦、略してきょきょ作戦だ! これなら落ちた……

「うーん……困りますね……」

 ……などと思っていたが、不動産屋の表情は相変わらず浮かないままだった。
 ふむ、意外としぶといなこの人。とりあえず実現不可能にほど近い額を提示してそれから一気にハードルを下げた元々の目標の金額を提示すれば相手は落ちやすいとかどこかの心理学本に書いてあったはずなんだが。
 まぁ冗談はさておき、本来の目的はこの不動産屋がちゃんとした経営者かの判断だ。これで値段をつり下げてこようものなら欠陥住宅の疑いがあったからもう少し考えたけど、この様子だと割とまともな感じだな。まぁ中古でこれくらいの大きさでしかもこんな山中で大金貨四百八十枚はどうなんだろうとかちょっとは思ってたけど、この世界の物価の事なんて分からないからな。一応まともな不動産屋なんだろう。でももう少し安くしてもらいたいという気持ちは少なからずあるのも事実。やはり生活するのに大金貨二十枚じゃ心もとない。

「でしたらそうですね……大金貨四百五十枚ならまだ可能です」

 せめて数枚分でも安くならないかと思案していた所、不動産屋さんが思わぬ申し出をしてくれた。

「え、ほんとですか?」
「はい。実は私もかつて戦火の激しかった祖国から自らの財産という財産を担いで家族と共に命からがら逃れてきた経験がありまして……。ですが旅路は過酷で家族は魔物に倒れ、病に倒れました。一人息子だけが残りようやくこの国に来た時、私は右も左も分からないなか苦労した経験があるのです。しかし私も不動産屋であり父親です。一人のお客様に対し不平等に接することは信用問題にかかわり経営に影響が出る恐れがあります。私も生活があるのでそれは避けたい。ですが、あなたという苦労人を放っておけないのもまた事実。なので今回は大金貨四百五十枚という事でご了承いただけませんか」
「あ……えっと……」

 え、何、この人凄く良い人じゃないかこれ。インチキ臭い事言って値下げしようとした俺が凄く惨めなんだけど……。そうか、この人も色々な経験を積んできた人なんだな。胡散臭そうとか思ってすみません。あなたの事誤解してました。

「じゃあ、それでお願いします」

 まぁ? 値下げしてくれたんなら有り難くユタカは受け入れるんですけどねっ! 惨めで結構、所詮俺は脇役に過ぎないからな。いやいいです原価で買いますからとか言いません。儲かったぜい! いやっふぅ!

「代金の方は事務所でお願いします」

 不動産屋がスマイルで言うので、俺もスマイルを返すと、取引のために再度王都に舞い戻った。

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