召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ⑤ー⑤

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 月宮の耀。今夜は一際月が大きい。白龍公主は遥媛公主のように飛ぶ事はぜず、まるで愉しむかのように、庭園を歩いていた。

「わたしの考察、ですか?」

「そうだ。俺はおまえの饅頭を食ってから、色々とおかしい。まず、女を喰わずに済んでいる。飢えるという感情が消え失せた。そして、色々と考えるようになった。天人の俺が人間の食物を口にしたのだ。どこか狂って当然だろうな」

 月明かりに腕を翳して、白龍公主は振り返った。

「一つの結論を出した。あの饅頭は天界の味だ。小羊、お前には天人の血が流れている。お前は光蘭帝の魔を消してしまう。逆に蝶華は魔と同調する。だから光蘭帝と交われば、光蘭帝は魔を増幅させる。神とて、簡単に人を改造は出来ない。しかしお前の方が強い。いずれ光蘭帝を元に戻すのだろう」
「言っている意味がわかりません」

 明琳はきっぱりと言った。

「両親はちゃんとした人です! 天人の血が流れているなんてあり得ません」

「両親とは限らぬ。人の血筋は理解出来んが、その上がいるだろうが。ジジイ、ババアという呼び名だったか?」

「おじいちゃん、おばあちゃん……」

 明琳は何故か後宮に拘った死んだ祖母を思い出していた。

「嘘です! あ、あたしがそんなはず」

「ではお前のその饅頭を喰った俺、光蘭帝はどうして変わってゆく?」

「それは……」

 光蘭帝だけなら、「美味しかったから」なんて言えるが、白龍公主まで。そんなに自分の饅頭は特別なのだろうか。嬉しいと思えないのは、どうしてだろうと明琳は哀しくなる。その哀しい気持ちの中に、おばあちゃんの背中が重なった。

 ねえ、どうして、おばあちゃん。

 消沈した明琳の前で、白龍公主が静かに語る。公主は。華仙人は感情の起伏がない。ちょうど眠い時の光蘭帝と同じように、人をねめつけるでもなく。ただ、見ている。

「光蘭帝の母、東后妃には天人の素質があった。従って光蘭帝には統治者の資格があるが、小羊、お前も俺から見れば同等」

 話がこんがらがってきたと明琳が顔を顰めたところで、白龍公主が自分の唇に人差し指を当て、明琳を抱き上げると、ふわりと空を舞った。

「遥媛公主らだ。俺はあいつが嫌いでね。またあいつも俺が嫌いだ。庭園を破壊しかねない」

(あ、ホントだ。准麗さまと公主さまだ)

 真下では、白と赤の重ねに銀の被きを肩にかけた遥媛公主と、いつもの黒の長裙を纏った准麗がちょうど黄鶯殿の中庭で足を止めている。今では明琳のご主人たる淑妃と武官。そう言えばいつも一緒にいる気がすると明琳が何かを言い出そうとし。

 静かにしてろよ? と白龍公主が小柄な明琳の口を塞ごうとした。



 ――――西の祥明殿に異変だと?
 ――――はい。……物陰が蠢いているそうです。封じたはずの東后妃の怨念でしょうか。
 ――――まだ早すぎるぞ。蘇芳蓮華に気づかれたらすべて終わりじゃないか。
 ――――東后妃の復活は僕の悲願ですよ。
 ――――まだ早いと言っているのがわからないかい准麗?…その身体を返して貰う事になるよ?


「俺に気づかれる?……祥明殿?……」

 天君の瞳が地上を捕える。歩くのが嫌いな遥媛公主は僅かに地面から足が浮いている。また物音がして、一人の人影が加わった。白龍公主が名を口にする。

「光蘭帝飛翔だ」

(あ、今度は皇帝さまが)



――――それにしても、あの明琳って小羊……。


(わたしの事を話している) 

 ――――ああ、蝶華も形無しだな。で、まだ子供は産ませないのか?とっととケリをつけたいんだけどね。あの白龍公主の馬鹿と争うのも飽きたし。

「何だと?誰が馬鹿だ。あの女ぁ」
「だめですってば!……あとで御饅頭あげますから白龍公主さま!」

 ――――で、お前はどちらの種を受け取るのだ?

 ――――まだ決めてはいない。この後に及んで、惜しくなった。どうせなら、明琳も一緒に連れてゆきたい。争いも、苦しみもないならば、私はそんな世界に行きたい。もう醜い想いはたくさんだ。

「明琳?」

「光蘭帝さま、自分で行きたいって言いましたよね」


 白龍公主の言った通りの事が行われている。光蘭帝はここを見捨て、自ら望んで天人になり、すべてを手に入れるためにすべてを捨てようとしているのは明らかだった。

「小羊、さァ、どうする?」

 楽しんでいるような声音。その声音が夜空に響く。

「東后妃とは光蘭帝の…飛翔の母親だ。そして娘、恐らくお前は華仙の者だと俺は言った」
「だから違うって! わたしは仙人なんかになりたくないし、普通の人間です!」
「騒ぐな。気づかれると言っても」

 遅いか。その言葉に明琳が慌てて地上に視線を向ける。紺碧の龍が描かれた黒の長裙。肩に金糸で幾つもの房を垂らした皇帝衣装は見るものを恍惚とさせる。その衣装の上には普段は縛り上げている長髪が降りていた。


 まるで、この世のひとじゃないような、瞑の気配。


「皇帝さま…」
「明琳……何故そなたがそこにいる?もしや、聞いたか」
「はい、聴こえました!」

 遥媛公主と准麗は冷静に光蘭帝を見やり、公主に捕まったままの明琳を見上げる中で、光蘭帝の冷淡な声が飛んだ。

「白龍公主。貴妃を私に」

白龍公主は諦めのため息と共に、高度を下げた。「おいで」と開かれた腕の前で、明琳は拳にした手を胸に当て、肩を震わせる。

「皇帝さま、自分で行きたいって言いました…」
「ああ、言ったな」
「どうしてですか!」

 空中で明琳の落した涙が、光蘭帝の足元に落ちて地面に消えてゆく。天女落涙…と准麗が呟き、遥媛公主はいつしか高度を上げている。その前で、明琳は唇を震わせた。

「どうして…だと?……」

 その時の光蘭帝の瞳は忘れないだろう。哀しくて、すべてを諦めたような耀が眼の中に宿り始める。…それでも…

(綺麗です…かなしいのに、綺麗です…)

 光蘭帝の瞳は涙顔の羊を宥めるかのように、優しい光に変わり、その奥の滾らせた赤い炎は愛しい貴妃をしっかり抱いている男に向けられる。


「白龍公主。何故明琳を…明琳には近寄るなと言ったはずだ」

「ああ、俺の飼い猫が羊を苛めていたんでな。聞きたいこともあった。心配しなくとも、俺は明琳を抱いたりはしないさ」

 聞いた遥媛公主はふわりと宙に溶けるように、紅月殿の上空に消えて行った。

「明琳」

 ―――――明琳。

 その白龍公主の声に、光蘭帝は攻撃的な瞳を露わにする。先程の哀しい雰囲気をかなぐり捨て、帯剣している長剣を抜き、空中に浮かぶ華仙人に向けて刃先を掲げて見せる。青竜刀が月光を跳ね返して、尊大に、鈍く光った。まるで獣のように、頭上の仙人に向かって光蘭帝は唸った。

「白龍公主、いつから私の妃をそう呼ぶようになった!」

 ―――――光蘭帝さま、こわい。

 明琳が白龍公主の腕の中で小さくなった。



「私の妃を返して貰おう。でなければ…羽衣は一生返さぬと思え」

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