召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

第二章靑蘭の軍師 梨艶② 愛琳の点心

「~♪」

 女官が一人、いつもの熊猫頭を揺らして、ご機嫌宜しく台所に立っている。顔なじみの女官が不思議そうに覗き込んだ。

「愛琳、何をやっているの」
「点心作ろうと思ってさ!」

 丁寧に薄皮を伸ばして、粉を振りかける。そうして打ち粉を存分にした薄皮を手のひらに載せて、具を入れた種を包む。味付けを少し施して、木の蒸し器に放り込む。ややして蒸気が噴き出して来たら、上蓋を外し、取り出す。ふんわりとした甘い香りが鼻を擽った。

 愛一杯の点心作り。そして愛琳にはもう一つの手順があった。

 ――愛琳、これは魔法のスパイスなの。大好きな人が出来たら、かけてあげるのよ。貴方にあげる。

 母が残した古い壺に指をかけて、躊躇しつつもその蓋に巻きついた紐を外した。誰にもやったことがなかった、愛のおまじないで愛琳の料理は「完璧」に仕上がった。

 少し透けた皮はそれでも柔らかさを保って、でもよく蒸された肉汁が溢れ出んばかりに詰まっている。つまり完璧な出来栄えだ。見惚れた前にいつもの宦官の顔が現れた。

「何をやってる。愛琳…むぐ」
「差し入れ」

 宦官は苦そうな顔をしつつ、飲み込んだ。

「……………相変わらず不味」
「何か言ったか?」

 王愛琳。趣味は点心作り。だが、下手の横好きとは愛琳のためにある言葉ではないだろうか。見かけは完璧な点心、炒飯を作る愛琳だが、どうにもこうにも味とのギャップが有り過ぎる。そして何故に上達をしないのも不思議な部分だ。

 そんな宦官の疑問などいざ知らず、愛琳は皿に乗せた点心に頬ずりなどしてご満悦だ。

「梨艶、食べてくれるかな」
「梨艶?ああ、おまえの情人チンレンか」

「チ……そんなもんじゃないね! 宦官が何色気づいてる! 違うよ。梨艶、ここに来て、食事してない。蓬莱の生饅頭ばっかりね、身体壊すよ」

 梨艶は相変わらず「芙蓉料理など!」と言い張って、食事に参加しない。一度だけ皿を蹴飛ばし、富貴后の怒りを買って無理やり食べたものの目の前で込み上げてしまった。
 以来、食事に姿を現さない。そして梨艶は常に「どうしたら靑蘭に戻れるか」ばかりを考えている。どんなにここが平和でも、やはり自国が恋しいのかも知れない。

 自分の存在より、国の事ばかり。
  でも自分もそうだった。靑蘭にいても、料理を見れば、芙蓉国が恋しくてたまらなかった。救ってくれたのは梨艶の料理だったのだ。

 だから、驕りと言われようと今度は自分が作った芙蓉国の最高の料理、点心を口にして欲しい。どんな風に驚いて、食べるのだろう?

 ――少しわかったよ。お母さん。好きな人に作る料理、楽しいよ。うきうきするわくわくする。これならきっと梨艶だって。

「愛琳」

 宦官が真剣な声音で女官を呼び止めた。

「麻痺しているようだから、言ってやる。おまえは女官だ。貴妃じゃない。梨艶への食事は富貴后さまの賓客である以上、俺の仕事だ。心配であれば俺が直接担当する。その皿を届けたら、元通り、宮殿警護に戻るんだ」

 愛琳は頷いて、陸冴の目の前を走り去った。(何も見えてない注意力散漫女官が)と残った宦官はひとりごちる。貴妃たちが梨艶を欲している。梨艶と陸冴の不安は奇しくも同義だった。



「――っ!梨艶の分からず屋っ…!」

 その後。梨艶はその皿を見るなり、口端に笑みを湛え、背中を向けてしまった。無理に押し込もうとした手を逆に掴まれて、顔を近づけられ、いつもの接吻を受けた拍子に皿が傾いて、ひとつふたつと点心が転がって落ちた。そうして鬼畜にも、「食えなくなったな…残念だ」と笑ってまた皿を蹴飛ばし、肩を揺らして去って行ったのだ。

 愛琳が振るう薙刀は見事に竹を切り裁いてゆく。

「芙蓉の女は嫌いだ」と梨艶が堂々と言ったせいで、後宮のお妃たちから梨艶は不評であるが、その冴えた美貌を見ようと貴妃たちは用を作っては(大抵どうでもいい用事)愛琳をチラ見していくのも気に入らない。ここに来て纏足の発注も増え、業者も増えた。梨艶の部屋の前の紐も増えてきた。

 だが、貴妃たちから見れば「女官風情が」という空気があるのは当然だ。従って富貴后は梨艶にあまり後宮をウロつかぬよう、厳命を下していた。行動を更に制限させられた梨艶はその部分でも腹を立て、分かっていた。

 減り続ける竹林を見ながら、梨艶はため息をつく。

 ――これは八つ当たりだろうな。

 これなら食えるだろうと、富貴后が差し入れた蓬莱の饅頭を口にしていた梨艶は、唇を緩く拓いた。

「ごきげんうるわしゅう母上」

 富貴后は今日も麗しい黒髪をばさりと揺らし、肩を竦めた。大きな胸を手で押さえて、梨艶の隣に腰を掛ける。目の前の転がった皿を見、鋭く書かれた眉をピクリと上げた。

「愛琳は好きな相手にしか、点心を作らぬと言うに――梨艶。庭の竹が無くなってしまうではないか。園琳を丸裸にさせるつもりか」

「敵国の料理を敵国で口にすれば、軍法会議にかけられる。それが靑蘭の武人の矜持だ」

「饅頭は食うのにか? 随分呆れた矜持よ。はっきり言ったらどうだ。『俺を捨てた母ちゃんの愛した国の料理なぞ食えるか』とね。母に隠し事は無意味だ梨艶」

「ならば、俺にも隠し事は無駄ですよ母上」

 離れていようが、対面すれば損得理屈なしで、「この人は俺の母だ」と分かるのは何故なのか。

梨艶は敵国で、しかも華仙の母親を持っている事を靑蘭には知られたくなかった。父と天女の恋愛などに興味はない。それだけで「芙蓉国の女など」と愛琳を突っぱねた。子供の理屈だ。だからこれは当然の報いなのだろう。そう受け止めてはいても、日々苛々は募る。せめて本懐を遂げれば違うものの、被さった抑制が更に苛つきを倍増させるのだ。

「貴方は、行き方を知っているはずだろう。華仙界にそんなにも行かせたくないのか」

「ふん、流石に我が息子。一筋縄では行かないな」
「それは間違いなく貴方の血ですよ母上」

 富貴后はそらとぼけた口調で続けた。

「そう言えば、今夜は愛琳の大好きな蓬莱都での星祭りの日だ」
「母上!」

 縋るような声に、富貴后はびしっと梨艶が蹴飛ばした点心を閉じた扇で指した。

「何れにせよ、我が愛おしい女官の心づくしを無碍にする男は華仙界など入れぬよ」

 梨艶は自分が蹴飛ばしたままの点心を睨んでいたが、一つを指で抓み、思い切り遠くに投げてしまった。

「いくら母上の命令でも、軍師たる俺が落ちたものなど口には出来ん!他の条件を」

 富貴后の整った目元がニマリと細くなった。

「では、今夜、愛琳と星祭りにでも参加したらどうか。星祭りは戦で亡くなった怨恨を弔うもの。少しはそなたの心も綺麗になる。そうすれば華仙界への道を教えても良い」

 ――図られた。

「交渉成立のようだな我が息子よ」
「とってつけたように息子と言うのを止めてくれ母上」

 梨艶はしぶしぶ頷く以外、選択肢はなかった。

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