召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

第六章 さらばだ 我が天女③

 芙蓉国・天壇周辺。
「慌てるな!いずれ火は消えよう。そして正気のものは天壇に集合せよ!」
 宦官の声に気丈な女官たちが集まっていた。陰妖にやられることなく、銀龍楼閣を護り続けたものたちに、陸冴は富貴后さまのすべてを話した。天女であったこと、今やこの国を護る白龍となった事。黒蓮華という埋もれた悪の存在と陰妖。
「信じないものはいい。去れ。信じ、富貴后さまを愛するものは力を貸して欲しい。富貴后さまの女官・武官が天変地異になど負けるはずがない。違うか?もはや貴妃も宦官も、女官もない。弱いものを助け、護り通す。数が減ったが…」
 芙蓉国の女官・武官は合わせて千人を超えるが、残ったものは二百人ほどだった。既に命を落としたものもいる。
「今から陰妖の靑蘭の軍隊が来る。銀龍楼閣を死ぬ気で護れ!貴妃たちの警護は不要だ」
「それはどういう意味ですの?」
 陸冴は口ごもった。既に貴妃は憎しみで手がつけられないまま、ほとんどが幽閉の憂き目にあっている。酷いものは壁に爪を立て、血塗れで梨艶の名前を呼び続けている。
 恐ろしい愛欲。さらに貴妃の自尊心がそれに上乗せの状態になっているのだ。
「陸冴…富貴后さまは…天に?」
「富貴后さまはきっとお戻りになる!そういう女性だ」
「まあ。それでは掛け声は「皇帝素敵 皇后素敵」ではなく、「天女さま素敵」に変えなければなりませんわね」
 そんなのんきな言葉があたりに広がり、活力になった。
「忙しくなりますわ!こんな時愛琳姐さまがいてくれたら心強いのに」
「だからこそ、私たち女官が!」
「そうよ。愛琳姐さまに笑われてしまうわ。…そうして富貴后さまにたんまりお手当を貰わなきゃ。今からみんな愛琳姉さまになりきると言うのはどうね!」
「それいいですわね!じゃ、皆、髪を…そして天命尽くす!ゆくね!ご無事で宦官さま!」
「天命つくすね!武官、もたもたしてんじゃないね!」
 とたくさんの愛琳たちが武器を手に走り出した。何という元気な銀龍楼閣の女官。すべてに愛琳の心は伝わっていたのだ。
「……驚きましたか?」
 腕を押さえて、その様子を見ていた富貴后を見つけた陸冴が微笑んで、声を出せず、涙を浮かべて告げた。
 ―――――貴方の国はみな無事です。ご安心下さい。あのようなものが一人でも残れば、国は亡びはしません。ですから、私は貴方を護ります。愛琳の代わりですが宜しいですか?
 天女落涙――――富貴后の眼尻から真珠のような涙が零れ落ちた。

 豪雨だ。
 その空を見上げ、華仙たちは眉を潜めた。この世界に雨が降る事は珍しい。そのしとしとと降る雨の中で、紅月季は一人蓮華の園に佇んでいた。
 ―――――ずっと考えている。
種を受け取って欲しい。そう言えば、今でも蓮華は受け取るのだろうか。何故蓮華は自分を拒絶するのか…それなのに、何故自分の名前を呼び続ける?
 冷たい雨は自分の見せている幻影ではなかった。世界の嘆きだ。
 やがてふっと懐かしい気配を感じた紅月季が口元に笑みを浮かべた。
「やれやれ、久方ぶりの奥方との対面だな」
 黒い気配は風を突っ切り、もうじきこの世界に届くだろう。紅月季の着物が雨風に舞い上がり、ゆっくりとそよいだ。

「蒼杜鵑、別れかも知れないな」
 紫山茶花の眼がギラリと光る。かつての華仙と呼ぶにも悍ましい悪の気配が番人の神経をささくれだたせていた。
「僕には僕の役目がある。僕はこの世界が好きだ。…華仙が好きとか口にするのは憚れるが、やれることはやりたい」
「じゃなかったらボクがなんでここにいるんだよ。沼で寝てても良かったんだ。連れて来たのはキミじゃないか」
 蒼杜鵑と言うと、眉をしかめた。
「酷い状態だねえ…これが一人の華仙の影響とはねえ…」
 荒れ果てた世界で二人で立ち尽くす。紅月季の妻であり、黒蓮華になったモノを一歩も入れるわけには……。
光が弾けた。二人は同時に振り返り、大きな黒い白鳥を見る。記憶はそこで途切れた。

 一瞬の白光。
 爆風が吹き、まず手足が千切れそうになる。
「紫山茶花!」と蒼杜鵑の声が聞こえて…
 一匹の蛙がいる。紫山茶花はその蛙を抱いたが、ぺちゃりと蛙は落ちた。蛙は冷たくなっていた。
「蒼杜鵑…?」
「華仙同士であれば殺せるか……良い事を知った。だがいささか不安も残るが」
 黒い髪をたなびかせ、独りの天女が降り立った。
「心配は要らぬ。そいつはまた何万年かすれば華仙になるであろう?紫山茶花。紅月季にお会いしたいところだが夫はどこにいる…」
 紫山茶花の足が動いた。
 足が震える。あまりの力の差に怖気づく自身を叱って紫山茶花は紫の大剣を突き付けた。
「お教えするとお思いか!……裏切りものの貴方に!僕が!」
 ふ…と黒蓮華の口元が上がった。その手は耀の中に翳され、二人の華仙を飲み込み光は消え。その後に傷だらけで横たわる熊猫と蛙の姿を見下ろし、黒蓮華は冷ややかに呟いた。
「無駄な掃除をしてしまったか……紅月季…今妻が逢いに行ってやる」
(どうして?私は何をしているの?たすけて、紅月季…)
 そんな疑問はもう万年の憎悪の渦にのまれ、消えて行った。

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