召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ⑦ー⑥


 ―――こっちよ。明琳。


 きょろきょろと見回した。何て綺麗な場所だろう。池にたっぷりと満たされた水は真珠のように光り、宝玉が敷き詰められている。その池の前で、桃色の髪がゆっくりと揺れている。蝶華はいつもの衣装ではなく、白い雪のような皇極衣装を翻していた。

「蝶華さま!」

「いつまでさま、つけんのよ! まぁいいわ。光蘭帝、冷たいわね。忠告しようとしてんのに、魔、扱いするのよ?どう思う?」

「祟ってたんじゃなかったんだ」

「叩くわよ? ああも、時間がないの。明琳、よく聞いてね?…あんたはこれからもっともっと辛い目にあうけど、あんたの思った通りに行動していいの。後宮の仕来りなんか考えない、それがあんたでしょ?」


「ハイ」

「それとね」

 蝶華の髪は元のピンク色だが、もっと光沢を帯びて輝いていた。その腰には紅玉を繋げたような帯紐を巻き、その輝きは何故か白い太陽の光を跳ね返している。

 とても大きな、水晶に似た輝きの太陽だ。隣にはもう一つの太陽がある。星は半分沈んで、でもそれが美しくて、夜空と青空を半分に割ったように、空は絶えず輝いている。

 蝶華の後の池からは大きな宇宙樹が枝を広げており、時折宝石のような珠が池に落ち、ポン、と音を立て、転がって消える。

 ここはどこだろうと考えて、明琳は辺りを見回したが、また蝶華の手が明琳の髪をぐしゃっとやった。

「お話はちゃんと聞きなさい! ここは現世と幽世の境目。光蘭帝さまの中にいた魔もここで生まれたものよ。ここでなら、あんたに引き渡せると思って。その瞬間を待っていた。本当は長居出来ないんだけど、白龍公主の羽衣のせいねきっと」

 蝶華は言うと、ゆっくりと握りしめていた五指を開いて見せた。金色に光る小さな欠片がちょこんと乗っている。その中にはシュウシュウと音を立てた闇が噴出さんばかりに燃えている。

「光蘭帝さまから預かってた命の種。あんたにあげるわ」

 蝶華は云うと、ゆっくりと明琳に近づき、その唇をくいとこじ開けた。
「ぽげっとしてるんじゃないわ」と言いながら、思ったよりも甘かったそれを口に含ませる。それはすぐに耀になって、体内に溶け入った。

「光蘭帝さまがずっとずっと大切に持っていた種よ」

「いいんですか? 飲んじゃいました」

「あたしが欲しい種は一つだけだもの。それはあんたにあげる。ねえ、明琳。一つだけ教えてあげる。あたしね、実は白龍公主さまにはとっくに愛―――――」

不思議な空間はゆらゆらと遠ざかり。目を開けると、光蘭帝の潤んだ瞳とぶつかった。

「終わりはそなたが口づけをするのが習わしだ」
 混乱したまま、首を伸ばして、自分の衣装がほぼ無くなっていることに気が付いた。

「大層美味だっった。そなたらしい身体だ。元気で、弾力がある。その上ガンコでなかなかいう事を聞かない。それを従順にさせる愉悦すらあった。愛おしい時間だった」

「え、じゃあ……もしかして…」

 蝶華妃からわたしは種を受け取った。種と言うよりは、一つの宝玉を。
 あれは夢の中の事で…こっちではその時は。

 おなかの奥が暖かいのが分かる。それにまだ、何かが中にいる・・・。


 ―――あたし、この瞬間を待っていたのよ。

 明琳に光蘭帝が種子を預けるその瞬間を。



 明琳は無意識に下腹を押さえた。閉じ込めたものを外から撫でる。光蘭帝は切なげに眼を伏せ、外を見やった。その横顔は何かの責め苦から解放された時の表情に似て、やっぱり物悲しい。

「光蘭帝さまがいるんですね。わたしの中に」

 光蘭帝は頷いた。小柄な羊の頭をくしゃっと撫でて、放れた毛を摘んで口づけると、ゆっくりと腰を引き、離れた。潤んだ目のまま、明琳を抱き寄せて囁いた。光蘭帝の声はさらに甘くて、明琳は泣きそうになる。


「これでそなたも寂しくないだろう。立派な子を産んでくれ。そして私の事は忘れろ」

 大きな体に頬をくっつけていた明琳が顔を上げる。

「忘れろって! ど、どうしたら、忘れられるんですか」
 光蘭帝の眼は明琳に吸い付くようにして明琳を映し続けた。

「わたし、皇帝さまが大好きです。この世界で一緒にいたい」
「それは無理だ!」
 膝に乗せたまま、自身の上着を肩にかけてやりながら、光蘭帝は目を光らせ、冷淡に告げた。

「ならば、供に天に来るか? 天人の血があるなら可能だ。どちらかに頼み込んでやる。永遠の命を以てそなたといよう」


 ――あたし、この瞬間を待っていたのよ……。蝶華のメッセージを撃ち壊すが如く。


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