召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

最終章 軍師と女官・華仙界種子婚姻譚③

 龍が芙蓉国の上空にゆっくりと辿りつく。懐かしい屋根が見えて来た時、梨艶は厳しい声で「母上」と言った。
 龍が空中で止まる。
「俺は約束を護った。今宵は愛琳としっぽりと夜を過ごさせて貰いたい」
 着くなり初夜の心配だ。愛琳が薙刀を構えるより早く梨艶はすいっと懐に入りこんだ。その夜空色の瞳を煌めかせて、愛琳の顎を抓み、クイと上向きにさせる。
「悪いが、俺には世界の崩壊も華仙界も障害でしかなかった。俺の目的はただ一つ。おまえを心から愛し、心から快感を共有することだ。芙蓉国の女などとはもう言わない。おまえの大好きな国でこそ、最高のおまえが戴けるというものだろう」
「り、梨艶…っ…」
「さて、部屋はどこだ」
 ぐいと手を引かれ、愛琳は富貴后に助けを求めるが、富貴后はにこにこと笑っているだけだ。『そなたはもう梨艶のものだ。口出しは不要よ』そんな心の声が聞こえる。
「富貴后さま~~~それはないよ~~~~っ」
「何だ、俺が不服か…こう見えても俺はあっちも軍師だ。一晩、冗長にならない夜くらい導いてゆけるぞ。さあ、前からがいいか後ろからがいいか。おまえに合わせてやる」
 愛琳の眼がテンになった。
「梨艶…」
「分からないか?…俺はずっとお前が欲しかった。そういうことだ」
 ええと…梨艶はずっと私が欲しかった…心も体も…そういうことか?…でも、私も同じだ。好きなだけ、梨艶を好きなだけ感じて、自分を感じて欲しくてたまらなかった。
「そうだよ。好きなだけ俺を感じたらいいさ」
「私口に出してない…あ!」
 ――――――華仙界の種!愛琳の頬が赤くなる。梨艶は頷いて、愛琳の手を引いた。
「こうしておまえを感じられて、傍にいることを嬉しく思える。愛を告げ合って、種だけでなく、未来を紡げる…おまえは言ったな。みんな幸せになる方法があるはずだって。俺は見つけた気がするよ」
 梨艶は部屋の前で足を止め愛琳を見やった。
「愛するものを手に入れる事。…臆さず愛を告げ、返す事だ。……まあ、華仙界を想い、一夜の愛を交わすのも悪くない。―――先に言っておくが」
 梨艶はごほ…と空ゼキをして見せ、瞳を煌めかせた。
「黒蓮華に感情を封じられても、俺の欲は水面下で健在だった。むしろ体内にある蓮華の種が今度はそれを手助けする。おまえの中に滑り落ちた紅月季の種を求めて今にもわめきそうだ。そういうわけで容赦はしない。以上」
(何が以上か!)
 がばりと今にもはじまりそうな身体を愛琳が押しのける。「まだ何かあるのか」と言いたげな不服そうな瞳に、負けず愛琳は言った。
 これだけは確認しておかないと、気が済まない。梨艶は点心を三度も蹴飛ばしたのだ。
「こ、今度私が点心作ったら蹴飛ばさないでいてくれる?」
「点心?」
―――――愛琳は好いた男にしか点心を作らぬと言うに。
 母の言葉を想いだし、梨艶はしっかりと頷いた。
「では、点心を作っているおまえを戴き、その点心を戴いた後で、おまえを戴くとしよう。だが、今日はこっちが先約だ」
「梨艶!あなたそうとう捩子くれてるね!返事ちゃんとしないの嫌よ」
「食べるよ」
 クスクスと笑いを零しながら、梨艶は「ついでに」と付け加えた。愛琳の心の質問を次々読みつつ答えるのは面白い。愛琳が如何に自分の事で埋め尽くしているかがよく解る。なるほどこれは優越。華仙たちのからかいたくなる気持ちもわからないでもない…と梨艶は微笑んだ。
「今夜から食事は戴くことにする。改めて、おまえを迎えに来よう。国のゴタゴタ?そんな事知るか。本当に大切なら手放すものじゃない。即座に奪うだけでなく、永久に手に置くのが軍師というもの。つまりは一生傍にいる。寂しい想いはさせない…もう良いか?」
 愛琳の眼が垂れた。そうしているとまるで熊猫だ…言葉とは裏腹に、梨艶は優しく優しく触れてくれた。

最初の蓬莱の接吻と変わらない強引さで、でも少しだけ優しくなった唇が肌を滑る。長い指が自分を愛でようとゆっくりと動き、慣れてきた頃、愛琳はぼそりと言う。
「私だけ気持ちイイの、申し訳ないよ」
「心配するな。…そのうち願うこともあるだろうが…今は精一杯だ。おまえは時折天然なとんでもないことを言うな…胸だけでは足りなくなる日も近いか…」
 掠れる声が艶めいている。天女はとても美しいんだって…そんな幼少に陸冴と交わした言葉を噛みしめた。
 何度も受け入れて、身を震わせる度にその度にお腹の底がポウと光る。幸せで何度も求めて、転がったまま梨艶も愛琳も応え合って、ふとした時にあの最期まで美しかった華仙たちの夢を見る。
 愛して欲しくて、ただ、願った女性の魂は梨艶の中に生き続ける。伝えたくてジタバタした人の魂は私の中に生きるから。
 だから私はただ、愛を受け取るよ――――。
(……ねえ、紅月季さまの地上に身をやつしてまで愛を欲しがった愛情は、ちゃんと自分の中に伝わってる――――)
多分つながったままの梨艶にも。その心は素通しで、もはや壁はないのだから。

そうして。
 翌日に作った点心を梨艶は苦虫を噛み潰した顔で、しっかり食べてくれた。貴妃たちへの報告にも回ってくれて、愛琳はたくさんの花を受け取った。その中に紅月季と蓮華の花が混じっていたのは偶然だろうか?
陰妖に冒されて、命を落とした貴妃もいた。女官もいたと陸冴が教えてくれる。それでも最期まで華仙界の蓮華の園が枯れなかったのは、芙蓉国の皆の最期の力ではないかと富貴后が言う。いつしか富貴后さまの女武官の頭は熊猫にするのが主流になり。靑蘭へ嫁ぐことになる愛琳の明るい心は、しっかりと皆に伝わってゆくのだった。

 ―――――その一か月後。蓬莱で一組の夫婦が愛を誓った。
その名を王愛琳と李劉剥。
やがて訪れる『李剥』王朝にて政治を能くする。時折真紅の衣装を揺らしながら新婦が「梨艶」と口にする。幸福感が世界に満ち溢れたその瞬間は華仙界にも届き、恋は幾星霜の時を超えて咲き続ける。
「梨艶」
 紅月季の唇を緩く拓いて、愛琳が甘えたな顔になった。目の前に積まれた宝玉を手でどけて、婚姻衣装の梨艶――李劉剥――の腕を引き寄せる。
「……宝飾なんかより、欲しいものがあるよ。ちゃんと言って」
「…………ああ、あれか」
 梨艶はじっと愛琳を見下ろすと、顔を背けた。むっとした花嫁が、窘められても手放さなかった薙刀を向けて見せる。
「言ってもいいが、華仙界が凄いことになるかもな。――――愛琳」
 梨艶は愛琳の瞳を覗き込み、目元を赤くして待つ花嫁の前で、ふいと視線を外した。
「やはり言えんな」
 ―――――愛し合った時に、浮かされて散々言ったからな…今更言えるか―――――。
 そんな心の声に愛琳は吹き出しそうになった。ならば方法は一つしかない。愛琳は皇太子に抱きつき、唇を掠れさせる直前に小悪魔のように囁いた。
「李劉剥。貴方を永遠に愛するよ」
「なに」
 梨艶の瞳の中で小さな超新星のような輝きを見つける。綺麗な瞳。最初から大好きだった夜の色の瞳はまるで銀河だ。その瞳の中に更に煌めきが増えてゆく。
観ていた誰かがふざけて新婦は天女のようだと呟いた。不思議なことに、跪いた新郎も天女に見える程に美しい。
こうして王愛琳は今後は銀龍楼閣ではなく、靑蘭の正妃として後宮を護ってゆくことになる。待ち焦がれた穏やかな季節が、ようやく靑蘭にも訪れようとしていた。

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