復讐のパラドクス・ロザリオ

殻守

第3話 騎士だった青年の誓い

まだ朝早い時間帯だからだろうか外に出ている人はあまり多くなく、道を歩くこちらに気づく気配はない。
ミレーネはまだ眠っているかな
1度寝るとなかなか起きず自分で起きるのを待たなければならない妹のことを思い出す。
「少し寄り道していくか。」
そう言ってエルケードは村を徘徊することに決めた。

エルケードが今いる村は辺り1面が森に囲まれており、人の出入りすることはあまりない。と言っても完全に孤立している訳ではなく、しっかりと都市へ向かう道筋は存在する。この村の奥には小さな教会があり、その裏のちょっとしたスペースに墓地がある。更に向こう側は崖になっていて、そこからは息を呑む程の絶景が広がっている。エルケードがこの村で一番好きな場所でもある。

何も考えずに歩いて見たもののやはりたどり着くのはこの崖だった。朝日が眼下に広がる森を包み込み、そびえ立つ山々はその光を反射し、青々と広がる空をより際立たせている。
「やはりいい景色だな」
彼は腰を下ろしじっとその景色を眺める。
そう言えばこの景色を昔、見ていたことを彼は思い出した。
夕焼けがとても綺麗でその紅色の光が森と山と空を支配していた。一つの戦闘に決着を付けた後だったためきっと普通に見るより綺麗に見えていたことだろう。座り込む長い髪を一つに纏めた紺色の髪の男とエルケード、そしてその隣に…

「この景色に何か強い思い入れでもあるのですか?」
不意に後ろから声をかけられたエルケードは騎士剣を抜きながら立ち上がり距離を取る。だがそこに立っていたのは紺色の神父服に身を包んだ黒髪の長身の男だった。その身長はエルケードよりもやや高く、30歳にも関わらず少し幼さを残した顔は20代前半、エルケードと同年代に見える。(エルケードは20歳)黒髪を短く切っており、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
「ベルフ神父、こちらが何か考え事をしていると分かっているなら突然声を掛けるのはやめて頂きたい。」
そういいながらエルケードは騎士剣をしまい、警戒を解いた。
「いやすいませんね、朝の日課を済ませようと思って来てみればエルケード様がいらっしゃって何か思いふけった様子だったのでつい」
そう言ってベルフ神父は小さく笑って見せた。
「それで神父、日課というのは?」
見れば彼の手には古めかしい本が握られていた。
「あぁ、そうですね。この村で一番空が見える位置がここなので朝はいつもここで聖書を読み上げているのです。」
そう言うと彼はエルケードに表紙を見せてきた。
「実はこちらにもう1冊あるのですが…」
そう言ってベルフ神父は懐に手を伸ばすが
「いえ、これから帰るので結構です神父。」
そういいエルケードはこの場そそくさと離れようとした。
「それは残念です。ではミレーネちゃんに私も早い回復を願っていると伝えておいてください。」
「はい、伝えて起きますでは」
エルケードはその場を離れ今度こそ帰路に着いた。

エルケードは二年前まで騎士だった。かなり腕の立つ騎士で王国最強とまで謳われた『剣戟』と呼ばれる騎士の唯一本気で渡り合える相手だった。そして今彼がいるこの村はその頃に敵国の攻撃を受けた際に救った村でもある。だが彼は二年前のとある戦場において大切なものを失った。その直後、妹であるミレーネが病で倒れた。治療法の少ない病で治すにはかなり厳しい状態だった。そして彼はこれ以上何か失うことを恐れ妹を連れてここまできた。ここならば多くの薬草を育てており、治療にも適した状態であると判断したためだった。
「…。」
だが彼は妹を救うため、友を弟子を国を裏切り騎士であることを捨てた。今彼の着ている騎士服は元々白い生地で出来ていた。しかし彼は自らの愚かさを忘れないために黒く染めたのだ。
だが後悔はしていない。
「守りたかったから」
諦めたくなかったから
「救いたかったから」
失いたくなかったから
扉を開け中に入る。
「あ、おかえりなさいお兄ちゃん。お仕事お疲れ様~。」
そう言ってベッドに横たわるおっとりとした紅色の瞳の少女は小さく笑った。
ミレーネだけは絶対に守ってみせる。
それが元騎士の青年が最後に誓ったことであり、すべてを投げ捨ててまで得た使命だ。

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