おままごとの演じ方

巫夏希

第十五話 meeting-2

 結局。
 文芸サークルのメンバーが集まったのはそれから十五分後のことだった。

「いやぁ、済まなかったね。講義が終わらなかったものだからつい遅くなってしまったよ」

 初めにやって来たのは小太りの男だった。体型は若干肥えているのだがファッションには煩いのか、髪は金色に染め外国語が書かれたTシャツの上から薄い灰色のチャック付きパーカーを羽織っていた。ただお洒落かと言われるとはっきりそうとは言えないかもしれない。それくらい微妙なファッションだった。
 彼の名前は竹内重敬、字面だけ見れば随分とかっこいい名前だ。だからといってそれが容姿に適用されることは無い。寧ろ『名前はかっこいいけど実物はとても残念』と言われかねない。現に影では言われているし。
 但し性格は最悪、という程ではないので最低限の干渉だけは許している。

「人は見かけによらない……っていうけれど、彼だけは一番理解出来ないわね。だってあんな見た目でサークルの中で一番まともなのよ? 何かのジョークだと思うでしょう?」

 梨沙はそんなことを言っていたが、確かにそうだった。元々ああいうファッションではないだろうとも推測していた。梨沙曰く、「そう言えば昔、臆病だった人間が敢えて金髪になってツッパリの道を歩む漫画があったわね。あれってラストはどうなったのかしら?」と続けたが、私はその漫画の詳細を良く知らないので、あまり良い返事をすることは出来なかった。
 竹内さんが私の斜め向かいに座る。四人席で残っているのは私の左隣だけ。残っている時井戸さんが来るのならば座るのはそこになるだろう。……と言っても未だ会ったことは無いのだけれど。

「そういえばさ、メールが来たんだよ」

 竹内さんが冷水を飲んで、そう言った。

「メール……別にそれが物珍しいことでも無いでしょう? あ、もしかしてメールが滅多に来ないとかそういう感じなのかしら。久々にメールが来たと思ったらチェーンメールだとか」

 そういえば最近チェーンメールって来ないなぁ。完全にスマートフォンの方が高需要だから通話アプリとか他のSNSでの手段に移行したのかもしれない。ただの憶測に過ぎないけれど。

「あのな、幾ら何でも俺がそんな原始人みたいな人間じゃないことは流石に知っているだろ? そうじゃねぇよ。言っておくが、来たのは人間だ。そして皆知っている奴だ」

 それを聞いて心なしかひかりさんは身体を震わせていた。何を言おうとしていたのか、彼女には解っていたらしい。らしいというのは、それが確定事項ではないからだ。

「……あぁ、そうだった」

 私の方を見て竹内さんは言った。

「そういえば未だ吉川は入って日が浅いから解らないかもしれないな。だから、ピンと来ないかもしれない。済まないな、別に話の輪に入れたくないとかそういうわけではないことを解ってもらえると助かる」
「……もしかしてその連絡が来た相手というのは……!」

 反応したのは私ではなく梨沙だった。彼女もまた、『その』存在を目の当たりにしたことは無い。だから彼女はその存在が存在しないのではないかと常々言っていた。私もそう思っていた。名前だけは知っていても、見たことは無い。だからほんとうに存在するのか疑問を浮かべる。これは当然の事でもあるし仕方無いことだと言える。
 ともかく私としては会ったことが無いから別段何も思わない。だからあまり気にしていなかったのだが……まぁ、会うというのであればそれに越したことはない。本人が来るのならば少しくらい身構えるべきかもしれないけれど。
 そして。
 さも当然のように竹内さんは言った。

「連絡が来たのは時井戸からだ。もうひかりは解っているかもしれないが、吉川の為に念のため言っておく」


 ――やはりそうだった。時井戸さん。文芸サークルのリーダーを務めているが、あまり姿を現すことはない。大学院に進んでいるらしく、滅多に顔を見ることは無い。というかあったことがないから顔を見てもそれと一致するか怪しいのだが。


 ともかく、今まで会わなかったリーダーが来るというのだ。挨拶くらいはしないといけないだろうししないとまずい気がする。最低でも、今後ここで生きていくためには。

「取り敢えず予定では今日来るらしいが……それでも若干遅れるらしい。まあ、それは仕方ないかもしれないな。少しくらい目を瞑ってもいいかもしれん。時井戸が実際にやってくるのはどれくらいぶりだ?」

 確か時井戸さんは竹内さんの先輩だったと記憶している。が、呼び捨てにしている。本人が居ないからそう呼んでいるのか元々そう呼んでいるのかは不明だ。

「確か今年度の決起会には参加していたから、半年くらいぶりになるのか? ……まぁ、もう気にしなくなったがうちの代表も相変わらずといえば相変わらずだな」

 冷水を一口呷る竹内さん。言葉にも熱が籠ってきているし若干饒舌になりつつある。
 それ程話すのに足る議題だということだが、しかしそこまで熱が入るくらい話す議題でもない。要するに議題がそれしか無いということとなる。

「……まぁ、そういうわけで、時井戸がこれからやって来る。何時にやって来るのかははっきり言って解らない。希望的観測というやつで地道に見ていくしか考えることはできない」

 時井戸さんがやってくる時間に特に指定は無かった。即ちいつ来てもおかしくないということだ。来ないことも充分に考えられるかもしれないが幾ら何でもそれは酷すぎるというもの。だから私たちは律儀に待つことにした。
 とはいえ注文もせずに駄弁るのが出来る程心に余裕があるわけではない。取り敢えず私たちは早めの夕食を取ることにした。私はハンバーグセット、竹内さんがエビフライとステーキの盛り合わせ、ひかりさんはエビピラフとビーフシチューだ。……こう見ているとひかりさんが結構食べる。それにはちょっと驚きだ。
 ひかりさんにそれを訊ねると彼女からこんな内容の返答が帰ってきた。

「私、ハンバーグってあまり食べる気がしないのよね。嫌いなわけでは無いのだけれど、なぜか好き嫌いしてしまうのよ」

 好き嫌いが理由だった。食べ物を選ぶのは九割そういう理由だと思うがそれにそのまま当てはまっていた。
 まあ、取り敢えず私はハンバーグを食べることにした。ハンバーグセットは鉄板に載せられたアツアツのハンバーグと付け合せのコーンにポテト、目玉焼きとライスにコンソメスープが付けられた、ごく普通のセットである。お値段五百七十円という破格の安さもさすがと言える。ハンバーグは小判型になっており、デミグラスソースがこれでもかとかかっている。それを見ると私は涎が出そうになってしまう。
 しかし私はそれをどうにか押さえ込んでハンバーグを切っていく。ナイフで切るとその切り目から透明で若干濁っている肉汁が溢れ出してくる。それを一口大に切り終えて漸く私はそれを食べる準備に入った。

「美味しそうだなあ……。死ぬとこういうのを食べられなくなるから割と辛いよね」

 梨沙は言ったが、確かにそのとおりだと思う。それがあるから私は割と死にたいと思わないのかもしれない。美味しいご飯が食べられればそれでいい。安っぽい人生かもしれないが、そういうものだったりする。
 一口大に切ったハンバーグを口に入れると、直ぐに肉汁が口の中に溢れ出る。あんなに溢れていたのに未だ残っているのかと驚きつつもその味を味蕾に覚えさせながらライスを一口。たまらない、この肉汁とデミグラスソースが絡んでさらに味が濃厚になっている。これで五百七十円……あまりにも安価だ。もう百円追加しても文句を言われないのではないだろうか。
 ハンバーグだけが主役ではない。付け合せにあるポテトも忘れてはならない。
 ポテトをフォークで刺し、先ずはそのまま一口。塩がいい具合になっており、どこか心地よい。塩加減だけでここまで満足出来るポテトなんて滅多に食べたことがないからさらに珍しく感じる。
 次にポテトをデミグラスソースに付ける。そうすることで深みがさらに増す。ああ、美味しい。生きていて幸せだと思える瞬間かもしれない。
 ……そうグルメレポートを脳内でこなしながら、大体半分くらいを食べ終えたあたりで、私はあるものに唐突に意識を揺り動かされた。


 ――それは視線だった。見ていることを隠そうとしない、突き刺さるようなそれだった。


 だからといって私は視線の相手を探そうとはせず、ある一点に目を向けていた。
 その一点に居たのは歩いている黒いシャツの男だった。入り口から来てずっとこちらを見ながら、歩いている。目的は恐らく――ここだ。未だ別のテーブルという可能性も考えられるけれど、そちらの方が現実味を帯びている。
 一歩、また一歩とこちらに向かってくる男は薄ら笑いを浮かべこちらに向かってくる。その姿には少し、狂気すら感じられた。背中が、ぞわり、と何かが這いずるような錯覚に陥る。
 今やってくる人間は誰なのか。こちらに向かってくる人間は誰なのだろうか。そう思った。
 一つの結論を導いたが、それは出来ることなら真実であって欲しくなかった。別に理想像を高く求めていたわけではないが、まさかあそこまで風貌が変わっている人間だなんて思わなかったからだ。
 そして、その男は私たちが座るテーブルの前に立って、言った。

「……待たせて済まないね、皆。漸く到着したのだけれど……、さて、僕はどこに座ればいい?」

 時井戸さんが、そこに立っていた。

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