FINISHERs

。(くてん)

1話 事件と再会

 どうしてこうなったのだろうか?
 頭の中に生まれた疑問に答えるものはない。
 白い金属の壁と機械的な扉に囲われた何もない部屋の中、ティナはもう何度目とも知れない問いかけを考えていた。
 周りには30人程の人が床に腰をついている。しかしその顔に生気はなく表情は暗い。
――まぁ、仕方ないですよね。
 理由は今の状況だ。
 ことの発端は30分程前に遡る。



 どこか未来的な雰囲気を持つビル群がある。セントラルシティの8番区画である。
 セントラルシティはその外周を囲うように造られた鉄道の12の駅と、そこから街の中心に延びる大通りにより、12の区画に分けられる。

 ティナは昨晩の一件により与えられた休みを過ごすため、8番区画に新しくオープンしたビルにいた。
 地上8階、地下2階の合計10のフロアを持つ商業ビルの前面には、コマースと書かれた看板が掲げられている。
 ビルの目新しさに加え、休日ということもあり、店内は多くの人で賑わっている。

――何を買いましょうか。
 ティナは冷蔵庫の並ぶ通路を眺めながら考える。
 ティナがいるのは7階、電化製品フロアの白物家電が立ち並ぶ一画だ。

 考えるのは家にあるものである。どれもこれもが10年以上の付き合いで、ガタがきているものも少なくない。
 これを機に新しいものに変えるのも悪くないかも知れない、と思い、とりあえず目の前の小型冷蔵庫の値段を見ると、
――うわっ、意外としますね。
 さすがは最新型、と顎に手を当てて考えていると、腰の辺りに後ろから軽い衝撃が来た。

「うおぅ!?」
 驚きの声と共に振り返れば、10歳くらいだろうか、小さな少女がティナを見上げていた。
 緩いウェーブの掛かった金の髪は肩の高さで切り揃えられ、少し長めの前髪の間から覗く瞳は夕陽の色を持っていた。

――綺麗な子ですね。
 その人形のように整った顔立ちは、可愛いというより綺麗と形容した方が正しい気がした。
 ティナが見とれていると、少女はふいに口端を吊り上げて笑い、
「うおぅ!?」
と、ティナの真似をした。
「えっ?」
「うおぅ!?」
 突然のことで驚くと、再度同じ音が帰ってくる。
「……」
 どうしたらいいか分からず取りあえず無言でいると、
「……うおぅ?」
と、疑問文が飛んで来た。
――どう反応すればいいんでしょうか。
「……えっと…ですね。さっきのは…その、驚いただけでして…挨拶とかではないんですよ…。」
「……」
「……」
――恥ずかしいっ!
 無言の間が痛かった。

「姉さん、遊んでないで謝らないと。ぶつかったのは姉さんでしょ。」
 突然の声に三度目となる驚きに肩を跳ねさせる。
 少女の背後を覗くと、先程までは誰も居なかった空間にもう一人、少女の姿があった。
 その少女の外見は、今ティナを見上げている少女のものと瓜二つである。唯一、瞳の色の対称的な青が二人の少女を異なるものとしている。

 双子だろうかと考えていると、青い瞳の少女が口を開いた。
「先程から姉が失礼しました。姉に代わってお詫びします。」
「あ、いえ、お気になさらず。」
 予測の斜め上をいく謝罪が飛んできた。
 そのあまりにもらしくない、丁寧な謝罪に思わず返事を返すと、向こうからこちらに手を振り小走りで近づいて来る人影が見えた。

 近づく人影は背の高い青年で、歳は同じくらいに見える。髪や瞳の色は黒く、この国ではあまり見ない色だ。

「すいません。お騒がせしました。」
 そう言って、少女二人の横にならびティナの顔を見ると青年は声をもらした。
「あっ…。」
「えっ?」
 その声にティナが疑問の声をもらすのと、緊急事態を知らせる非常ベルが叫び声をあげたのは同時だった。

 それからは全てがあっという間であった。
 銃をもった男達にフロアは占拠されティナを含めたフロアにいた客や従業員達が人質となり狭い一室に閉じ込められたのだった。



 それから30分がたつ。状況は全く好転せず人質達の不安はさらに濃くなっている。
――ある一団を除いてですが。
 後ろを見れば、先程の少女2人と青年の集団がいる。人数は8人。重たい空気が部屋に広がる中、笑顔を浮かべるその集団は、まるで別世界にいるかのようで控えめに言って悪目立ちしていた。

 彼らは今、部屋の隅に円状に座っている。そして、それぞれの手には数枚のカードが握られ、円の中心にはカードの山が築かれつつある。

――こんなときに何してるんですかこの人達…。
 そう思い、彼らの手元のカードを覗けばその答えは出た。
「あの、本当に何してるんですか?」
 そう言うと先程の青年が振り返り手元のカードとこちらの顔を交互に見ると、解らないの?という顔をして答えた。
「何って、ババ抜きですけど……。」
――解ってますよ!
 そんなことは彼の手に握られたトランプのカードを見たときから解っている。しかし、そういうことが聞きたかった訳ではないのだ。
「そうじゃなくて、何で今ババ抜きをしてるんですか!?」
 そう言うと、質問の意図を理解したのか、合点がいったという雰囲気で何度か頷き笑顔で答えた。
「暇潰しです。」
「………」
 理解できなかった。
 そもそも、テロリストの人質になった状況で暇潰しをしていることを理解しろということが土台無理な話だ。

「暇潰しってそんなことしてる場合ですか!」
 そのあまりにも非常識な答えに思わず叫んでしまったが、彼は特に驚いた様子もなく笑顔のまま人差し指を立て口元によせた。
「っ!?……すいません。」
 小さく謝ると青年はトランプを円の中心に捨て手招きをした。
 すると、それが合図かのように座っていた他の人達がトランプを同じように捨てて片付け始める。
 その行動の意図が解らず呼ばれた通りに近づけば、青年は小さな声を出した。
「ほっといても、あと15分もしたらこの事件は解決しますよ。」
「なぜそんな――」
「静かに。」
 再び声を荒げたティナに青年は人差し指を前に出し、続けた。
「この部屋に連れて来られて30分ぐらいになります。さらに、サイレンの音から警察が来て15分というところでしょうか。」
 一呼吸おきさらに続ける。
「こういった事件なら突入部隊が編成されている筈です。そして突入の準備等に30分程かかるとすれば、あと15分程で突入し、事件は何らかの形で解決します。」
 そこまで言うと、苦笑して
「まあ、ここにいる人達がどうなるかは解りませんが。」
と、付け加えた。

「……どうしてそこまで解るんですか?」
 その的確な推理、ひいては事実にティナがきくと、青年は浮かべていた苦笑を怪しい笑みに変え、
「職業柄こういうのには詳しいんですよ。」
と、答えた。
――いったい何を……。
 怪しすぎる答えにティナがさらに問おうとしたとき、青年が一枚の紙を差し出した。
「イーストシティのはずれで、なんでも屋をしています。ハジメといいます。何かご入り用でしたらそちらまで。」
 そう名乗ったハジメから紙を受け取ると、紙には『なんでも屋』という言葉と住所と電話番号が手書きで書かれていた。
――胡散臭すぎますよこの名刺……。

 ティナが名刺を眺めていると、先程トランプをしていた一人の青年がハジメに声をかけた。
「大将、準備できたぞ。」
 ハジメはその声に頷きを返し立ち上がり歩き出した。
「あっ、何処に――」
行くんですかと、言い終わる前にハジメは部屋の中央あたりに座っている女性スタッフの前で止まった。

「すいません。」
 ハジメがしゃがみ声をかけると女性は肩を跳ねさせた。
「は、はい。………何でしょうか。」
――警戒されてるかな?
 女性の答えに、ハジメは笑顔で続ける。
「ここが何処だか教えてもらえますか?解る範囲でかまいませんので。」
 その質問に女性は困惑を顔に浮かべると、
「な、何故でしょうか。」
と、問い返した。
「気にしないでください。ただの興味本意です。」
 ハジメはそう答えると、お願いしますと自分の質問の答えを促した。
「8階の……第4倉庫だと思います。」
 女性が答えるとハジメは、ありがとうございますと言って、腕を組んだ。
――8階か……。
 思い出すのは、このビルのエレベーターの階数ボタンだ。
――……確か7階までしか無かったよな。
「8階は客も入れるんですか?」
「……いいえ。8階は従業員用のフロアなのでお客様は入れません。エレベーターも有りませんので7階の階段からしか入れませんし……」
「……なるほど」
 ハジメは口元にうっすらと笑みを浮かべた。
「最後にもう一つだけいいですか?」
「……はい。何でしょうか。」
「このビルのシステムの管理室が有るのはこの階ですか?」
 その質問に女性は、何故そんなことを聞くのか、という顔をすると少しの間を置いて頷いた。
「そうですか。ありがとうございます。」
 そう言うとハジメは立ち上がり部屋の隅に視線を送った。
 すると、そこに立っていた7人がこちらに歩いて来た。

「大将、えらく目立っちまってるがいいのか?」
 先程の青年からの問いに、ハジメは笑みで
「かまわないさ。」
と、答えると
「それじゃあお前達、役割分担するぞ。」
と、笑みを向けた。
 その言葉に7人それぞれが頷き最後にハジメが満足気に頷いた。
「まず、シノブはスイングと協力してこの階にある管理室からここの管理システムをハッキングしてくれ。」
「了解しました。」
『解ったよ。』
 藍色の髪を頭の左側で結い上げた少女が短く応え、少女が着けていた腕時計から声が応える。

「次に、ウェルとサティ、トカゲの三人でこのフロアと下にいく階段を制圧してくれ。」
「はーい!」
「解りました。」
「………(コクリ)。」
 金髪の少女2人が返事を返し、口元を長いスカーフで隠した青年が頷きを返したす

「コウゲツとミサトはここに待機して万が一のときこの人達を守ってくれ。」
「オーケー、大将。」
「はぁ、私も行きたかったな。」
 体格のいい青年が右の拳で左手を打ち、赤い髪を左右でまとめた少女が不満を漏らした。

 そしてハジメは足元にいる白髪の少女を抱え上げ、扉を向いた。
「俺とリンは下の階に下りて頼まれてたことをこなす。そんで、ついでに下の階のやつらをぶっ飛ばす。それじゃあ――」
「待ちなさい。」
 後ろからの制止に振り返るとティナが立っていた。その表情には緊張の色がある。
「何しに行くつもりですか。」
 答えが解っているのだろうその声に疑問の響きはなく、確認のようにも聞こえる。
 ハジメは表情から笑みを消し真剣な顔をすると口を開き声を放つ。
「さっき説明したように事件の解決と人質の安全は直結しません。だから、我々が警察より先に人質の安全を確保したうえで解決します。」
「そんなこと――」
「できますよ。」
 ハジメは自分の声をわざとティナの言葉にかぶせた。
「我々はプロです。そしてこの事件は我々が終わらせます。これは決定事項です。」
 そこまで言うと、コウゲツとミサトの二人を指し、
「そこの二人は置いて行きます。何かあったらその二人に言ってください。」
 そう言って振り返り
「ティナさん。」
ティナの名前を呼んだ。

「!?」
 ティナは呼ばれた名前に驚きと疑問を感じた。
――どうして!
 自分は彼に名前を言った覚えはない。ならば何故――
「どうして私の名前を知っているんですか?」
 問うた先、こちらに背を見せているハジメの表情は解らない。
 今まで以上の緊張がティナを包むなかハジメは答える。
「お忘れですか?昨晩、あなたの名前を覚えおくと確かに言ったはずなのですが。」
 その言葉によってティナの脳裏に昨晩の黒い影がよぎった。
「あなた、まさか!?」
「大将、いつでもいいぜ。」
 ティナの声とコウゲツが扉に手をつきハジメを呼んだのは同時だった。

 呼ばれた方に顔を向ければコウゲツが扉に手をつき頷く。準備ができたと、そういうことだ。
 それに対しハジメは言葉をもって答える。
「よしお前ら、準備はいいな」
 その確認に対する答えはバラバラで統一性など一切感じられない。しかし、それでいいとハジメは頷いた。
「それじゃあ改めて、コウゲツ頼んだぞ。」
 おう、という返事の直後、手の置かれた扉に直径2m程の穴が空いた。
『!?』
 部屋の中にどよめきが生まれ、ハジメの声が静かな響きを持って空間をうった。
「……行くぞ。」
 その顔にはいっそ不気味なまでの怪しい笑みが浮かべられていた。

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