召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

最終章 軍師と女官・華仙界種子婚姻譚②

「愛琳、あなたは華仙の長だ。先代紅月季の種を受け入れた貴方は紅月季の名を継ぐこの世界の統治者です。どうか此処にご存命を」
難しい言葉を並べ立てて膝をついた紫山茶花に愛琳が首を傾げた。
さあ、いよいよというところで邪魔が入ってしまった梨艶は非常に機嫌が良くない。
紅月季さまと蓮華のために蓮華の園に小さな灯篭を置いた。星祭りに灯篭を増やして一緒に行こう、さあもういいだろう。何が。と話していた直後である。
 うやうやしく現れた大量の仙人たちはこぞって愛琳の足元にひれ伏してしまい、愛琳は首を何度も傾げていた。
「梨艶、意味わかんない」
「ようするに、この世界をまるごとくれてやるからここにいろ」
 聞いた愛琳は即座に反論した。
 この世界?!そんなものを貰っても腹の足しにもならない。
「ふ、不要ね!こんなお財布に入らないような巨大なものは邪魔なだけね、それに」
 愛琳はにこっと笑って甲高い明るい声で言い放った。
「あたしたちがいなくても大丈夫ね」
「そういうわけには…」
 いいのと愛琳が誰かを思わせる笑顔で言う。
「私の居場所はやっぱり芙蓉国の天壇の階段よ。こんな偉そうな椅子、梨艶が座ればいい」
「何故俺なんだ…」
「梨艶いっつも偉そうね。偉そうなの、上手でしょ」
 愛琳は言いながら、目に涙を浮かべている。
 ―――――紅月季さま……。
 抱きしめてくれたあの暖かさを知っていた気がする。ずっとずっと自分が生まれるまで、見守ってくれていたこと。華の種はゆっくりと育つから。そして、生まれた華を黒蓮華は奪おうとした。その一輪の華は、河に引っかかり、白牡丹という力を貰って、艶やかに咲いて、愛琳という存在になったのだ。
「梨艶、最後に紅月季さまが頬を撫でてくれたよ」
「そうか、良かったな…」
 梨艶は説明するのを止めた。思えば、最初から白牡丹の狙いはそこだったのだろう。何とか母を亡くした愛琳に父親に逢わせたい…あの母上なら、考え得ることだ。名乗れなくとも…愛琳は幸せそうならそれでいい。
 梨艶はふっと笑って、?と愛琳の腰に目をやった。大切に括り付けていた壺がない。
「愛琳、お前壺はどうした」
「さっき、割れてしまったよ。―――――母さんの形見、ばら撒いてしまった」
 世界を甦らせるような力は、自分にはない。愛琳の壺の粉はもしかして見つからなかった宝では…紅月季も持ち出していたとか?…梨艶はその後を言うのをやめた。
 どうせ言っても愛琳には解らない。紅月季の愛の真意がどこかはもう分からないのだ。
「ともかくみんなで頭下げるのやめて」
あわあわと女官が慌てふためく。
「では地上に帰ってくるか?愛琳・梨艶」
 玉座に(何故か梨艶が座っているが)たむろう場にガツンとした足音が響いた。
 見慣れた黒髪をゆっさゆさ揺らし、大きな胸を惜しげもなく見せつけるような肩だしの着物、それに大判の上着を羽織った富貴后、芙蓉国の正妃である。
「富貴后さま!」
「久しいな…二人とも」
「母上、ご無事で何よりです」
「なんで…なんで、いるの…?」
 愛琳の大きな瞳が潤み始めた。ん?と富貴后が優しく微笑んで、艶やかな目で見つめている。だめ…泣いちゃ…そう思ってももう涙腺は崩壊寸前だ。その愛琳を大きな胸に抱きこんで、富貴后は囁いた。
「思い切り、泣くがいい。母ではないが、そなたは大切な私の娘だ。ゆっくりと育った小さな私の紅月季よ」
「富貴后さまああああああああああっ」
 ぷつんと糸が切れた。愛琳は大声で、今までの辛さを全部富貴后にぶちまけ、梨艶の胸を叩きながら気が済むまで涙を流したのだった。紅月季さまの分も。蓮花夫人の分も。亡くなった人たちの分も。そして、梨艶に冷たくされて悔しかった分も。――――――我愛你と言われて嬉しかった分も。

「いつまでも、貴方たちを待っていますよ…――――きっと、いつか…」
つがいの香を渡した蒼杜鵑は優しく愛琳の髪を撫でた。
「その香炉は必ず、必ず傍に置いてやって。…ボクからのお祝いだよ、梨艶」
 ―――――おいわい?
 梨艶を見るが、梨艶はそらとぼけて白龍に腰かけて知らんぷりだ。世界が良くなったお祝いかな?と考えた瞬間、紫山茶花が笑顔になった。
「梨艶、愛琳。羽衣を受け取りますよ…白牡丹の上に乗るのなら、もう不要でしょう。元々羽衣はもう地上に持ち出すものではありませんから。これから残ったものとの華仙界の立て直しもありますし…お見送りはここまでですが」
「うん、また、来るね!…あー方法ないかな…」と聞く愛琳に「きっとだよ」と蒼杜鵑は微笑み返した後で「黒蓮華のしたことは、許してあげて…」と付け加えた。
「多分、黒蓮華は紅月季さまに愛されたかっただけなんだよ」
 梨艶が頷く。冷淡な蒼杜鵑の口から「愛」の言葉が出たことに、紫山茶花は少し驚いていた。
 やがて白龍がその雄大な姿態をくねらせると、二人の姿は見えなくなる。
 愛を理解しない華仙界の中で愛について考え、答えを出した白牡丹と蓮華。それから最期に愛情を理解し、受け取れた紅月季。あの二人の子供がこれからきっと、知らずにこの世界を支えてくれるのだろう――――今度は地上が桃源郷になるのかも知れない。それはそれで新しい世界の形だと、蒼杜鵑はしばらく空を見上げていた。 

「梨艶…約束忘れてないね。書状」
 騰蛇の上。愛琳が突然梨艶の胸元を軽く掴んだ。あの梨艶に預けたものの、水で千切れた書状である。
「あれはあたしが芙蓉国の皇帝さまに預かった大切なものね。約束、あなた元に戻った。だからあたしは皇太子さまに伝えて貰わなきゃ戻れないね」
 梨艶はああ、そんなこと、と言いたげに眼を伏せ、髪をかき上げた。
「だから俺宛だろ?読んだ。早速父に進言するとしよう。まぁ、お気に入りの貴妃を失った男なぞ使えないザコに等しい。さっさと皇帝位を辞退願い、隠居でもしてもらうつもりだが」
「だから俺宛だろ…って貴方まさか」
「靑蘭第八皇帝の第一子皇太子、名を李劉剥―――――それは私の本名だが?」
 ―――――うそ…
「嘘なものか。自分を偽ってどうするのだ。正真正銘俺の事だ」
 ころんころんと熊猫娘が龍の上を転がり、空中に跳びそうになった。それに気が付いた白龍の尻尾が愛琳を弾き飛ばし、梨艶の腕に飛び込んで来た。
「梨艶、梨艶!黙ってるの酷い!じゃああの時に読んでたのは…」
「全文覚えているぞ?言おうか?」

芙蓉国と靑蘭の永遠の友愛の証として、芙蓉国イチの美姫、王愛琳を、靑蘭皇太子文武名高い李劉剥に心を込めて、銀龍楼閣より贈る。
今こそ想いを遂げるが良い。そなたたちの仲睦まじい姿は、両国を必ずや平和にするであろう。

「何それ!私の事書いてあったか!」
 梨艶はクックと笑うと、龍の上で足を投げ出し、背中を伸ばすと、たまらずに笑い声を上げた。憮然とした愛琳にまだ笑いを噛み殺し、頬を紅潮させながら、梨艶がその頬を撫でる。
「名乗れない色々な事情があった。許せ。殺されては国の立て直しも間々ならない。だが一番の策士は俺じゃないな。いつか国を預けようと俺を置いて行った母上だろう」
 龍が素知らぬ素振りで飛んでいる。愛琳は言葉を出せず、ぱくぱくと口を鯉のように開いたり閉じたりだ。
 ―――――皇太子さま。ん?
 愛琳はそそっと梨艶にじゃれつくようにヒザを進めた。書状には『芙蓉国イチの美姫、王愛琳を、靑蘭皇太子文武名高い李劉剥に心を込めて、銀龍楼閣より贈る』?
「り、梨艶…それはどういう意味ね…美姫は言い過ぎよ」
「何を言っているんだ。おまえの胸は素晴らしい美姫…。芙蓉国との盟約通り、そなたを妻とし、健やかな国を作ろうぞ。母上は恐ろしい。お前を不幸にしたら騰蛇が食い齧りに来る。俺にとっては母上も黒蓮華もさほど変わらん」
 言った後で、梨艶は真剣な眼になった。今度は言葉を出せず、じっと見つめては頬を赤らめている。つまりは「嫁に来い?」…?
 ずっと梨艶と一緒にいられる?貴妃たちにももう文句言われない?独り占め出来る?
「独り占め?そもそもおまえは既に俺のものだ。こんな茶番は無用だ。俺には初夜があればいい」
 相変わらずの不遜な態度。愛琳が文句を言おうとした瞬間、白牡丹がゆっくりと旋回した。いよいよ華仙界が遠くなる。また白い空間を抜け、地上に帰るのだ。
白騰蛇が大きく更に旋回し、二人は手を握って空を見上げたその時、遠くから、光と共に優しい声が降って来た。 
――――――頑張ったね、あたしの愛しい熊猫娘、愛琳―――――…。

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