月夜に提灯、一花咲かせ

樫吾春樹

参文目 映ったものは過去の虚像で

初デートから少し経って、裕人さんに告白された後のこと。寝ていたのを起こされ、もうすぐ着くと言われた。今日は、僕が東京に引っ越す日である。
「あれ…… おはようございます……」
「まだ眠そうだね、まこちゃん」
「はい…… まだ、ちょっと眠いです」
「お疲れ様。部屋に着いたらゆっくりするといいよ」
よしよしと頭を撫でられる。やっぱり、こうして撫でられるのは好きだ。撫でられることも少なくなった今では、たまにされると嬉しくなる。
「なんか、嬉しそうだね」
「そう見えますか?」
「うん、見える。何か良いことでもあった?」
「何でもないですよ」
そう言って、部屋の大家さんに挨拶をしに行ってから、車に積んである荷物を降ろしていく。布団にスーツケース、それから、最低限の生活用品。他に必要なものがあれば、順次買っていくことにした。
「あ、それはこっちにお願いします」
「わかったよ。他は」
そんなやり取りをしながら、荷物を部屋に置いていく。
「これで、積んであったのは最後だよ」
「ありがとうございます、裕人さん」
「まこちゃんこそ、お疲れ様」
そう言われて撫でられる。大きな手のひらの温もりを感じながら、流れに身を任せる。ふと、抱き寄せられて腕に包まれる。不思議に思い見上げると、そのまま口付けされた。
「裕人さん?」
「ごめん、まこちゃん……」
一度口を離しそう告げると、また口付けをしてきた。今度は深く、舌が絡まり合うキス。頭がぼーっとするような感覚に襲われ、腰が抜けそうになるのを彼が支えてくれている。体感的に五分程、もしくはそれ以上されてから、互いの唇が離れた。
「ん…… 裕人さん……」
「まこちゃん…… 好きだよ」
「あの、僕には……」
「知ってるよ。周さんでしょ?」
「なら、何で……」
「ただ好きだから。彼氏じゃなくてもいい、気持ちを伝えたかったんだ」
もう一度、そっと触れるような口付けをされる。彼の気持ちは痛いほど伝わってくる。だけど、僕には彼氏がいる。二人の間で揺れ動く僕の心は、いったい誰を選ぶのだろう。答えはそんなに難しくないはずなのに、頭が否定する。
「まこちゃん、大丈夫?」
「……ダメです」
「え?」
「ダメなんですってば。誰のせいでこうなったと思ってるんですか!」
半ば自棄になり、裕人さんを引っ張ってこちらから口付けをする。こうなったら、本気で落としてしまえ。そして、僕自信も落ちてしまえばいい。例え、周りから後ろ指を指されることになっても、気持ちだけは騙せないと思うから。
「ごめんね、まこちゃん。大事にするから」
そして、気づけば僕は敷いたばかりの布団の上に押し倒されていた。

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