召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ⑥ー③

「あの建物、怖いです」


 言いながら明琳は首をかしげていた。確かあそこで何かを見た。

「本当はあそこに閉じ込めてやろうとしたけど。白龍公主さまがあんたとは何もないから止めろって。あんたはムカつくけど、それ以上に白龍公主さまに嫌われたくはないわ」

 いつもの気丈な貴妃の顔に戻った蝶華ははふ、と吐息をついた。

「ごめんね、あたしはどうしても、光蘭帝の子を産んで、お役に立ちたいの。そうして、いつかきっと、あたしもこんな下界は捨てて、綺麗な場所に連れて行って貰うの。約束してるの。こんな世界はもう嫌。だから、光蘭帝さまの子さえ産めればあたしは」

 明琳は何も言えなかった。後宮は地獄で、二度と出られない場所だと言う。そんなところにずっとい続ければ、蝶華妃や光蘭帝のように、逃げ出したくもなるのだろう。

 明琳は蝶華の整った指先を見やり、手を掴もうとして、自分の粉のついた手をごしごしとおしりの辺りで綺麗に磨いて、そっと重ねた。

「白龍公主さまに云うべきです」

 明琳の封じていた少女の部分がゆっくりと目を覚ました。 

***


 蝶華は明琳の瞳を改めて見つめる。こんな色をしていただろうか?……何て澄んだ瞳―――――……。
「打ち明けるべきです!…それでも、光蘭帝さまの子供を産まれるなら、わたしは何も言いません。でも、今の蝶華さまは御可哀想です」

 いつもの自分なら、「可哀想ですって?!このあたしに!」と激昂し、そこの几帳を蹴飛ばして「この無礼な小羊を放り出しておしまい!」と甲高い声を上げるのだろう。

 だが、力が出ない。怒りの力が出ないのだ。

 ―――――この饅頭のせい…?

 蝶華は静かに首を振った。傍にいて、ずっと願っても絶望を与え続ける華仙人の姿が浮かぶ。
  白龍公主の冷たい死んだ瞳。
(今日こそは、抱いてくださる)
 横目で女を喰う公主を見続けた日々が脳裏に走馬灯のように浮かんでは消えて行った。

「無理よ。華仙人には愛を理解する事がないの。あたしが生かされているのは、便利だからに過ぎないわ。遊戯の大切な駒だからに過ぎない。ならばお役に立って、一度でいいから、ちゃんと言われたい……愛情や優しさを望むのは人としては当然の事。…それでも愛してるから」

 言い切ると、蝶華は部屋を出る瞬間に、足を止めた。

「頑張ってみる……御饅頭、美味しかったわ」

 ようやくそれだけ言って、口を押えて部屋を出たところで、准麗にかち合った。蝶華が慌てて涙を拭う。
 通りすがりに准麗の声が響いた。

「―――裏切るなよ、蝶華…いや、呂后美」

 その細い喉の前を男ならではの手がひゅうっと動く。
 ぽたりと蝶華の白い首から鮮血が溢れて滴ってゆく前を准麗はモノを謂わず通り過ぎた。

 警告なのだろうと蝶華は思った。

 その出血は浅く、すぐに止まったが、蝶華は俯いたまま、暫く動かずに目を閉じていた。
 後宮遊戯は、仙人たちが手綱を取り、人間が踊り楽しませる。しかし、人間こそが――

「裏切りはしないわ」

 ――それでも、愛してしまったら? 主人を愛してしまったら……それは、裏切りなんかじゃない。

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