FINISHERs

。(くてん)

2話 戦闘開始

 8階のフロアには2種類の音が重なりながら響いていた。それは機関銃が銃弾を吐き出す連続した破裂音と、吐き出された銃弾が通路の壁を削る金属音の2種類だ。

 第4倉庫と書かれた札がはられた部屋の扉に大穴が空いてから既に1分が経過している。

 今、扉から左右に延びる通路の両方の突き当たりで音が生まれている。
 そして火花が散る中その光に照らされる人影が右には3人、左に2人存在している。
 右はウェル、サティ、トカゲの3人、左はハジメとリンの2人だ。

 バジメは顔の横を銃弾が火花を散らしながら掠めて行くのを見送った。
 フロアを一周するように延びる通路の出てきた部屋から見て左の突き当たり、直角に折れた向こうから銃弾は飛んで来ている。

「行かないの?」
 こちらの膝の上に抱かれたリンが聞いてくる。それに
「もう少ししたらね。」
と答えると左腕に着けていた腕時計から音が鳴った。
『ヤッホー。聞こえてるかい?』
 軽い調子で確認をしてくる声にハジメは短い返事を返すと続きを促した。
「スイング、そっちの状況はどうなってる?」
『うん。こっちは問題無くシステムのハッキングに成功したよ。』
「向こうの数は解るか?」
『えっとね。監視カメラの映像を見る限りだと、シノブ君が倒したのを含めて全部で13人かな。』

――13人か。明らかに増えてるな。
「……増えてるね。」
 リンの声にうなずきを返し、スイングに声を送る。
「何処に何人いるか教えてくれ。」
『了解。まず、君達がいた倉庫の前に1人と管理室の中に2人が寝てるよ。』

 第4倉庫の方に振り返れば、言葉どうり手足が縛られた状態で男一人が倒れている。
 彼は、倉庫の扉の前で見張りとして立っていたが倉庫を出る際に気絶させたのだ。
 そして、管理室の二人というのは、間違いなくシノブが倒したのだろう。

『それから、2箇所ある階段の前にそれぞれ2人ずつ。今、君達の前で忙しくしているのがそれだね。』
 続く声に反対の突き当たりを見れば、こちらと同様に火花の明かりが確認できる。

『あとは下で一塊になってるよ。』
「解った。ありがとう。」
 この階に7人がいるということは、下にいるのは6人だろう。
――あと、解らないことは。
「あいつら、明らかに最初より数が増えてるんだけどその理由と、あと正体とかって解ったりするか?」
 そう言うとスイングは、ちょっと待っててと返し、少しの間を置いて答えた。

『解ったよ。まず数の方からだけど、あっちのリーダーの能力だね。カメラの映像に残ってた。多分、触ったものを複製するとかそういう感じだと思う。』
 その答えに対し確認のためハジメは質問を返した。
「複製された奴らは動いてるよな?」
『動いてるよ。』
 その答えにやっぱりか、と返し今の確認で解ったことを整理する。
「つまり、向こうのリーダーは生き物を“生き物”として複製できるってことか。」
『ほぼ間違いなくね。』
――そうなると気になることがあるな。
「……めんどう?」
 そう聞いてきたリンに、「少しね」と微笑で返し、気になることについてはそのリーダー本人に直接聞くことにしようと思い、スイングにもう一つの答えを促した。

「それで、あいつらが誰か解ったか?」
『解ったよ。えっと、元アレストリア公国国軍所属で今は傭兵をやってるみたいだよ。』
――アレストリア国軍出身か…。

 アレストリア公国といえばオウビスの北方に位置するアーミンス大陸を支配する世界最大の共産主義国家であり、同時に最大規模の軍隊を保有する世界最大の軍事国家である。
 その国軍出身となればチームであればもちろん、個人であってもあなどればただでは済まないだろう。
 ハジメはこの敵に対する警戒を一段階引き上げると、スイングに追加の情報を要求した。

『傭兵斡旋の裏サイトによると、リーダーは“イーグル”って名前らしいけど多分偽名だうね。』
「アレストリア国軍の登録名は解らないのか?」
 ハジメの問いにスイングはため息を返し、おどけた口調で答える。
『やれば出来なくはないけど、ここがミサイルで消し飛ぶのは、ボクとしては勘弁かな。』
 スイングは遠回しに一国を敵に回す危険があると示唆すると、
『この程度だけど役に立つかな?』
と付け加えた。
 それに対し、
「十分だ。」
と答えると、スイングに指示を出す。
「スイング5分後に下にいる警察を突入させる。準備を頼む。」
『解った。早く終わらせなよ。』
 その言葉に、
「5分もあれば余裕だよ。」
と答え、他の仲間にも指示を出していく。
「シノブは管理室をでて万が一に備えて第4倉庫の前でコウゲツ達と待機しててくれ。」
「ウェル、サティ、トカゲは、我慢させて悪かったな。こっちは何とかするから、そっちは任せた。あと…殺すなよ。」
 そこまで指示すると、立ち上がりリンを立たせると、
「それじゃあ、行くか。」
と銃弾の中に出た。



 部屋の中に立ち込める空気は最悪と呼べる程度には重たいものであった。
 理由は先程から鳴り止む気配の無い銃声と金属音であり、場所は人質が閉じ込められていた第4倉庫である。

「……あの、聞きたいことが山程あるのですが、取りあえず…本当に大丈夫なんですか?」
 ティナは潜めた声で先程コウゲツと名乗った青年に問いかける。
 ハジメがこの部屋を出てからしばらく経つが状況は全く好転せず、むしろ悪化していると言ってもいいだろう。

――不安ですね。
 人質という状況は先程と何ら変わりはない、しかし先程までとは比べものにならない明確な“死”がこの部屋を支配している。
 しかし、そんな空気を意にも介さずといった軽い口調でコウゲツは答える。
「うちの大将が“できる”っつったんだ。だったら何の心配も要らねえし、するだけ無駄だ。」
 そう言って口元に微笑を浮かべているコウゲツの目はティナではなく別の場所を捉えている。
 その違和感に再度問おうとしたところに別の声が割り込んだ。
「音が変わったわね。」
 そうコウゲツに話し掛けたのは穴の空いた扉に腰掛け、退屈そうに廊下を見ているミサトだった。
 それに頷きを返したコウゲツはこちらの方を向き、ほらなっという顔をして言った。
「良かったな、嬢ちゃん。」
「じょっ!?」
 慣れない呼ばれ方に戸惑っていると、コウゲツが続けた。
「大将が動いたから、そう待たずに終わるぜ。」
「……」
 その言葉にどう返すべきか迷っていると、
――……あっ!
外から聞こえる音がわずかに変わっていることに遅まきながら気がついた。
 先程から止む気配が無かった二つの音のうち金属音が少しずつ聞こえなくなっているということに。



 そこに広がる光景は常識を逸脱したものだった。
 撃ち出される銃弾の群れの中を避けようともせず、真っ直ぐに歩く青年と少女。
しかし、その二人にはかすり傷一つ無い。

「クソがっ!」
 機関銃を射つガスマスクで顔を覆った二人組のうちの一人が苛立ちを隠しもせず吐き捨てる。

 先程、管理室からの通信で人質が何人かが脱け出したとは聞いていたが、
――届かねえだと!?
こちらが射ち出している銃弾の数は毎秒10発が2丁で計20発だ。だが、そのことごとくが眼前の二人に届いていない。
 銃弾はその速度をもって敵に向かうが、その手前1メートル程の位置で光の飛沫を挙げて失速し落ちる。
 その堆積により床には無数の銃弾が転がっている。
 そんな馬鹿げた光景を作り出しているのは、恐らくこちらに手を向けている白い少女のアビリティだろう。
――何かしらの防御系アビリティかサイコキネシスの応用か……どっちにしたって!
「ツイてねえぜ、まったく!」
 ガスマスクの男はそう吼えると機関銃の引き金に掛かる指に力を込めた。

 ハジメとリンは更に激しくなる弾幕の中を歩いて行く。今、この弾幕から二人を守っているのはリンのアビリティだ。

 リンのアビリティはいわゆるバリアと呼ばれるもので、通路を照らしている光の飛沫は銃弾を弾く際に生じるエネルギーの余波である。

 ハジメはガスマスクの二人がこちらに合わせて下がるのを見ながらリンに問いかけた。
「どうする?このまま階段まで圧しきっちゃう?」
 そう言われたリンは、あからさまに不機嫌な顔になり、
「……嫌。……疲れるから。」
と答え、ハジメの方を見て
「……早く。」
とだけ言った。
「はいはい。」
 ハジメはやれやれといった雰囲気で頷くと、ガスマスクの男に叫んだ。

「あーっと、一応言うけど、その銃をこっちに渡して降参するなら、こっちからは危害を加えないけど、そうする気……無いよねぇ。」
 その声に男は、
――愚問だな。
「当然だ。お前達こそ諦めろ。」
と答え、後退していた足を止めた。
 男達の後ろ2メートル程に突き当たりの壁が迫り、右側の壁には下階に下りる階段がある。
――こっから後ろはいかせねぇさ。
 男が腰の弾倉に手を伸ばしたとき、激しい銃声の中を「ハァ〜」という溜め息が抜けた。それと同時に光の飛沫の向こうに見えていた青年の影が消えた。
――どこに!?
 そう思うのと同時、男の左、二人の間を突風が走った。

 ハジメはあえて弾幕の中央、ガスマスクの間を狙った。
 その方が左右を行くより、攻撃の際に無駄がなく早い。それに通路の幅は2メートル程、左右によれば壁が近くなり動きにくくなり万一のとき回避がしづらくなる。
 だから間にその身体を落とすように跳ねさせガスマスクに並び、抜いた。
 左に振り返る動きで右足を軸にした回し蹴りを右側にいる男に叩き込む。視界には慌てて振り返ろうとする二つの影が映るが、間に合わない。
 男が振り返るより先に踵が男の側頭を打ち抜いた。
 短い呻き声を上げた男はそのまま壁に激突し口から空気を漏らすと、崩れ落ちる。
 敵が動かないのを確認するとハジメは真上に跳躍した。直後、ハジメがいた場所を銃弾が通過する。
「テレポートかよ!」
 そう叫ぶもう一人を天井を床にした状態で見上げ、天井を蹴り右足で男の頭を踏む。
「残念、ただの跳躍だよ。」
 先程の叫びにそう応えると、男の頭は床に沈んだ。
「聞こえてないか。」
 もう一人と同様に起き上がる気配がないことを確認すると、リンのいる方に歩きだす。

「ただいま。」
 そう言って、小さく手を振りながら戻って来たハジメにリンは抱き上げられた。
「……おかえり。」
 そう応え、抱えられた肩から見える位置に動かない二人の男が倒れている。
「……死んだ?」
 それを聞いて「まっさかぁ〜」と笑うハジメが振り返り、リンからは男達が見えなくなる。そして、今の今まで軽快に聞こえていた笑い声が消える。
 3秒程の沈黙の後「ははは」という乾いた笑いが通路に虚しく響いた。
「……えっと。え?死んでないよね?」
「知らない。」
 バッサリと切り捨てた。

 ハジメは倒れている男達に駆け寄ると、リンを下ろした。
「これで死んでたら笑えねえぞ。」
「……大丈夫。」
 慌てて確認しようとするハジメをリンはまっすぐ見て言った。
「……毎日、面会に行く。」
「まだ死んだか確認してないよ!しかもその感じだと俺確実に捕まってるよね!」
 ハジメの叫びを無視して壁際に倒れている男の手首を持つ。それを見てハジメも、もう一人に近づき腰を落とした。
「……生きてる。」
「こっちもね。」
 ハジメは安堵の息を吐いた。
「あー、良かった。あいつらに『殺すな』とか言っといて、俺が殺したりしたら、後であいつらに何されるか…」
「……殺される。」
 ハジメは「だよな〜」と返し立ち上がった。
「それじゃ、時間も無いしそろそろ行くか。」
「……ん」
 ハジメはリンを再び抱え上げると通路の奥にある扉をくぐり、階段を下った。

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