召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

◆召しませ後宮遊戯2~小羊女官と皇帝陛下・華仙界への種は遙か~ ③ー①


 幽玄にならずに済むかも知れない。一気に元気になった。

(旨かったぞ)あの言葉をもう一度聞きたい。皇帝さまを喜ばせたい一心で、明琳は、ようやく目的の場所を見つけた。

(間違いない。食物倉庫みーっけ)

 まずは薄力粉を発見。麻の袋を引き摺り出した。次に餡と牛乳、それから幸運な事に蒸し器になりそうな竹籠。

 せいろ蒸しのお饅頭なら何とか作れる。

 ――が。

(お、重い……っ)

 薄力粉が重くて、引きずっていたところで、とある武官に見つかった。

「貴妃がやることではないですよ」と武官は呟き、全部を没収しようとした。明琳は涙目で「皇帝さまにあげるの!」と押し通した。
 皇帝の言葉に、武官の手が怯んだ。

「済まない! だが女の手でその荷物はない」

 武官は明琳がようやく引きずり出した薄力粉の袋をらくらく肩に担いで、運んでくれた。

(親切なひと、ちゃんといるんだ)

 華仙人たちのゲーム、遊戯の言葉に怖れ戦いていた心がふわっとほどける。

「台所までお願いします」
「やれやれ。――皇帝が知れば何と言うか。でも、喜ぶのなら協力すべきだろうな」
「親切にありがとうございます」
「厨房までだぞ。あとはできますね」

 何故か顔を赤くした少し若い武官に手を振って、むん!と貴妃の衣装の腕を捲った。ここには蒸し器はない。いつも使っていた打ち板もないし、餡を捏ねる棍棒もない。

 それでも、美味しい御饅頭は作れる。愛情1つで、作って見せる。

 ――明琳、御饅頭は出来たかい?

 祖母の声が聞こえる。いつも笑顔で祖父にお饅頭を作ってあげていたおばあちゃん。皇帝さまに捧げに行ったまま帰らなかったお母さん。

「ぐす」泣いている場合ジャナイ。まずは餡つくり……。

 取り掛かろうとして、ふと(火がない)。気づいて、絶望した。

 火がないと無理。火気厳禁だからだろうか。それとも、料理人がいないから?

 ――いい案だと思ったのに。


 がっくりと麻袋に突っ伏した。ぱちぱちと睫を揺らして、腕を伸ばす。皇帝さまに美味しいお饅頭を届けたいんです。落ちたヤツじゃなくて、ふっくらとした……。

 脳裏にはくっきりと理想の饅頭が浮かんでいる。ほかほかで、まあるくて。齧るとほこっと湯気が出て、餡は甘くて、でもコクがあって。色は雪球のように真っ白。

 一口齧るだけで、力が漲るような。……そんなお饅頭を作ってあげたかった。

 ――美味だったぞ。笑顔にしてあげたかった。

 ごろごろと転がったところで、赤いカーテンが目に入った。遥媛公主山君……確か火を扱う火蜥蜴の仙人さま……。


(そうだ、遥媛公主山君さまがいる!)

 優しそうな華仙人の顔を想い浮かべた明琳はがばりと起き上がって、回廊に出た。


「…………」

 通りすがるのに、もう誰も明琳の事を見ない。ああ、幽玄とはこういう事か…と虚しくなりながら、誰も教えてくれない遥媛公主山君の部屋に辿りついた時には、陽が傾いていた。
 遥媛公主は幸運にも、回廊の柱に寄りかかり、切なげな眼で蓮を見つめていた。

「明琳」

 名を呟いて、遥媛公主は瞳を何度か瞬かせる。

「あの」
「………火が使いたいと? ……ふむ、それは光蘭帝のために作るのか」

  口に出さなくても、仙人は心を読める。それは白龍公主の時に教えられたことだ。

「どうしても! お作りしたいんです」
「また倒れれば処刑だけど? …お馬鹿さん。忘れちゃったのかな」

(あ、そうだった! ううん、今度は大丈夫!)

 気だるげな喋りで遥媛公主は云うと、「料理場でいいね」と案内してくれた。
「ただし、料理長は短気だから。追い出されないように」

 ――はい?

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品