召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ③ー③


「皇帝さま…?」

 昼間の道を慎重に辿って、時折夜風がイタズラする草の音に吃驚しながら、明琳は夜の後宮を速足で急いだ。
 胸に潜めた饅頭はまだ温かい。大丈夫、と言い聞かせて手紙を手に、進んでいたところで、

「~♪ お?」

昼間に麻袋を運んでくれていた武官に偶然出会った。

「昼間は大変だったな貴妃。鍵はあいてる。皇帝さまが命じたからな。俺も、光蘭帝さまは大好きだ。じゃあな」


 変なの。
 明琳は首を傾げると、そっと扉を一度押してみて、また引いた。開いている。二度目は両手で押し開けて、小さな東屋に足を踏み入れる。後ろから差し込む銀色の耀が明琳を照らす。明かり取りがない。

(こんな真っ暗、鼠がいそう)

「光蘭帝さま?明琳です」

 その時、扉がガシーン! と音を立てた。明琳は咄嗟に振り向き、更に真っ暗になった中で肩を震わせた。その時ぬっと手が出てきた。


 腕をねじり上げられる!



「小 羊 捕 獲 」



 明琳の瞳に命の火のない、恐ろしい程綺麗な仙人の瞳が飛び込んだ。まるで狩りの獲物を捕まえたかのように、白龍公主は明琳を掴みあげ、自分の目線まで持ち上げた。

「簡単に来やがる。罠の張り甲斐がねぇって。面白くない。ほら」

 ち、と舌うちした白龍公主が手を離し、明琳は慌ててドアに両手を添えて押したが、びくともしない。

「あ、開かない!」
「さっきパシンて音、聴こえなかった? 結界。張ったからな。まあ、俺の気が済んだら出してやる。たまにはふくふくの御羊でも食ってやるかと思って」

 暗い中で、明琳は手を壁に沿え、逃げ回った。白龍公主はほらほら、というように足を進めて追い詰めて来る。とうとう壁に行き詰って踵を壁にぶつけ、飛び上がった。

 冷たい指が蛇が這うように、頬を撫で上げる。

「大人しくしてな。食い尽くしてやるから」

 有無を言わさず伸し掛かられて、首を振る。

「光蘭帝とはもうやったのか?」
「や、やった?」

 曇っていた空が晴れ、明かり取りの窓から、月光が差し込んだ。
 きょと、と白龍公主の瞳が静止し、明琳をしばらく睨む。やがて彼の笑い声は高らかに響いた。

「あっははははは! こりゃいい! 羊? 俺と遥媛の遊戯に参加したからには、もうちょっと成長しないとね?」
「よ、寄らないで」

「っは。可愛い。そんなに震えちゃって、もっと震えて見ろよって言いたくなる……ここもそれなりに大きい」

 むにゅ。

(御饅頭がつぶれた! せっかくあっためてたのに!)

 明琳はかっとなって、力いっぱい白龍公主を突き飛ばして、ドアに向かったが、苛ついた白龍公主は髪を引っ掴み、床に押し倒すとぎらぎらと獣の眼を光らせて、唸った。

「貴様、後悔するなよ! よくも俺を突き飛ばしたな! この小羊如きが!」

 白龍は足の間に割り込み、震える羊の上唇を噛み切るかのように狙った。手で足を開かせて、その小憎たらしい激情のまま、何故か襤褸の衣装を引き裂くべく手を当てた時、口に何かが当てられた。

「……おまえ、何を」

 涙目で肩をむき出しにされた明琳は饅頭を手に、睨みあげている。何だこの娘…と華仙人の手が止まった。明琳の怒気が爆発した。

 中の餡が飛び出るほどに顔面に饅頭を押し付け、呼吸を塞ぐ。恐怖で震える体を叱って、多分一生で一番力を込めて。

「その御饅頭は光蘭帝さまにあげようと思ったんです! でも、貴方にあげます!」
「いるか! 俺は人間の施しなど受けない!」

 明琳は唇を噛むと、ぽろぽろと涙を零し始めた。ふと、白龍公主の右手が動き、ぽう、と一つの華が浮かび上がった。暗かった東屋に光が生まれる。

「覚悟するがいい……俺に饅頭を押しつけるなど…天帝たるこの俺に! 死を覚悟しな!」

 猛り度数はさっきの比ではなかった。小羊を確実に仕留めるために、白龍公主は夜を照らす華を生み出したことを悟って明琳は壁に背中をぶつけ、後ずさった。

「幸運に思え。最初の男が俺だという事を。天帝になったら、お前を飼ってやるよ。首輪をつけて、そうだな! その性格を去勢して、剥製にでもして飾ってやるか。それとも、暇つぶしの慰みかそのうち決めてやる。騒ぐなよ。女の叫び声はやかましい」

 強い力で口元を押さえつけられ、明琳の涙が手に毀れるのを嫌悪感の眼で白龍公主は見つめた。

「つくづく不愉快な」

―――――光蘭帝さま―――――

唇をこじ開けられた明琳に白龍公主の容赦ない指が絡まるように入ってくる。それでも懲りず、明琳は転がった饅頭をまた白龍公主の唇に押し付けた。毀れた餡が口に入る。

「何をする!」

その時、ぴたり、と白龍公主の動きが止まった。(今だ!)と這い出て、息を整えた。

 さんざん咳き込み、白龍公主は呆然と明琳を見やる。長い脚を立てて、呟いた。

 ふいに怒りと欲が消え失せたのに気がつく。猛っていた躰もあっという間に均衡を取り戻し、静かになっていた。


「欲が、消えたぞ。どういうことだ」

白龍公主は呆然と自分の手を見、そういえば…と思い出したように呟いた。

「光蘭帝もおまえの饅頭を口にしたんだったな」



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