おままごとの演じ方

巫夏希

Epilogue

「箱庭世界の調査報告書、」

 ある空間。
 ある場所にてひとりの少女が小さく溜息を吐き、そう呟いた。
 その言葉は誰に言ったでもない、彼女がペンで書くことをそのまま言っているだけだ。

「唯一の特異点とされていた夕月梨沙に干渉する存在が二名現れた」

 さらさらと、流れるように書いていく。

「一人は時間軸上、もっと未来に居るべき存在……。そしてもう一人はその人間によって特異点へと変更、或いは書き換えられた存在」

 そこで、ノートに書く手が止まる。

「誰かと思ったが、君だったか」

 声が聞こえた。
 こつこつと、近づく足音。
 それを見て、彼女は笑みを浮かべた。

「やあ、ミス・リンデンバーグ。どうして君がここに居るのかな?」

 リンデンバーグと言われた少女は、その表情を変えることなど無い。

「偶然だよ。まったくの偶然だ。ここを通りかかっただけ……と言うと思ったかい?」
「もしそんなことを言ったのなら、私はその時点であなたをメッタ刺しにするところだったよ」
「メッタ刺し! いいねえ、趣味が悪いよ」
「いいのか悪いのかどちらかにしたらどう」

 ペンを置いて、立ち上がる。

「いいのかい、忙しかったのだろう?」
「いいのよ。今はそういう気分ではないというだけ」
「そうか」

 彼女は立ち上がり、リンデンバーグと対面する。
 リンデンバーグと呼ばれた少女は、少女というには幼かった。
 黄色い帽子をかぶっていれば幼稚園に通っているのかと思われてもおかしくないくらいの容姿だった。

「あなたねえ……自分の容姿と向かい合ってみたら? シークレットブーツとかを履かないでいる姿勢は褒めてあげるけれど、さすがにそれはどうかと思うわよ?」
「うるさいわね、ちゃんと毎日牛乳を飲んでいるわ。もっというならカルシウムとつく食品を欠かしたことはない」

 いらいらとしているのか、リンデンバーグは頭を掻いた。

「カルシウム不足のようね。ミルクを飲むことをオススメするわ」
「言語を変えただけでそれは牛乳だ! ……というより、いらいらが募っている原因が誰によるのか、それを自覚して欲しいものだね」
「そんなこと、した覚えがありませんが」
「……いつまで『夕月梨沙』を遊ばせておくつもりだ」

 ぴくり、と。
 彼女の眉が微かに動いた。

「夕月梨沙が特異点であることは我々機関も認めている。だから君という人員を割いて特異点を見ているのではないか。しかしながら、特異点は静観を決めるのみでこの世界を動かすことはない。ならばどうすればいいか。我々機関がそれをこの前提起したばかりではないか」
「ええ、知っていますよ。理解していますとも」

 小さく溜息を吐いて、彼女は言った。

「――『夕月梨沙』に関わる人間の抹殺、ですね」

 静かに、ただ静かに言った。
 夕月梨沙は特異点として、彼女とリンデンバーグが所属する機関が定めた。この世界を一度変えた存在を、自分たちの手に置けば自分たちの思う世界が構成されるのではないか、と。
 だから機関は調査を開始した。具体的には機関の構成員を派遣して、調査を行う。
 それが彼女だった。
 機関は調査を開始したが、彼女が死んでしまってから――調査は難航していた。彼女が幽霊になったという噂を聞きつけてからも機関は調査を続行した。そして現在、彼女が幽霊であることは確認されたが、それ以外は何も起きず、ただ過ごしているだけだった。
 ついこの間、常滑清治が死ぬまでは。
 常滑清治は機関の人間だった。夕月梨沙が寄生している存在に近づき情報を収集するのが彼の役目だった。
 しかし常滑清治は呆気なく死んだ。彼は夕月梨沙が寄生している存在と話しかけた直後、違和を感じたのだという。
 彼曰く、この世のものとは思えない憎悪。
 彼曰く、何にも変えられない愛情。
 その両方を彼は感じたのだという。恐れて、彼は調査直後、機関からの脱退を志願した。

「その直後……常滑清治は死んだ。そのことについて、その因果関係について、機関は考えた。夕月梨沙という存在は自分たちが考えている以上に恐れなくてはならない存在なのではないか、と。夕月梨沙を調査することはやめよう、という意見もあった」
「でもそれをどうにか抑え込んだのがリンデンバーグ……あなたですよね?」
「当然よ。世界を変えるかもしれない存在よ? ここまで来て手放すわけにはいかない」

 リンデンバーグの目線はとても熱いものだった。機関の野望以上に大きな野望を抱えているのではないか、彼女はそんなことを考えていた。
 リンデンバーグは気付いたように時計を見る。

「……おっと、もうこんな時間ね。それじゃ私は退散することにしましょうか。私も機関の幹部として忙しいことがてんこ盛りだからね。あ、報告書は早めに提出してね」
「結局催促で結論付けますか……。まあ、いいですよ。解りました。明日には提出します」

 そして、二人の会話は闇夜の中に消えていった。



 イングリッシュガーデンで、私は今日も昼食を取る。
 幽霊少女の夕月梨沙と、元・殺人鬼の橘アオイとそれに取り憑く幽霊一紗。
 こんな不可思議でアブノーマルな日常に見える、そんなセカイは、私にとっての日常だった。
 変わることのない、大切な時間。

「どうした、顔が綻んでいるぞ?」

 梨沙の言葉に、私は微笑む。
 だってこの日常が、とても幸せなんだもの。
 そう思って、私は梨沙の言葉に答えるようにまた微笑む。
 それを梨沙は首を傾げて見つめていたけれど、そんなことはどうでもいい。
 これが梨沙の作り出した箱庭世界だというのなら、私はそれに甘んじよう。





 だって私は――彼女のことが好きなのだから。





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