月夜に提灯、一花咲かせ

樫吾春樹

弐輪目 雪の下

肩を揺すられながら「現場に着いたよ」と言われ、起こされる。本日の一件目の現場は、東京都内になる。というか、都内じゃないことの方が珍しいと言うべきか。ビルの内装工事を中心としているため、都内だったり休日だったりが多い。
「また、この現場ですか。随分、久しぶりですね」
「数ヶ月ぶりだね。指示書がないから誰が来るのかわからないけど、時間まで待ってることにしよう」
「そうしますか。今日はシールですよね?」
シールとは、サッシとガラスの間にシリコンを入れる作業を指す。シーリングと呼ばれたり、コーキングと呼ばれたりする。
「そうだね。天井と目地だね」
「わかりました」
僕は一件目のこの現場ではやれることがなく、見てるだけになるようだ。次の現場ではやれることがあればと思う。
そんなことを考えていたら、待っていた人が来た。待ち合わせに来たのは、僕達も何度も会っている人だった。
「おはようございます」
挨拶をして、軽く会釈をする。他にも何人かの職人さんを待ち、全員揃ってから受付を済ませ目的のフロアへと向かう。エレベーターの中では先輩や、他の職人さん達が会話して、僕はそれを黙って聞いていた。
目的の階に着いたが、責任者が他の職人さん達と別の工事のことで違う階に行くため、僕達は「その場で待っているように」と言われた。
エレベーターが閉まり、下がってからしばらく時間が経った。暇になったのか、先輩が僕の頭を突いてきた。
「なんですか?」
「いや、特に深い意味は無い」
「はあ…… 現場ですよ、裕人さん」
お返しとばかりに突きながら、先輩に言う。
「そんなこと言ってる、まこちゃんもね」
「何のことでしょう」
「やーい。寂しがり」
「身に覚えがないですね」
「身に覚えしかないんじゃなくて?」
くだらないやり取りを繰り返す。僕達は同じ仕事の先輩後輩であり、恋人同士でもある。そうでなかったらこんなやり取りは、まず僕がしないだろう。確かに甘えたい時もあるが、人目につくような。しかも、大きな現場とかとなれば話は別だ。仕事は仕事。そうやっていかないと、色々と面倒になる。
更に三十分くらい経った頃。責任者が扉から出てきて、僕達の作業する部屋を開けてくれた。中に入り準備をしていると、パーティション工事の人が同じ部屋に入り、パネルを外すのだと言い作業を始めた。
「これは終わるまで待ちだね」
「大人しく隅で待ってますか」
部屋の隅に退避し、彼等が終わるのを僕達は待つことにした。待っている間に僕は、過去の記憶を思い出していた。先輩に出会った当時のことを。

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