月夜に提灯、一花咲かせ

樫吾春樹

弐音目 風信子

十二月の中旬。気づけば僕は誕生日を迎えた。当日は休みだったらいいなとか、裕人さんと過ごせたらいいなとか先月に少しだけ考えてはいた。だが、実際は違った。
「真琴さん、ライナーとピー板置いて」
「はい、わかりました」
「終わったら、掃除の用意ね。その間に、この四連ガラス入れるから。そしたら、ここのクリーニング」
「はい」
誕生日なんて何それ。そんな感じで、考える暇もなく時間が過ぎていく。今日は一件目が五反田。二件目が宇都宮となっている。よりにもよって、こういう日に限って余計に忙しい。まあ、僕にとってはだからどうしたなのだが。
裕人先輩に言われた通りにクリーニングまで終わらせ、先輩と応援にいつも来てくれる職人さんが、付き合わせのハイクリアをやっていく。ハイクリアは打った後に動いたりとかすると、その目地を丸々一本後日やり直しになる。それに、表面が乾き出すのが早い。そのため、他のシリコンの時よりも嫌がる職人が多いと聞く。
「真琴さん。クリーニング終わったのなら、ビートのちょんがけやっといて」
「はい、今やります」
ビートをやって、その後に単板ガラスのクリーニング。そして、一件目の仕事は終わった。
「真琴さん。悪いんだけど、監督さんが来るまで待ってて? 俺、宇都宮だし。電車で来て、家の近くで拾うよ」
「いいですよ。そうしないと、日付変わる前に帰れませんしね」
「そうなんだよね。悪いね」
「いいですから、早く行ってください」
先輩を追い出すように見送り、僕は監督が来るのを電車の時刻を確認しながら待つ。十分もしないうちに監督が来て僕は解放され、駅へと向かった。家へと向かう電車に乗り、先輩と仕事での連絡を取る。
電車に揺られながら、気づけば自宅のある町まであと一駅。先輩から今の場所を聞かれ、もう着くと答える。迎えに行くと返事が来た。駅前で先輩を待っていると、いつもの白い軽自動車が止まった。
「どうも」
「出発するけど、大丈夫?」
「はい、大丈夫ですので行きましょう? じゃないと、遅くなりすぎますよ」
「そうだな。じゃあ、行くか」
二件目の宇都宮に向かって出発する。車内で、現場の状況とか、上履きの有無、入り口の場所などを説明する。二件目は、本来なら終わっていてもいい現場。だが、当日にドアが吊ってなかったために、スリットガラスを入れられなかった。そのため、今日行くことになった。
現場近くの駐車場に停め、そこから現場まで走る。運が悪いと普通の現場なら閉まっていて入れない時間であるが、まずは行かないと話にならない。現場に着くとまだ開いていて、中に入れた。
「真琴ちゃん、シリコン取ってきて」
「はい」
僕が取ってきて戻ると、先輩はガラスを入れ終えて、バッカーを詰めている所だった。
「詰め終わった所から、ペーパーを少し濡らして拭いていいよ」
「わかりました」
たった三枚。だけど、仕事は仕事。言われたことをこなし、あとは見るだけになってしまった。
シールを打ち終え、時刻は二十一時。ここから自宅までは約一時間半。流石に帰って寝るだけになる時間だ。
「お疲れさま」
「お疲れさまです」
「明日も同じ時間ね」
「はい、わかりました」
いつものように他愛のない会話をしながら、自宅に着いた。そうして、僕の誕生日は過ぎた。
次の日。いつものように仕事を終え、車内で自宅へと帰ってる途中に先輩に言われた。
「奢ってあげるって言ったら食べる?」
「へっ? いきなりなんですか?」
「ケーキとピザ、どっちがいい?」
「えっと…… じゃあ、たまにはケーキが食べたいです」
「ん、わかった」
いまだに話の内容が理解できず、何でそんなことを聞いたのかわからないでいた。そのまま店に着き、注文をした。
「さてと、飲み物取ってくるか」
「僕も行く」
飲み物を取り、二人とも席に着く。
「それじゃあ、誕生日おめでとう。まこちゃん」
「えっ、あ、ありがとう」
「どうした、その反応は。嬉しくないのか?」
「いや、いきなりだったし、覚えてたことにビックリしたし」
「まあ、たまにはな。本当は昨日連れてきたかったがな」
「ありがとう! すごく嬉しい」
いきなりのサプライズにビックリしたものの、とても嬉しかった。日付が過ぎたとか、別によかった。覚えてくれただけでも、嬉しかった。僕にとって、今日は特別な日になった。

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