召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ⑧ー③

「俺が何故、蝶華を殺す必要が?
ちょうどいい。警告してやろう。俺も遥媛公主も天帝の座を諦めてはいない。…時期は訪れた。俺のわからないところで、何かが始まっている。その中心は恐らく光蘭帝だ。そして、蝶華を殺したのは恐らく准麗か光蘭帝」

 明琳の手から蕗の薹が落ちた。

 ―――――殺したのは准麗か、光蘭帝…白龍公主はそう言ったのだ。

 白龍公主にはたくさん衝撃的な言葉を聞かされてきた。人の情けのない仙人の言葉は決して容赦がない。襲われた時でさえ、彼は微笑みを浮かべていたのだ。

 だが、白龍公主の瞳には明らかに怒りが宿っていた。

 下腹を押さえたままの明琳に白龍公主は気がつく。仙人の目からは分かってしまう。

 ―――――光蘭帝の種。

 目つきを鋭くした白龍公主の前で、明琳は必死に訴え始めた。

「そんな事はないはず…って、白龍公主さま! 光蘭帝さまも、准麗さまも大層悲しんでおいででした! 光蘭帝さまに至っては、悲しみで蝶華さまの悪夢を見続けた程ですよ」

「殺したものは自責から、狂気を発する事もある。おまえが思うより以上に、光蘭帝は華仙人化が進んでいるのだとすれば、顔色変えずに人を消す事も厭わない。まして相手は女だ。准麗に至っては武大師。傷の出ないような殺し方など、いくらでもあるし、会得してるに決まっている」

「わたしは信じません! それじゃ蝶華さまがあんまりです!」

「だったらおまえが考えろ。どうして蝶華は死んだのか!」

 拳を振り回し始める明琳にち…と白龍公主は舌打ちを繰り返し、小さな明琳の肩をぐいと押さえて、柱に押さえつけた。

「話を聞け!」

「嫌です!白龍公主さまは意地悪ばかり言うもの! わたし一人で何が出来るんですか!」

「だから!力を貸すと言っているんだ。話は聞け。遥媛公主のババアに云いように持って行かれるのは癪だ。あの女は銀月季と言って、残酷な薔薇の華仙人だ。俺なんかよりずっと残忍だ。俺は女が好きなだけに過ぎん」

 それに…と白龍公主の眦がきゅっと動いた。耳が人々の悲鳴を捕らえたのだ。

「何やら騒がしいな……」


「あ!あれ!」

 空が橙色に染まってゆく!その下にはちろちろと白銀の炎が後宮に広がり、赤い煙を巻き上げていた。
 あんな炎見たことがない。

 黄鶯殿が燃えている。白龍公主は様子を見て来ると飛び上がった。


尋常の火ではない。生きた業火だ。全ての人間を飲み込み、瞬時に焼き尽くしてゆくのが見える。助けようにも、炎は生きたまま、人に憑りつく。気がつけばお陀仏だ。

「遥媛だな………それでは光蘭帝は…」

 目を凝らして見るが、それらしい人影は見当たらない。朝の拝謁どころではない騒ぎだ。

 いるか?
 いや、いない……?

「ち」

 煙が邪魔だと、大騒ぎになっている地上の一角に氷を落すと、僅かに火は消えた。

「やはり、通常の水では消火できない。これは天の火だ」

白龍公主は眉を上げた。しかも、地上を焼き尽くせるほどの華仙の粛清の火玉。かつての大獄を思わせる天火だ。後宮はおろか、紅鷹承后殿すべて・・・いいや、国すべてが焼け落ちる!

「全部焼ける規模だ・・・・・・なんて非道な!」

 こんなものを平気で落す華仙人は独りしか知らない。優しい仮面でずっと明琳や蝶華をや光蘭帝をも欺き、残虐さを隠して機会を狙った女華仙―――遥媛公主山君が頭角を現した。
 思えば天空に現れた妙な丸い雲はその前触れだったのだ。

「……そこを退け! 水では消えない。これを砕いて使え!火は消えるぞ」

 更に氷山を叩き付けて、白龍公主は動きを止め、右往左往している後宮の女官を捕まえた。

「皇帝はどうした!」

「姿がお見えになりません! 遥媛公主さまも、准麗さまも、華羊妃さまも! 白龍公主さま、この後宮はどうなって」

「俺に聞くな!……大丈夫だ。落ち着け」

 その時、柱の陰から、一人の武官が顔を覗かせた。

「何をしてるんだ。死ぬぞ」

「華仙で散々ワルさを働いた君が人助けかい? 教えてやろう。皇帝は西に囚われた。忌み嫌われた場所が、最後の途となる。あの羊ちゃんと一緒に行けば、未来は変わる」

 さらりと言って、武官は霧のように姿を消した。――――どこかで見た顔だが、白龍公主には思い出せず、業火で髪が燃えたのに気付く。

 持っていた小刀で黒髪をザンバラと切り、氷の媒介として宙にばら撒く。
 それはつららとなって業火に向かって行き、辛うじて火は鎮火した。

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