召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ⑥ー①



『おばあちゃんへ。
 こんばんは。こっちはまだまだ冬ですよ。御空の世界はいっつも暖かいのかな?

 でもね、皇帝さまが、蕗の薹を摘んで、わたしの頭に飾ってくれました。でもわたしといると、皇帝さまはすーぐに寝ちゃいます。

 この間も、何だか「やり方が解った」とか言って、わたしをお膝だっこして、顔を摺り寄せて来ました。そして、寝ちゃったのです。一晩中、手を握り合って幸せでした。

 何故か起きた光蘭帝さまは超不機嫌で、わたしの御饅頭でようやく機嫌が直りました。

 やり方ってなんだろ?…おばあちゃん、知ってる?

 そうそう、白龍公主さまが少しだけ優しくなった気がするの。おばあちゃんに教わった御饅頭を食べてから。そうして、わたしには仙人の血が流れているだなんて言うんですよ?
 ねえおばあちゃん、何か知ってました?

 蝶華さまは相変わらず私を睨んで来るけど、いつか、ちゃんとお話しできるだろうと、希望は捨てません。遥媛公主さまが護ってくれるので、明琳は平気です。
 華羊妃って呼ばれるのも、慣れてきました。光蘭帝さまがつけてくれた名前だから。頑張って、返事するようにしています。

 ねえ、おばあちゃん。

わたしにあんなに一生懸命御饅頭を作らせたのはどうして?それからそれから、おばあちゃん宮殿に行きたがったよね?…聞きたいことがいっぱいあるのに…皇帝さまが遠くに行っちゃう…おばあちゃん……何か知っていたの?』

***

 届くはずのない天への手紙を丁寧に折って、文箱がないのに気が付いた。これから後宮でおばあちゃんに手紙を書いて行くとしたら、きちんとした箱がないと駄目だ。ちょっと拘りたい。星翅が持ち歩く黒塗りなんかではなく、少し煌びやかな感じのもの。

 蝶華さまあたりがお持ちかも?

 ふと思い立って、衣装の蔓箱に突っ込んであった後宮衣装を引っ張り出した。
 饅頭騒ぎですこし焦げているが、着方次第で、隠れそうだ。
 天日の下に引っ張り出して、少し湿気を抜いている間に、降ろしていた髪をくるくると捻り、用意された簪で止めて見た。合わせをきちんと揃えるのに手間取りはしたが、鏡の中には可愛らしい貴妃明琳の姿。
(後宮姿も少しはマシになってきたみたい)

「手土産、手土産♪」

 昨晩作った饅頭だ。そう言えば、蝶華にあげたことはなかった。
 もしもこの饅頭が特別で、何かを変えるのなら、蝶華も悩みが晴れるかも知れない。
 何か聞いてあげなきゃいけない気がする。きっと分かり合える。哀しい事なんて考えたくない。だって、光蘭帝さまだって明るくなったのだから。

しかし。

(いつもながら、デカすぎる……)

 むぎゅ、と胸に押しこめて、ちょうどいい大きさになった胸に満足して、足を勧めた…ところで、廊下の反対側から文箱片手と、何やら大きな箱を掲げた皇帝の書記、星翅太子が歩いてくるのが見えた。

「華羊妃さま」
「はいっそれはわたしの事ですねっ?」

 光蘭帝さまは貴妃に華の字をつける事が多い。それにヒツジ頭で華羊妃。それは間違いなく、自分の新しい名前だ。それも光蘭帝さまがつけてくれた。
 何度も呼ばれるうちに気が付いた。「明琳」より「華羊妃」と呼ぶときの光蘭帝さまの方が、ずっと綺麗で素敵だと。

 御饅頭娘より、貴妃が素敵なのは当り前だ。だから、ここでは貴妃でいる。

 しっかり返事して、明琳は星翅の抱えている箱を覗き、入っていたものに目をくぎ付けにした。純白の棍棒、色鮮やかに色墨を刺し込まれて焼かれた陶器、銀に鈍く光る小さな壺に、小脇に抱えた打ち板。

「光蘭帝さまからの贈り物です」
「これ……」

 星翅はすっきりとした大人の頬を緩め、優しげな眦を更に下げて見せた。

「後宮の規則を失くしたから、いつでもお饅頭を作って欲しいそうですが」
「本当ですか!」

「ええ。光蘭帝さまは日に日に元気になっておいでです。いずれ跡継ぎも授かろうものでしょう。蝶華がきっと美しい皇子を生むでしょうね」

 跡継ぎ。

 明琳は静かに俯いた。もう遥媛公主から聞いて知っている貴妃の役割。そして、光蘭帝は毎晩蝶華を召している事も。朝の排列を拒む明琳に声がかかるはずもなく。

 あの夜以来、光蘭帝は姿を見せようとしない。

「わたしは御饅頭を届けるだけでは嫌です」

「……貴方は一度は幽玄に落ちた身。そうそうお召しは出来ないのですよ。お願いですから、蝶華に譲ってやってくれませんか?」

「わ、わたしなんかに謝っては駄目ですぅ!」

 だが星翅は床に手をつき、深々と頭を下げて見せた。

「蝶華が子を産むことで、白龍公主の勝ちとなる。そして白龍公主は天に還る。蝶華が悪魔から逃れるには、それしかないのです。さすれば遥媛公主もいずこかに消え、後宮は元の平和な場所に戻る。蝶華は幸せになれる」
「違うと思うけど」

 明琳は口ごもった。

 子供の自分にも分かってしまったのに、兄の星翅太子には解らないのだろうか。蝶華は光蘭帝さまなど好きではない。きっと白龍公主さまが好きなのだ。それを光蘭帝さまは知らず、愛そうとしている。子を産ませるってそういうことだと遥媛公主さまが言っていた。

 なんて哀しい。

 好きだよって、誰もが言う事すら出来ないなんて。何より蝶華が哀しすぎる。

 だけど、蝶華が堪えているのに、自分がしゃしゃり出るのは変だ。明琳は長い袖口をすりすりと合わせて、天女のように衣装を揺らした。

「お似合いですね。その着物は蝶華が光蘭帝飛翔さまをお見初めした時に着ていたものだ。蝶華は貴女を気に入っているのですかね?」

「…そうだと嬉しいです……でも、要らないものだからって」

「それは蝶華の宝物ですよ。小さいころに、不遇な私たちに光蘭帝がまずしたことは、服を贈る事でした。東后妃さまの反対も押し切って、私たち二人を宮殿に入れ、妹を貴妃として下さった!
 わたしはあの日より、どんなことがあろうと!光蘭帝さまのおそばに! 華羊妃?ここからが素晴らしいところなのですが…」

―――――飽きちゃった。星翅さまのお話はおじいちゃんの昔語りとおんなじなんだもん。

明琳はとたたた…と宮殿を小走りで歩いていたが、周りの妃たちがゆっくり歩くのを見て、ぎくしゃくとスピードを落として腕を振りながら足を進める。それでなくても、冬の後宮は肌寒い。それなのにみんな優雅さを崩さない。

特に寒いのが靑蘭殿だ。公主の趣味かは知らないが、光が少ない上、氷を使う公主が通ると、一気に冷えるらしい。それにしても。蝶華のいる靑蘭殿には、正直いい思い出がない。(それによく女の人が倒れてるし)白龍公主さまには苛められるし。


「おや、明琳」
「あ、遥媛公主さま……」

 紅月殿を抜けたところで、柱に寄りかかり、珍しく裸足をぺたりと床につけた遥媛公主に出逢った。

「こんな朝からどこへ行くんだ?…今日は光蘭帝は不在だよ。僅かの時間だが、巡遊に出掛けたところだ。蝶華を連れてね。いよいよ蝶華が妃となるのさ」

「え」

「恐らく光蘭帝は蝶華と共に、子宝祈願に黎極山に行ったと思われる。僕も誘われたが…物見遊山など興味はないのでね…明琳…少し大きくなったか?」

 てんてんてん。遥媛公主の視線を辿った明琳が同じくらい頬を膨らませた。

「違いますぅ!御饅頭を入れていたの!」

 蝶華がいないのでは、無意味だと、明琳はそれを遥媛公主に差し出した。その時一瞬遥媛公主の顔が強張った気がする。

「僕は無理やり食わされた間抜け白龍公主のようには行かないよ。気持ちだけ貰うよ。蝶華妃は昼過ぎには戻るさ。噂をすれば何とやら。見たくない顔だ」

 ふわりと遥媛公主が宙に浮いた。コツコツと言うよりはスッス…と言う様な足音をさせないすり足で歩く白龍公主が視界に飛び込む。

「俺の勝ちだな。蝶華は子を産むぞ」
「まだわからないだろう。大体、お前が天帝になったら、世は終いだよ」
「それは貴様もだろうが」

 二人は顔を突き合わせ、歯ぎしりをして、明琳の上で睨みあった。

「あの~、人の頭の上で、喧嘩、やめてください」

 貴妃の困惑した声が後宮に情けなく響く。言い合いをしている二人の前に二本の腕がにゅっと伸びて来た。その先端にある歪な物体の登場で、喧嘩は暫しお預かりとなった。

明琳は饅頭を片手ににっこりと笑う。

「ちょうど二個、ありますから」
「………………」

 無言で睨んでいた二人だが、白龍公主の手がそれをばっと奪って、ばくりと口に放り込む。
「少し甘すぎるな。次は塩味で作れ」
「御饅頭は甘いものです!……遥媛公主………」
「い、いらない…っ」

 そんなぁ…と明琳が追いかけたところで、遥媛公主は空に舞い上がってしまい、素早く後宮に姿を消してしまった。

「ハハハハハ。遥媛のババアもお前にゃ形無しか!」
「何で受け取ってくれないんでしょか」
「怖いのさ。変えられるのが」

 もう一つを奪おうとした手を叩いて、明琳は公主を睨んだ。

「これはだめです! 蝶華さまのなの!」

「蝶華の? あいつは食わないんじゃない? おまえを服を引き裂くほど憎んでいるし」

 冷たく言われて、明琳が涙目になる。白龍公主は皮肉に瞳を細めると、くいっと明琳の顎を長い人差し指で持ち上げて見せた。

「人間風情に興味じゃないが、仙人の子供であれば不服なし。食ってやろう」
「御饅頭はだめですよ!」
「バーカ」

 バーカ。

「馬鹿?馬鹿って言いましたか?! 華仙の神様が人様を馬鹿にしていいんですか!」
「神様だから誰にも文句は言わせんよ」
「わ、わたしが言います!」  

「…よく膨らむ頬だな。むしり取って丸めたらいい饅頭になりそうだ」

 呟いた白龍公主目がけて、饅頭を持った手を振り下ろそうとした時、明琳の視界にそれが飛び込む。饅頭がぽとりと落ちた。

「楽しそうだな」
「ええ、楽しそうですわね……小羊の分際で許しませんわ! 許せない…」

 掴みあっていた二人はゆっくりと振り返った。

「こ、光蘭帝…さま……蝶華、さま」

 二人は巡遊帰りの外出用の長裙と、麗しい貴妃に許された真紅の重ねだ。悔しいが、とても綺麗で見惚れてしまう。だが、聞いた事のない怒り紛れの声で、光蘭帝は再度低く呟いた。

「楽しそうだな。おまえは誰の貴妃?」



「恋愛」の人気作品

コメント

コメントを書く