召しませ後宮遊戯~軍師と女官・華仙界種子婚姻譚~

簗瀬 美梨架

第一章芙蓉国の女官⑫ 水柱でのキス

「いつまでそいつを抱いているつもりだ」

 ふわふわの熊猫に嫉妬した口調で、梨艶がボヤく。ようやく河童型水妖を撃退して、空洞を歩いているところだった。

「だって小さいでしょ。すぐに迷子になるね。…それにこの熊猫はずっと一緒に付いて来た。だから私が育てるの」

「熊猫は飼うものではないぞ。笹を山程食うし、転がってどこに行ったか探すのも一苦労だ。群れてたくさんでゴロゴロされると邪魔になるしな」

「梨艶が熊猫嫌いなのは知ってるよ。でもこの子は飼うの。ね、りえんおいで」

「おい、ちょっと待て」
「何」

「おまえ今俺の名前を熊猫に」
「いけないか?」

いけないも何も。罪作りな女を好きになったものだと、梨艶は一人で笑っていた。

「虫がいっぱいいるよ。キリないよ」

 空洞の中は湿気が多すぎる。蔓延る虫を時折愛琳の薙刀が振り払って見せる。梨艶は愛琳が熊猫を抱いているために、行き場のない手を時折愛琳に触れさせては、愕然としていた。絶好のチャンスである。なのに、肝心な感情が封じられている。

「随分歩いたよ。梨艶。上に上がれない」

「そうだな……かなり落下したからな。どうやって上に戻るかだが」

 梨艶の手が愛琳の肩を叩いた。フナ虫がたくさんいる。火をつければ密集してくるから火はつけない方がいいだろう。幼少はどうやって戻ったのだったか覚えがない。梨艶は首をこきこきと動かしながら、歩くしかないと判断した。

「梨艶、また水の音がするよ?」

 愛琳が突然駆け足になる。広くなった洞窟の先はまた水たまりだ。先程よりも幾分か小さい。梨艶がふむ、と腕組みをして水海を覗き込む。

「光が漏れているな……泳いでいくしかなさそうか」

 だが、誰がこの空洞を?
   
さすがに靑蘭の手で作ったと決めつける論理は無謀過ぎる。それほどにこの空洞は「良く出来て」いたのだ。

「どうするね。また水が溜まってるよ。それに音が響くね、わぷ」

「愛琳!」

 二人の目の前に轟音と共に水柱が立ち上がった。その水柱は宙に上がり、静かになる。

 ―――――水が落下しない?

 梨艶は上空を睨み、愛琳の手を引いた。まるで自然の要塞だ。どこかに逃げ水があるのだろうか。

「また来る!」

 突然発ち上がった水の柱に飲み込まれそうになり、愛琳は慌てて梨艶の袖を掴んだ。熊猫がひょこっと愛琳の頭に移動する。

「凄い勢いで水、飛んでったよ」

「…わかったぞ。地中から熱風が吹き上げているんだ。水が蒸発し、その上昇気流に乗って、水柱が起こるのだろう。これを利用すれば上まで登れるが…下手をすると水圧で潰されて終わるな」

「梨艶そればっかり! さっさと飛び込む!」
「あ、愛琳!!」

 せーの、と熊猫娘が勢いよく飛び込んで見せる。
梨艶はこの娘に策略や計算がない事にようやく気が付いた。ゴゴゴゴゴ水圧が地面を揺らす音に梨艶が気付く。

半身をすでに水に浸からせた愛琳を抱きしめた時、真下から勢いのある水がせり上がって来た。もう少し様子を見たかったが、もう本番に入るしかなさそうだ。

「来るぞ」
「準備OKね! いつでも来いやぁ」

「阿呆。戦える相手じゃない。息を止めて俺に捕まれ。一気に溺れるぞ。出来る限り息を止めろ。苦しくなったら俺の腕を強く引け」

 ――え?


 一瞬の事だった。暗い洞窟の真下から真っ黒の水が二人もろとも吹き上げ始める。いきなり飛ばされて吹き上げられた空中で愛琳が目を見開く。水柱は二人を押し上げると、勢いを失くし、水面を揺らして消えた。

 ぶくぶくと水に埋もれた愛琳の手が梨艶の袖を掴む。梨艶は頷いて静かに唇を重ねると、口の中の空気を愛琳に与え始めた。

 何度も何度も梨艶の大気が唇から忍び込む。息が出来る。梨艶の唇の中でなら。

 明るくなった光の中へ二人を包んだ水柱は飛び込むように勢いを増してゆく。流されるように水流に乗って、最後の渦に巻き込まれて、気が付いた時には息が吸えた。

「どうやら終点だな。なるほど、水流のせいで水が流れるようになっているのか…」

「静かになったよ……苦しかった」

「もう大丈夫だ。だが、恐らく次が来る。すぐにここから離れろ。今度は叩き付けられて終わるぞ」

 その言葉通り、すぐに次の水柱が立ち昇ったのだった。梨艶の機転がなかったら文字通り叩き付けられて「終わって」いただろう。

 湖を静かに泳ぎきって、二人は水辺に辿りついた。

「何とか助かったようだな」

 梨艶と愛琳は場所を見回して、顔を見合わせた。まさか、と愛琳が驚いたように叫ぶ。間違いない。余りに見覚えが有り過ぎる。視界と脳裏が合わさって、愛琳は声を上げた。

「ここ、芙蓉国の桜霞大水法だ!」

「何」

「間違いないね! 天壇の真裏よ! ……繋がってたね、靑蘭と…そしてここ、富貴后さまの居住地ね。銀龍楼閣の中央部よ」

「何だと……それはまずい…」

 ぎくりと梨艶が身体を震わせて、そろ~と逃げようと膝をついてのそのそと歩き出す。

「あ! 逃げるのなしね! 私が怒られるでしょ」

 噴水を見るのが好きな皇帝のために、富貴后さまがお作り遊ばした噴水が「桜霞大水法」という優雅な庭園だ。二人はその水源を通って、しかも飾りの天女たちのレリーフを破壊して、現れたのである。

「まあ…まあ! なんてこと! アイヤー!」

 やがて異変に気が付いて駆けつけた女官たちに、びしょ濡れで愛琳は「ただいま戻ったよ」と言うしかなかった。

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